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仮面幻双曲/大山誠一郎

2006年発表 小学館ミステリー21(小学館)

 まず、占部文彦殺しに仕掛けられたメイントリックは、一見すると非常によくできています。物語の前面に押し出されているのが“そっくりな顔の双子”と“整形手術”という二つの要素ですが、これらの順序を入れ替えるというシンプルな操作だけで、真相とはまったく違った構図を描き出すことに成功しているところが秀逸です。

 目を引くのが「プロローグ」の仕掛けで、手術を受けた武彦の“これなら、誰も自分だとは見抜けないだろう(中略)双子の兄の文彦ですら”(7頁)という独白や、伯父の言葉として記されている“――お前たち、一卵性双生児だけあってそっくりだな”(11頁)という一文などのミスディレクションも巧妙ですが、最大のポイントは“昭和二十一年・冬”(5頁)“十二月”(8頁)という記述による叙述トリック――整形手術が十二月に行われたと誤認させる――でしょう。これにより、“一卵性双生児の弟である武彦が、整形手術により文彦とはまったく違う顔になった”という強力な幻想が生み出されているわけで、後に明らかになるカルテの改ざんなどでそれがさらに補強されていくとはいえ、基本的には「プロローグ」の時点でネタの仕込みが済んでいるという見事な手際が印象的です。

 “そっくりな顔の双子”とくれば“入れ替わり”がお約束ともいえるのですが、“そっくりな顔の双子”→“整形手術”という順序である限りは、手術以後の入れ替わりは当然不可能*1。このように、誰もが思いつくような単純な入れ替わりトリック(によるアリバイ工作)を、前提となる事実(一卵性か二卵性か)を誤認させることで盲点へと追いやってしまう手法は、実に巧妙というべきでしょう。二卵性双生児である文彦と武彦が一卵性双生児を装う理由も説得力が感じられるもので、ここまではよく考えられたトリックだと思います。

 ただしそこから先が問題で、“文彦と違う顔になった武彦”に容疑を向けるトリックにより、犯人である立花守(武彦)自身が早い段階で疑われるという重大な“副作用”が生じてしまっています。もちろん立花(武彦)の素顔は“文彦と同じ顔”なのですが、それを人目にさらしてしまえば(もともと一卵性双生児か否かにかかわらず)十二月の整形手術が偽装だと疑われるのはほぼ確実ですし、それが入れ替わりによるアリバイ工作の露見にもつながりかねないのですから、“文彦と違う顔”の人物が疑われる状況の下であっても、立花(武彦)はあえて“文彦と違う顔”を装わざるを得ないのです。

 作中では、入れ替わりを利用したアリバイ(及び血液型の違い)によって一応は容疑を免れたことになっていますが、前述のように変装の下の素顔を見抜かれれば致命的であることを考えると、警察の取り調べを受けること自体が無謀きわまりない行為であることは明らかで、それを計算に入れなければならない計画にそもそも無理があるといえるでしょう。

 武彦の立場としては、アリバイの有無にかかわらず文彦殺害の直後にさっさと逃亡し、“立花守”という架空の人物に罪を押しつけてしまう方が無難でしょう*2。そしてそうするならば、(共犯者の貴和子はアリバイを確保する必要があるにしても)“立花守”自身のためのアリバイ工作が不要となるのですから、十二月の時点でもう一度整形手術を受けて本当に顔を変えてしまった方がより安全だと思われます*3

 要するに本書のメイントリックは、作者が読者に対して仕掛けたトリックとしては有効ではあるものの、犯人の立場からは意味のないトリック(デメリットばかりでメリットの少ないトリック)ということになってしまうのではないでしょうか。

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 続く立花(武彦)殺しは、さらに輪をかけて穴だらけという印象です。

 まず、貴和子が立花(武彦)を排除しようとするのは理解できるにしても、その死体をやすやすと捜査陣に渡してしまうのはあまりにも無茶といわざるを得ません。死体を調べられて立花(武彦)の素顔がばれてしまえば、前述のように入れ替わりによるアリバイ工作の露見につながり、最終的には(作中でもそうなっているように)貴和子自身にも危険が降りかかってくるからです。

 あたかもそれをカバーするかのように、変死体となって解剖されてなお、立花(武彦)の変装が見破られた節がないのもいかがなものかと思います。文彦殺しの際に入れ替わりが行われているのですから、少なくとも立花の髭が付け髭であることは間違いないわけで、その事実さえ捜査陣がつかんでいないというのは、御都合主義を通り越して意図的なサボタージュにすら感じられる無能さです。

 立花の死体についてはもう一つ、黒木の証言で武彦の背中に赤い痣という特徴があることがわかったわけですから、川宮圭介としては何をおいてもまず、“立花=武彦”という推理を裏付ける決定的な証拠となるはずのその特徴を確認すべきところでしょう。にもかかわらず、(解剖が行われているわけですから)容易に手に入るはずの証拠を放置したまま得々と謎解きを行っているのは、“お約束”としては理解できるのですが、とても現実的な行動とはいえません。

 そして、死体発見時の入れ替えトリックも問題です。最も気になるのは死体の姿勢で、偽の死体を引き上げた後に本物の死体を崖下へ20メートルも滑落させるとなれば、両者の姿勢が大きく異なってしまう*4おそれがあるのではないでしょうか。もちろん細部の違いはわからないにしても、姿勢が大きく変わっていればすり替えが見抜かれるのは時間の問題でしょうし、しかもそれが可能なのは貴和子ただ一人なのですから、普通に考えればリスクが大きすぎるのは明らかでしょう。

 結局のところ、ミステリとしての体裁を成立させるために、犯人・警察・探偵役がそれぞれに無理のある行動をとらされているわけで、すべてがお粗末といわざるを得ません。

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*1: 「プロローグ」“これまでとはまったく違う顔が映っていた”(7頁)と書かれていることから、武彦が実際に一度は整形手術を受けたことは間違いありません。したがって、顔を変えたと見せかけて変えていない――整形手術そのものがまったくの偽装(一度も受けていない)――という可能性も排除されます。
*2: この場合、立花の正体が武彦だというのは露見するとしても、その素顔まではわからないままですから、別の変装をすることで逃げ切れる余地があると思われます。
*3: いうまでもありませんが、この場合は“立花守”の変装を解いて素顔に戻るだけで十分となります。
*4: 仰向けとうつぶせ、とまではいかないかもしれませんが、死体の向きが大きく違う程度のことはありそうです。

2007.05.02読了

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