ミステリ&SF感想vol.132

2006.09.25
『顔のない敵』 『赤髯王の呪い』 『透明受胎』 『奇術師の密室』 『螢』



顔のない敵  石持浅海
 2006年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 対人地雷を扱った短編ミステリ、いわゆる〈地雷シリーズ〉の連作短編集で、ボーナストラックとして『本格推理11』に採用されたデビュー作「暗い箱の中で」が収録されています。
 〈地雷シリーズ〉の6篇は、地雷除去に尽力するNGOの活動絡みの事件を描いた“NGOの物語”、日本国内における事件を扱った“日本の物語”、そして今なお多数の地雷が設置されたままのカンボジアを舞台にした“カンボジアの物語”という三つの系統からなり、対人地雷というテーマに様々な角度から光が当てられています。そして、一部の登場人物が共通するなどそれぞれのエピソードには微妙なつながりがあり、全体として長編のような味わいとなっています。

「地雷原突破」
 対人地雷禁止を訴えるために、公園の野外ステージに地雷原を再現したNGO。踏んでも音が鳴るだけの音響地雷を使って、人々に地雷原を体験してもらおうというのだ。だが、最初に実演してみせようとしたメンバーの一人が、地雷原の真ん中で爆死してしまった……。
 デモンストレーションのために地雷原を再現するという発想が面白く感じられますが、さらにそこで本物の地雷が爆発してしまうという不可解な状況が秀逸です。そして、解決に至るロジックも明快。ただしトリックについては、よく考えられたところと難のあるところが同居している印象です。

「利口な地雷」
 従来困難とされていた実用に耐える時限式地雷――仕掛けてから三ヶ月以内に機能を失い、完全に無害なものとなる――を開発した企業。だが、ジャーナリストによる取材の最中に、中座した開発担当の技術者の一人が奇怪な罠にかかって命を落としてしまう……。
 いうまでもなく“罠”の一種である地雷、その開発担当者が“罠”にかかって殺されてしまうという、何とも象徴的な事件です。“利口な地雷”と表現される時限式地雷の仕組みにも興味深いものがありますが、事件全体につきまとう皮肉が何ともいえず印象に残ります。

「顔のない敵」
 カンボジアにて、NGOが対人地雷の除去作業をしている最中に、突然爆発音が響き渡る。メンバーが現場に駆けつけてみると、彼らに協力的な地元の有力者が、地雷で頭を吹き飛ばされて死んでいた。だが、彼はなぜ地雷除去の済んでいない区域に立ち入ったのか……?
 現在も地雷に悩まされているカンボジアの村を舞台に、被害者の側から地雷を描いた作品です。地雷の本質ともいえる、加害者と被害者の関係が希薄な漠然とした害意という点がクローズアップされ、うまくプロットに取り込まれていると思います。ただし、結末には釈然としないものが残ります。

「トラバサミ」
 交通事故で亡くなった男のバッグの中から、手製のトラバサミが発見される。対人地雷被害者を支援するNGOで活動していた男は、地雷に目を向けようとしない社会に業を煮やし、日本に地雷原を再現すべく、代用品としてのトラバサミをどこかに仕掛けたらしい……。
 わずかな手がかりをもとに、どこにトラバサミが仕掛けられたのかを推理するという、H.ケメルマン「九マイルは遠すぎる」に通じる作品。解決にはやや安易に感じられる部分もないではないですが、説得力は十分にあると思います。

「銃声でなく、音楽を」
 活動資金調達のために、とある会社の社長と面談することになったNGOスタッフ。だが、面談会場となる一室に近づいた時、室内から銃声が響く。中には社長の他に射殺死体と拳銃が。自分は犯人ではないという社長は、なぜか警察への通報を遅らせようとする……。
 シリーズの中で最も“地雷色”の薄い1篇であり、またミステリとしても異色の作品。強いていえばホワイダニットに分類すべきかと思われますが、“謎を生み出すための行動”になってしまっているところはいただけませんし、強引な展開にも閉口させられます。かなりくせのある探偵役は見どころともいえますが……。

