ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.242 > 
  4. 怪盗の後継者

怪盗の後継者/久住四季

2020年発表 メディアワークス文庫 く3-8(KADOKAWA)

 まず、「PROLOGUE」で長谷と嵐崎の関係を知った長谷の秘書・那須野の動揺を描いておいて、犯行直前の那須野の裏切りにつなげてある……と見せかけて、USBキーを手に入れるべく嵐崎が早乙女に接触するための作戦だったというのが面白いところで、手段を選ばないにもほどがあるといわざるを得ません(苦笑)

 強力すぎる不可能状況に対しては、“困難は分割せよ”という格言を地で行くように、(1)ペントハウスへの侵入とPCへの接続(2)パスワードの突破とデータ奪取(3)データが入った端末の回収、という具合に、盗みの工程を三段階に分割してあるのが巧妙。よく考えてみれば、作業に一定の時間がかかるにもかかわらず即座に発覚してしまう段階(2)が最も危険である反面、その作業そのものには物理的な人手が必要ないわけですから、前後の(1)(3)を切り離すことができれば、(たとえ侵入する回数が二回に増えるとしても)最も危険な(2)の時間帯に現場を無人にできるため、リスクが減るのは確かでしょう。

 というわけで、まず(2)(3)の分割は、“すでに盗み出されたように見せかける”トリックで、ボウガンとウインチという小道具が事前に示されているだけでなく、同じ使い方まで見せてある(144頁~147頁)のが大胆ですし、爆薬の煙で天井付近を隠蔽するのも効果的。そして、悠然と紅茶を飲んでいた嵐崎の待機場所がエレベーターの上だった*1という真相が何ともいえません。

 一方(1)(2)の分割は、因幡が前日に“仕込み”をしておいて一旦退却するというものですが、それを巧みに隠蔽する、「MISSION.5 犯行」に仕掛けられた叙述トリックが鮮やか。早乙女主催のパーティー当日の場面と、因幡がペントハウスに潜入するパーティー前日の場面とを、日時を隠して交互に並べるおなじみの手法ではありますが、“――オーケー、準備完了だ。いつでもいいよ”(251頁)という平家の言葉が絶妙で、まさか嵐崎のゴーサインまでそこから丸一日近く経過しているとは思いもよりませんでした*2

 叙述トリックの手がかりは道路工事で、祢津が“土日なら道路工事も休みになるんだ。”と明言した直後に“決行日は、十二月七日の土曜日(いずれも127頁)とされ、一週間前倒しになった決行日(十一月三十日)も当然土曜日なので工事が休みになるはずのところ、潜入途中の因幡がドライバーを落とした際には“本物”の道路工事が行われている(228頁~230頁)ことで、それが土曜日ではないことが暗示されています。

 しかしてその真相が、“今日は土曜日だ。道路工事をやっているはずがない!”(277頁)という早乙女の言葉で暴露されるのが実にスマート。それを可能にしているのが、逃走中のメルセデスの消失トリックに道路工事が“再利用”されている点で、それ自体は陳腐といってもいい消失トリックを使うことによって“あり得ない道路工事”に二重の意味を持たせ*3、自然な形で作中の人物に叙述トリックを(間接的に)暴露させる演出が心憎いところです。

 チームの一員として登場した“底畑治郎”が、因幡の父親・神代麻人であることはおおよそ見当がつきます*4が、あまり驚きはないとしても、生き別れの父と出会って仕事ぶりを認められるというのは、やはり胸を打つものがあります。因幡がさらに盗みを続ける動機が用意されているところも含めて、これ以上ない見事な結末といえるでしょう。

*1: 紙コップとティーバッグ(274頁)はいいとして、お湯はどうしていたのか気になるところです。
*2: 読み返してみると、間に配置された“●”(251頁)が露骨に意味ありげではあるのですが……。
*3: 逆に、本物の道路工事を描くことで、メルセデスの消失トリックが見えにくくなる、という効果もあるのはもちろんでしょう。
*4: 名前のローマ字アナグラムまでは気づきませんでしたが……。

2020.02.29読了