ミステリ&SF感想vol.146

2007.05.26

首無{くびなし}の如き祟るもの  三津田信三

ネタバレ感想 2007年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)

[紹介]
 奥多摩にある媛首村には、かつて首を斬られて亡くなった女の怨霊“淡首様”の伝説が今もなお生き続けていた。その“淡首様”に祟られているという地主・秘守家で起きた怪事件。十三歳になった子供が行う儀礼“十三夜参り”の夜、本家の跡取りである長寿郎に続き井戸で禊ぎを済ませたはずの双子の妹・妃女子が、なぜか井戸の中で死んでいたのだ。しかもその直前には、恐るべき首無し女の姿が……。
 ……そして十年後。成人した長寿郎が三人の花嫁候補から一人を選ぶ“婚舎の集い”の最中に、候補の一人が無惨な首無し死体となって発見され、長寿郎が現場から失踪する。秘守家の跡目争いも絡んで混乱が続く中、さらに新たな首無し死体が……。

[感想]
 『厭魅の如き憑くもの』『凶鳥の如き忌むもの』に続くホラーミステリのシリーズ第三弾です(前作までのネタバレはありません)。第一作『厭魅の如き憑くもの』に比べるとホラー色はかなり薄くなっていますが、本格ミステリとしてはシリーズ随一といえるのではないでしょうか。

 本書は前作までとは打って変わって、怪奇作家・刀城言耶の手による部分はごくわずかのみで、ほとんどの部分は媛首村在住の作家が事件をもとに発表した小説の原稿という体裁になっており、そのせいか前作までより文章がだいぶ読みやすくなっている印象を受けます。また、秘守家の内部(使用人の斧高少年)と外部(高屋敷巡査)の二つの視点から交互に語られるというスタイルにより、秘守家を取り巻く諸々の事情――不気味な伝承や人々の確執など――や事件の状況が要領よく説明されているところも見逃せません。

 まずは戦前、“十三夜参り”という儀式の最中に怪死事件が起きますが、ここで目を引くのが四重の密室という強力な不可能状況で、ここでも密室の(ある程度)内部にいた斧高少年と外部の高屋敷巡査という二つの視点から、その不可能性がしっかりと確認されているところがよくできています。また、首無し女の出現という怪異が盛り込まれている上に、死体に首がなかったという噂が真偽不明のままうやむやにされてしまうあたりが不気味さを演出しています。

 この“十三夜参り”の事件が未解決のまま、戦争を間に挟んで十年後に起こるのが“婚舎の集い”の事件。こちらは、やはり不可能状況で花嫁候補の一人が殺されたのを皮切りに、首無し死体がいくつも飛び出す派手な様相を呈し、さらに一族の跡目争いも絡んで事態は紛糾します。このあたり、多くの謎がちりばめられていることもあって込み入っている割に、読者への提示がうまく整理された形になっているのが秀逸。そして、前作『凶鳥の如き忌むもの』の“人間消失講義”に続き、“首無し死体講義”ともいうべき興味深いディスカッションが展開されているのも見どころです。

 しかし圧巻なのはやはり、数多くの謎のほぼすべてが文字通りたった一つの事実によってきれいに解き明かされてしまうという、解決の手際の鮮やかさでしょう。そしてその事実が、伏線をしっかりと張りめぐらせながらも実に巧妙に隠されているところがまた見事で、それによって完全に覆い隠されていた真相があらわになる場面のサプライズとカタルシスは尋常ではありません。

 しかもなお作者の企みはとどまることなく、物語はそこからさらに姿を変え、何とも異様な雰囲気の漂う結末を迎えます。設定がうまく生かされているところがよくできていると思いますし、最後の最後までフェアであろうとする作者の姿勢にも好感が持てます画竜点睛を欠いている部分がないでもないのが少々残念ですが → (2010.05.14追記):2010年5月に刊行された講談社文庫版では、単行本で気になった箇所が修正されています)

 総体的にみて、年間ベストクラスの出来であることは確実。それどころか、首無し死体テーマの金字塔といっても過言ではない傑作です。

2007.04.28読了  [三津田信三]

仮面幻双曲  大山誠一郎

ネタバレ感想 2006年発表 (小学館ミステリー21)

[紹介]
 昭和二十二年、探偵業を営んでいる川宮圭介・奈緒子の兄妹は、琵琶湖畔にある双竜町を訪れた。製糸会社を経営する地元の有力者・占部文彦が、双子の弟である武彦に命を狙われており、身辺を警護してほしいというのだ。その武彦は、整形手術を受けた後に医師を殺害して逃亡中で、現在の顔はまったくわからないらしい。早速、文彦の寝室の前で寝ずの番をつとめた川宮兄妹だったが、文彦は翌朝死体となって発見される。文彦自身が犯人を招き入れたらしい現場の状況から、武彦は文彦が信頼する人物を装っていると思われたが……。

[感想]
 連作短編集『アルファベット・パズラーズ』が好評を博した作者の、初の長編。戦後間もない頃を舞台に、双子という古典的なガジェットを扱った、古風な探偵小説といった感じの作品に仕上がっています。さらにいうならば、“ごく薄味にした横溝正史風”といったところでしょうか。

 “薄味”たる所以は、物語のひたすら淡々とした雰囲気にあります。整形手術を受けた占部武彦が医師を殺害する場面が描かれた「プロローグ」こそ雰囲気十分ではあるものの、その後はいささか盛り上がりに欠けるというか、事件の背景が登場人物によって落ち着いた口調で説明され、事件も起きるべくして起き、型通りの捜査が行われた挙げ句に、予定調和のごとく第二の事件が起きる……といった具合で、読んでいてあまり面白く感じられないのは難点かもしれません。個人的には“あっさり風味”も悪くはないのですが、それにしてもほどがあるように思います。