「未来へ踏み出す足」
 遠隔操作で地雷を発見し、特殊な接着剤を注入して無力化する地雷除去ロボット。それを開発した日本人研究者たちは、カンボジアで実地テストを行っていたが、ある夜、メンバーの一人が殺される。そしてその頭部は、ロボットが使う特殊接着剤で完全に覆われていた……。
 〈地雷シリーズ〉の最後を締めるエピソードで、それにふさわしい前向きな幕切れとなっています。しかしそこへ持っていくために、いくつか“歪み”が生じているように感じられるのが難点。謎そのものがなかなか興味深いものであるだけに、少々残念ではあります。
 石持浅海の作品にはしばしばみられることですが、端的にいえばローカルルールにすぎない“自分たちの正義”を、何よりも((以下伏せ字)法律よりも(ここまで))優先してしまうという登場人物の姿勢が気になります。特に本書の場合、“地雷との戦い”という崇高な目的のためには何でも許されるとも受け取れ、かなり鼻についてしまいます。もちろん、あくまでもフィクションであるがゆえの結末であることは理解しているのですが。

「暗い箱の中で」
 仕事を終えて飲みに出ようとした仲間たちだったが、忘れ物を取りに一旦会社まで戻ることに。だが、エレベーターで上の階へ向かう途中で地震が起こり、一同は停電で止まったエレベーターの中に閉じ込められてしまう。そして、その暗く狭い密室の中で殺人事件が……。
 作者いわく“世界最小の嵐の山荘”であり、また“現在の石持浅海を構成する要素はすべてこの作品に揃っている”とのこと。その言葉通り、風変わりなクローズドサークルやユニークなロジックなど、後の作品にみられる特徴的な要素がしっかりと盛り込まれています。例を見ない奇抜な状況はやはり目を引きますし、思わぬ手がかりをもとに展開される推理も非常に面白く感じられます。

2006.08.23読了  [石持浅海]



赤髯王の呪い La Malediction de Barberousse  ポール・アルテ
 1995年/2000年発表 (平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1790)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 “フランスのディクスン・カー”ことP.アルテの実質的な処女作である短めの長編『赤髯王の呪い』に、短編3作を併録した作品集で、いずれもシリーズ探偵であるツイスト博士が謎解き役をつとめています。

『赤髯王の呪い』 La Malediction de Barberousse
 1948年、ロンドン。エチエンヌのもとに故郷アルザスの兄から届けられた手紙には、奇怪な内容が記されていた。真夜中、明かりの灯された物置小屋の中を窓からのぞいてみると、恐怖にすくんだ父親の傍らに、16年前に死んだはずのドイツ人少女エヴァの姿があったというのだ。エヴァは、幼かったエチエンヌらとともに赤髯王ごっこをしている最中、呪いにより刺殺されたのだった……。
 数々の不可能状況が盛り込まれた、非常に密度の濃い作品です。一つ一つのネタはさほどでもないのですが、これだけ積み重ねられるとさすがに壮観。さらに、恐るべき伝説や呪い、あるいは幽霊といったオカルトネタも充実しています。
 しかしそれ以上に、作者の地元・フランスのアルザス地方を舞台にした物語が印象的。第二次大戦直後の、敵国だったドイツに対する人々の複雑な感情がきっちりと描かれ、物語に奥行きを与えています。
 手がかりとその配置はよく考えられていますし、ツイスト博士の解明の手順もまずまず。そしてファンにはおなじみのクリシェは、もはや安心感さえかもし出しています。
 謎が解かれた後の、何ともいえない感慨の残るエピローグも見事で、個人的には今まで読んだ中で一番好みの作品かもしれません。

「死者は真夜中に踊る」 Les morts dansent la nuit
 封印された扉の奥に一族が眠る、地下納骨堂。真夜中に響き渡る笑い声に扉の封印を開けてみると、そこに葬られた伝説的な悪女が再び目覚めて踊り出したかのように、棺が動かされ、首飾りのガラス玉があたりに散乱するという惨状だった……。
 J.D.カーの『火刑法廷』『眠れるスフィンクス』を彷彿とさせる、封印された納骨堂に起きた怪現象を扱った作品です。トリックは非常によくできていると思いますし、解明のプロセスも鮮やかです。

「ローレライの呼び声」 L'Appel de la Lorelei
 ローレライの岩山に伝説の魔女の姿を見たという男が、雪の積もった真夜中に酔って家を出た後、なぜかライン川の方へと向かう途中で凍った池にはまって溺れ死んでしまう。雪の上には死んだ男の足跡だけが残されており、ローレライの呼び声に招かれたのだという噂が……。
 雰囲気といいトリックといい、なかなかきれいな作品です。手がかりもまた印象的。

