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顔のない敵/石持浅海

2006年発表 カッパ・ノベルス(光文社)
「地雷原突破」
 困難を“本物の地雷を踏ませる”と“他の音響地雷を踏ませない”の二つに分割し、一つずつ解決するというオーソドックスな構造のトリックですが、後者はさらに“踏んでも大丈夫”に変換されているところが面白いと思います。そして、それらの組み合わせによってサイモンを唯一の地雷へと追い込む手法には隙がなく、奇術でいうところの“フォース”(例えば、相手が自由に選べるように見せかけて特定のカードを引かせるような手法)を思い起こさせます。
 その反面、作中でも早瀬が指摘しているように、サイモンがまんべんなく埋められた音響地雷を踏むことなく5メートルも進むことができたというのは、いかにも不自然といわざるを得ないでしょう。地雷原全体を(そして音響地雷を)破壊するためには中央部で爆発を起こすのが望ましいということは理解できるのですが、やはり真相が露見しやすくなっているのは否めません(警察を含めて誰もその点に疑念を示さなかったとすれば、少々ご都合主義の感が拭えないところです)
 つまりこのトリックは、事件発生までは非常に効果的である一方で、事件後に真相を隠蔽する効果は薄いという、いささか難のあるトリックといえます。

「利口な地雷」
 時限式地雷に生分解性プラスチックを使うのは予想通りでしたが、圧縮空気の使用により火薬を不要にしてしまうというアイデアがよくできています。しかしそれが、地雷探知犬にも発見できない危険な地雷にたやすく転用されてしまうという皮肉が強烈です。
 小川一尉が指摘する、“ひとつは(中略)どうやって山崎さんを倉庫に入れるか。ふたつめは他の人間をどうやって山崎さんの前に倉庫に入れないかです。”(71頁)という状況は、「地雷原突破」に通じるものになっています。ところが、分割した困難をそれぞれ解決する「地雷原突破」に対して、この作品では状況そのものがダミーだったという真相になっており、結果的には「地雷原突破」がミスディレクションとして機能しているようにも思われます。
 “次の罠に期待していますよ”(81頁)という小川一尉の恐るべき台詞が印象に残りますが、さらに“ドリアン”が結局は採用されないという結末の不条理さのようなものが何ともいえません。

「顔のない敵」
 作中では、地雷(を仕掛ける側の人間)が“顔のない敵”と表現されていますが、これは逆の場合にも当てはまります。つまり、地雷を仕掛ける側にとっても標的(被害者)は“顔のない敵”といえるわけで、両者の関係の希薄さゆえに、地雷に苦しんできた村の住人であるチュオンが地雷を仕掛けることにさほど抵抗を持たなかったのではないでしょうか。
 そして“顔のない敵”が初めて“顔”を持ってしまったことで、被害者であるコン少年の怒りが暴発してしまったという悲劇的な真相は、それなりに納得できます。問題はそこから先で、すでに死んでしまった人間よりも生きている人間の方が大事だという考え方は理解できるのですが、“私は迷わなかった。コンを告発するなど、考えもしなかったよ”(116頁)というジムの態度はあまりにも明快にすぎるでしょうし、またあからさまに自らの価値観を法律より上に置いているという点でもいただけません。

「トラバサミ」
 漠然とした言葉だけでトラバサミが見つかってしまうのはやや安易にも感じられますが、トラバサミが設置可能な場所であること、引っかかる対象が“醜悪な日本人”に限定できること(ちなみに、きたろーさん(「きたろーの本格ミステリ雑感」)はこちら“花見が始まっても他人はビニールシートの中に入ろうとしないともいえる”と指摘していらっしゃいますが、これは逆に他人のレジャーシートにまで踏み込む“狼藉者”を狙っていると考えることができるのではないでしょうか)、さらに季節やニュースバリューの問題などを考えると、真相には十分な説得力があると思います。

「銃声でなく、音楽を」
 わざわざマーチン社長の前で事件を起こしたグラハムの心理にも疑問を覚えますが、最も気になるのはマーチン社長の行動です。坂田は“命令するのではなく、状況について自分たちに考えさせ、自発的に協力させる。NGO相手なら、その方がよいと社長は考えたのだろう”(192頁)と推測していますが、グラハムの自殺を防ぐという目的からすると迂遠にすぎますし、必ず意図が伝わるという保証もないでしょう。結局のところ、無理矢理に謎が作られているようにしか思えません。
 それにしても、復讐を遂げたグラハムに対して“立場が違いますから”(193頁)と言ってのけた坂田が、後に自ら復讐に手を染める羽目になる(「地雷原突破」参照)というのは、やはり大いなる皮肉というべきでしょうか。

「未来へ踏み出す足」
 まず、接着剤をギプス代わりにするという発想は非常に面白く感じられます。しかしその後の、突如恐怖に陥って顔面全体を接着剤で覆ってしまうという行動は、とっさに機転を利かせた事件直後の心理状態と著しく差があるように思えて、不自然に感じられてしまいます。むしろ岡田による“解決”のように、弓削の頭を地雷に見立て、あるいはそのように偽装するために念入りに接着剤を吹き付けたという方がしっくりくるのではないでしょうか。
 もちろん、“感動的な結末”に持っていくためにはそうするわけにはいかないのでしょうが、そうであれば、せめて顔面全体ではなく一部だけに接着剤を吹き付ける程度の方が自然ではなかったかと思うのですが……。

「暗い箱の中で」
 エレベーターが止まってすぐに犯行が行われたという事実をもとに展開される推理は見応えがあります。そして、由紀子だけが狙われた理由、すなわち犯人以外で女子更衣室に足を踏み入れるのが由紀子だけだったという真相が非常に秀逸です。
 間違いなく自分が容疑者の一人となってしまう状況で殺人を犯すのはどうかと思いましたが、そのまま放置すれば由紀子が女子更衣室へ行くのは確実ですから何としても阻止する必要があるでしょうし、警察が到着するまでに逃げるチャンスがある(さすがに海外までは無理かもしれませんが……)というのも確かです。したがって、追い詰められたぎりぎり状況での選択としてはそれなりに説得力があるといえるでしょう。

2006.08.23読了

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