怪盗の後継者
[紹介]
“君。私と一緒に、泥棒をやってみないかい?”
――平凡な大学生・柏手因幡はある日、謎多き美貌の青年・嵐崎に声をかけられる。顔も名前も知らない因幡の生き別れの父が、かつて世間を騒がせた怪盗“ジャバウォック”であり、嵐崎はその協力者だったというのだ。そして今回の標的は、政界の大物にして、因幡の父をはめた男。その厳重に秘匿された裏帳簿のデータを、不可能に近い状況で盗み出そうとする嵐崎の計画に、因幡も参加することを決意する。やがて訪れる決行の日、大仕事の結末は……?
[感想]
久住四季による初の怪盗ミステリで、エドワード・D・ホック〈怪盗ニック・シリーズ〉のように(原則として)一人で仕事をするのではなく、「あとがき」で挙げられている『オーシャンズ11』のような、チームを組んで攻略困難な“ミッション”に挑むタイプの作品です(*1)。……が、平凡な大学生である主人公がチームに勧誘されるという点が、本書の非常にユニークなところといえるのではないでしょうか。
“平凡な”とはいっても、かつて名をはせた怪盗の息子であり、嵐崎がその素質(*2)を見抜いているという条件はつきますが、それでも一介の素人に違いないわけで、結果として怪盗の“誕生”が描かれることになっているのが、怪盗ミステリとしてはあまり例を見ない特徴です。そして素人である主人公が、生き別れた父親にやや複雑な感情を抱きながら、嵐崎らチームの応援(?)も受けて成長していく(*3)物語は、ビルドゥングスロマンの側面も備えた魅力的なものになっています。
というわけで、当然ながら物語はほぼ“犯人”側で進んでいきますが、(裏帳簿の存在が知られた経緯などから)ある程度事態を予期している――盗みを受けて立つ“標的”側の様子を時おり描いてあるのが実に効果的。主人公の父親との因縁にとどまらないその敵役ぶりを強調するとともに、“犯人”と“標的”の対決姿勢を前面に出すことで、盗みが(敵役との)ゲーム色の強い攻防戦に仕立てられて、“犯人”側に感情移入しやすくなっているのがうまいところです。
そして本書のメインとなる盗みについては、ミステリ的興味も十分。もともとこの種の作品での“ミッション”は、いわば“実行前の時点で不可能に見える犯罪”(*4)であって、その攻略はハウダニットの解明を逆からたどるような手順となるわけですが、本書では倒叙ミステリ風でありながら肝心の部分は読者に対する謎として提示され、完全にハウダニットの形になっています。そして、伏せられた真相それ自体もさることながらその明かし方が秀逸で、全体的によく考えられていると思います。
盗みの鮮やかな決着は痛快ですし、その後の結末も後味がよく王道というべきもので、飛び抜けたところがあるとはいえないかもしれませんが、読みやすくしっかりと満足できるウェルメイドな一冊です。
*2: 怪盗に限った素質というわけではありませんが。
*3: このあたりは、主人公が“アタッカー”、すなわち盗みの実行役に据えられることで実現できている――本書では嵐崎が担当する、盗みの計画立案の部分については、なかなか“成長”を描くのは難しそうなので――ところがあり、分業制の“チーム戦”ならではの要素といっていいでしょう。
*4: 対して、一般的な不可能犯罪(の大半)は、“結果として不可能だったように見える犯罪”といえます。
2020.02.29読了 [久住四季]
透明人間は密室に潜む
[紹介と感想]
探偵小説研究会・編著「2021本格ミステリ・ベスト10」(原書房)で国内第1位に輝いた、作者初の短編集。特殊設定ミステリ、法廷ミステリ、異色の犯人当て、そして脱出ミステリ(?)と、バラエティに富んだ内容になっています。また、巻末には作者初の「あとがき」(*1)が配され、各作品の成立過程が明かされているのも興味深いところです。
個人的ベストは、やはり表題作の「透明人間は密室に潜む」。
- 「透明人間は密室に潜む」