「コニャック殺人事件」 Meurtre a Cognac
 “犯罪の魔術師”と異名をとる心霊術師の脅迫を受け、ひとり塔に立てこもっていた農園主が、厳重な警備にもかかわらず毒殺されてしまった。“猫が魚を持ってきた”という不可解な言葉を残して……。
 実際にうまくいくかどうかは微妙ですが、毒殺トリックの発想は面白いと思います。一方、不可解なダイイングメッセージについてはいくつか疑問が残ります。

2006.08.29読了  [ポール・アルテ]



透明受胎  佐野 洋
 1965年発表 (角川文庫・入手困難

[紹介]
 病院で意識を取り戻したフリーライターの津島亮は、思わず愕然とした。どうやら交通事故に遭ったようなのだが、特に外傷はない代わりに、42歳という年齢からかけ離れた老人のような容貌になってしまったのだ。一方、彼を車ではねたらしい田部佳代という女性は、20代半ばにしか見えないにもかかわらず、40歳になるという。異変を生じた津島の体は翌日には元に戻り、困惑を抱えて佳代と再会するが、そこでさらなる怪事に遭遇する。佳代と関係を持ったはずなのに、津島にはその記憶がなく、二回目に挑んでもなぜか不可能だった。さらに、佳代は初体験だったと告白したにもかかわらず、彼女には瓜二つの娘がいたのだ……。

[感想]

 早川書房の〈日本SFシリーズ〉で刊行された、ミステリ作家・佐野洋によるSFミステリです。といっても、舞台となるのは昭和40年の東京で、ファンタジーでいうところの“ロー・ファンタジー”のように日常の世界に架空の要素が入り込んだ形になっています。

 日常の世界をベースにしているとはいえ、物語冒頭からいきなり不可解な謎が続けざまに登場しているあたりは飛ばしすぎのようにも思えてしまいますが、一つ一つの現象が非常にわかりやすいために、出版当時であっても読者が置き去りにされるようなことはなかったのではないかと思われます。現象だけを取り出すと伝奇ミステリのようにも受け取れるので、SFを読み慣れない読者でもとっつきにくさは感じられないでしょう。逆にいえば、少なくとも現在の感覚で“SF性”を期待すると肩すかしの印象もないではないところです。

 中盤以降は医学的知識を踏まえたアイデアが展開されるとともに、メインテーマである“処女懐胎”が物語の中心となっていきます。最終的に解き明かされる真相は、個人的な感覚でいえばやや安易に思えてしまうところに落ちているのが残念ですが、それでもまずまずのものではあると思います。そして、淡々としているのかとぼけているのかよくわからない、何とも奇妙な余韻の漂う結末が印象に残ります。

 難をいえば、作中でしっかりと描かれている当時の社会風俗のせいで、今読むと全体が古びたものに感じられてしまいます。致し方ないところではあるでしょうし、またもっと若い読者であればかえって気にならない可能性もあるかもしれませんが……。

2006.09.01読了  [佐野 洋]



奇術師の密室 Now You See It...  リチャード・マシスン
 1995年発表 (本間 有訳 扶桑社文庫 マ26-1)

[紹介]
 かつて名奇術師として活躍しながら、脳卒中の発作を起こして植物状態となってしまったエミール・デラコート。今では車椅子の上で身動きもできないまま、二代目として活躍する息子マックスの屋敷で世話を受けていた。だがある日、小道具満載の部屋の中、意識はあるものの何一つできない老デラコートの目の前で、マックス、奇術の助手もつとめる妻のカサンドラ、その弟ブライアン、そしてマネージャーのハリーらが、奇怪な騙し合いを繰り広げ、やがて驚くべき殺人劇が……。

[感想]

 端的にいえば、山口雅也「解決ドミノ倒し」『ミステリーズ』収録)を思わせる“どんでん返しの乱れ打ち”。伏線も何もあったものではなく、ひたすらどんでん返しに徹した怪作で、短編ならいざ知らず、これを長編に仕立て上げた豪腕に脱帽です。

 それが成功している理由の一つは、登場人物たちが奇術師とその関係者であり、また奇術師の屋敷が舞台になっていることでしょう。もともと人を騙すことを生業にしている奇術師ですからトリッキーな発想はお手の物ですし、またそれを実現するための小道具にも事欠きません。つまり、どんでん返しが繰り返される下地が最初から存在しているといえます。