- 全身が透明になる奇病・透明人間病が発生して百年余り。透明人間病を患う彩子は、夫の理解もあって平穏な暮らしを送っていたが、現在開発中の新薬の記事を読み、開発者の教授を殺すことを決意する。綿密に計画を立て、ついに教授を殺害した彩子だったが、なぜかそこへ夫が現れて、現場から逃げ出せない状況に陥ってしまったのだ……。
- まず“透明人間病”という設定自体を含めて、“透明人間ミステリ”を成立させるために細部までよく考えられている(*2)のが目を引きます。また、他の人物からは見えない透明人間が確実に“そこにいる”ことを読者に示すために、透明人間自身の視点で描いた倒叙ミステリに仕立ててあるのも効果的です。前面に出されている隠れ場所トリックもよくできていますが、当初から不可解な謎となっている動機など、そこから先の部分にもさらなる企みが用意されており、透明人間という設定を使い倒した傑作といっていいでしょう。
- 「六人の熱狂する日本人」
- アイドルグループ〈Cutie Girls〉のライブのために上京してきたファン同士が、宿泊先のホテルで口論の末に起こした殺人事件――容疑者の自白もあり、事件を扱った裁判員裁判は円滑に進行し、最終的な評議の結果も明らかと思われた。だが、突如として裁判員の一人が、〈Cutie Girls〉のTシャツに着替えて現れたことをきっかけに、事態は一変する……。
- アイドルオタク同士の殺人事件を扱った裁判員裁判の様子を描いた法廷ミステリ……の怪作。裁判員たちの議論が思わぬ方向へ向かっていくのは想定の範囲内ですが、その過程が法廷ミステリとしてはおそらく前代未聞(*3)の上に、議論の行き着く“先”がこれまた凄まじいことに。そしてその果てに待ち受ける、何ともいえない味わいの結末が絶妙です。
- 「盗聴された殺人」
- 二階から一階のかすかな物音を聞き取れるほど、並外れた聴力を持つ山口美々香が手がかりを集め、そして所長の大野糺が推理する――大野探偵事務所の役割分担は、一年前の事件から始まった。浮気調査のために仕掛けた盗聴器に残されていた、殺人事件の生々しい音声を手がかりに、犯人の正体を探ろうとする大野と美々香だったが……。
- 常人離れした聴力を持つ助手と、推理に秀でた所長とのコンビ探偵を主役として、“音の手がかり”をメインに据えた犯人当て。記録された音声からどのように手がかりを拾っていくかがまず興味を引くところですが、その手がかり自体が不可解な“謎”となっており、一筋縄ではいきません。その手がかりの解釈――鮮やかな推理によって導き出される犯人の意外性も十分で、全体が入念に組み立てられた作品といえるのではないでしょうか。
- 「第13号船室からの脱出」
- 客船を借り切って行われる脱出ゲームに参加した少年たち――社長の御曹司・マサルと弟のスグル、そしてマサルの友人カイト。しかしゲームが開始されて早々に、カイトとスグルの二人が船内の一室に閉じ込められてしまう。犯人たちは、マサルとカイトを間違えて誘拐したらしいのだ。ゲームどころではなくなった二人は、懸命に船室からの脱出を試みるが……。
- 客船を舞台にした“リアル脱出ゲーム”と、その裏で発生した誘拐事件とが並行して進んでいく構成で、二重の“脱出”が焦点となるゲーム性の高い作品。凝った謎解きとコン・ゲーム的な要素が巧みに融合されているのはもちろんのこと、その上でさらに強烈なサプライズまで用意してある快作です。
*2: “透明人間は視力を失うはず”という問題は、さすがにいかんともしがたいのでスルーされていますが、透明人間病では肉体だけでなく老廃物――例えば消化された食物など――まで透明になると設定されているのはぬかりないと思いますし、爪の下に入り込む埃などの汚れや、裸足の足裏に付着する砂粒などにまで犯人が注意を払っているあたり、実に周到です。
*3: いや、私が知らないだけかもしれませんが……。
2020.07.10読了 [阿津川辰海]