 もう一つは、語り手である老デラコートという“観客”の存在です。目も耳も健在で意識もあり、目の前で起きる出来事をすべて認識できる一方で、自分では何もできず登場人物たちにも空気のような扱いをされるという状態の老デラコートは、繰り返されるどんでん返しに一喜一憂しながらも、自らがそこに介入することはありません。このような、舞台を眺める観客のような視点(つまりは読者と同じような視点)が採用されることで、読者は自然と(事態を止めることができないもどかしさも含めて)老デラコートの感覚を共有することになります。そしてそれが、息をもつかせぬスピーディな展開と相まって、読者を否応なしにどんでん返しの連続に引きずり込むのではないかと思います。

 さらに、手を変え品を変えて読者の予測をはずそうとする、どんでん返しの仕掛けそのものが秀逸であることはもちろんです。そして、物語が進むにつれて各人の思惑が入り乱れていき、老デラコートの眼前で様々に展開する密室劇の果てに待ち受けるのは、何とも人を食ったオチ。最初から最後まで、大いに楽しめる作品といっていいでしょう。

2006.09.04読了  [リチャード・マシスン]



  麻耶雄嵩
 2004年発表 (幻冬舎)ネタバレ感想

[紹介]
 10年前、有名なヴァイオリニスト・加賀螢司が所有していた山荘〈ファイアフライ館〉で、凄惨な事件が起こった。自ら組織した八重奏団の練習合宿中に、加賀がメンバーを次々と惨殺していったのだ。メンバーのうち六人が加賀の手にかかり、一人は行方不明、そして最後に残った加賀自身は精神に異常を来した状態で発見された……。
 ……そして事件から10年後。S大学のオカルト探検サークル〈アキリーズ・クラブ〉の面々は、OBの佐世保左内が手に入れたファイアフライ館で合宿を行う。佐世保自身を含めた総勢七名は館に漂う異様な雰囲気を堪能していたが、そこで新たな殺人事件が起こる。さらに折からの大雨で、外部への脱出も連絡も不可能になり……。

[感想]

 異端の新本格作家・麻耶雄嵩による、綾辻行人『十角館の殺人』へのオマージュ――と表現したくなるほど、両者には共通するモチーフ――例えば、かつて殺人事件が起きた怪しげな館、エキセントリックな芸術家の狂気、学生サークルの合宿、以前に死んだサークルのメンバー、事件の陰に見え隠れする合宿参加者以外の容疑者など――が見受けられます。作者がどの程度意識したのかはわかりませんが、結果としては比較的オーソドックスな“館もの”のようなスタイルになっています。

 現在のファイアフライ館で起きる事件は思いのほかシンプルですが、そこに過去の事件の未解決のまま残された謎や、かつて仲間の一人の命を奪った“ジョージ”と呼ばれる連続殺人鬼の謎も加わり、さらに正体不明の女が容疑者として浮かび上がってくるなど、事態は混迷を深めていきます。が、しかし。

 やがて少しずつ解き明かされていくそれらの謎は、麻耶雄嵩にしてはやけにオーソドックスというか、麻耶雄嵩らしさを感じさせる独特の“歪み”のようなもの――例えば、単なる“狂気”とは一線を画した異質な論理に基づく動機や、アンチミステリの域に踏み込むかのような挑戦的かつ破壊的なトリックなど――が見受けられず、どうも物足りなく感じられてしまいます。

 とはいえ、このまま終わるはずはないだろうと警戒しながら読み進んでいくと、最後の最後に思わぬ方向からの一撃が炸裂。実のところ、トリックそのものはありふれているといっても過言ではない類のものなのですが、その例を見ない使い方が強烈な“歪み”を生み出し、終盤近くまでの物足りなさをある程度払拭しています。そして物語はそのまま、読者を突き放すようなすさまじい結末へとなだれ込み、巨大なインパクトを残して幕を閉じます。

 ただ、最後にかなり挽回したとはいえ、他の作品に比べると作者独特の“味”が薄いのは確かで、個人的には“傑作”とはいい難いところです。裏を返せば、“初めての麻耶雄嵩”としては打ってつけの一冊といえるのかもしれません。

2006.09.05読了  [麻耶雄嵩]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.132