 そうなると、見どころはミステリとしての仕掛けということになるのですが……双子といえば当然“アレ”が思い浮かぶところ、整形手術が絡んでくることで事態が複雑なものになっているのが巧妙です。そして終盤、さりげなくも絶妙な手がかりをもとに解き明かされる真相は、完全にこちらの盲点を突いたもので、鮮やかな解決の手際も含めて実に感心させられました……読了直後は。その後じっくり考えてみると、やはり評価を大きく下げざるを得ません。

 最大の問題は、トリックの考案と使用にあたって犯人の視点がまったく欠けているところではないかと思われます。もともとミステリのトリック自体が絵空事だというのは百も承知の上ですが、それにしても本書のメイントリックは犯人の立場からするとメリットよりもデメリットの方が大きすぎるでしょう。作者としては真相を見抜かれないのが最重要課題なのでしょうが、作中の犯人としてはもちろん身の安全が第一目的であるはずで、本書ではそこのところが十分に考慮されないまま、犯人が自らの危険を顧みず(作者/読者のために)トリックを実行しているという印象が拭えません。

 その危険をカバーし、終盤まで“謎”を成立させているのが、捜査陣の極端な無能さ――特に第二の事件以降は意図的なサボタージュといっても過言ではないほどの――だというのもいただけないところです。一見するとよくできているのは確かですが、(実行不可能ではないものの)犯人が実行するとは思えない、“机上の空論”的なトリックといわざるを得ないのではないでしょうか。

2007.05.02読了  [大山誠一郎]

トリックスターズC PART1 / PART2  久住四季

ネタバレ感想 2007年発表 (メディアワークス文庫 く3-5,6/電撃文庫 く6-5,6)

[紹介]
 “我は、学園祭の成功に不可欠なあるものを奪う”――城翠大学学園祭最終日の朝、実行委員会本部に『魔術師からの挑戦状』が届けられる。そしてその予告の通り、密室状況となっていた倉庫から、鮮やかに“それ”が奪われていたのだ……。
 爽快な気分で祭りの朝を迎えていた魔学部教授・佐杏冴奈の前に姿を現し、その機嫌を一変させてしまった男は、オズの魔術師保全委員会第三室長――通称“魔術師の大敵”だった。一方、自宅で目を覚ましたばかりのところへ、思わぬ人物の訪問を受けた天乃原周は……。

[感想]
 シリーズが一区切りを迎える本書では、『トリックスターズD』『トリックスターズM』に続いて学園祭での出来事が描かれています。前二作で事件が相次いだ学園祭の最終日にふさわしく(?)学園祭そのものを左右する事件が進行していくとともに、初登場の人物たちも含めて数多くの人物それぞれに光が当てられた群像劇*1が展開され、シリーズ最長の物語――二分冊の大ボリュームとなっています。

 『トリックスターズ』の再現のような「魔術師からの挑戦状」で始まる事件は、学園祭に不可欠な、しかし金銭的には価値のないものの盗難*2で、現場の密室状況もあるとはいえ、あまり派手な印象ではありません。が、犯行が繰り返されて“次に何が狙われるのか?”が大きな謎となっていくのが面白いところで、ある種のシリアルキラーもののように(“ミッシング・リンク”ではないものの)法則性を見出すことが必要となる、“挑戦状”に謳われている通りのゲーム性の高い事件となっています。

 事件の規模が大きくなるにつれて(知らずに関わる人々も含めて)関係者も増えていき、自然な形で群像劇になっているところもよくできていますが、主人公・天乃原周の一人称で記述されてきたこれまでのスタイルと、様々な人物の視点からの描写とを両立させるべく、伝聞で得た情報を語り手・周が再構成した*3ユニークな叙述形式になっているのが目を引きます。特に効果的なのが、探偵役が推理を一つの推理を説明する途中で別の探偵役の描写に切り替わる(見かけ上の)“推理のリレー”で、何人もの探偵役が並行して真相に迫っていく過程が巧みに表現されています。

 学園祭を成功させるためのタイムリミットが迫り、実行委員たちの焦燥も強まっていく中で、一転して事件が何とも派手な終結を迎えるのは苦笑を禁じ得ないところもありますが、その後に用意されている、二分冊で広げられた風呂敷の大きさに見合うだけの謎解きはやはり圧巻です。このシリーズではもはやおなじみの、必要に迫られた“一人多重解決”――つまりは相手に応じた“解決”がよく考えられている上に、前述の叙述形式に表れている“メタ視点”がうまく生かされたものになっている*4のがお見事。そしてそこに、周の“トリックスター”としての成長がうかがえるのが、実に感慨深いところです。

 事件が解決された後、物語はシリーズの区切りにふさわしいもう一つの結末を迎えることになりますが、それまでの群像劇や事件と乖離することなく、いわばそれらの延長線上にしっかりと位置している感があり、見事なフィナーレ(ひとまずの)といっていいでしょう。電撃文庫版では残念ながら本書でシリーズが止まってしまいましたが、メディアワークス文庫版でも最後には(電撃文庫版そのままに)“完結{クローズ}とともに続く{コンティニュー}と記されているので、今度こそシリーズの再スタートを期待したいところです。

*1: メディアワークス文庫版『トリックスターズC PART1』「あとがき」には、“主人公にとって「始まり」と「終わり」の物語であるとともに、他の登場人物たちにとっても総決算としたい。”と、執筆当時の意図が記されています。
*2: エドワード・D・ホックの〈怪盗ニック・シリーズ〉に通じるところがあるようにも思われます。
*3: 冒頭の「『C』の前幕」で、“これはほとんどが聞いた話である。/より詳しく言えば、事件の関係者それぞれが見て、聞いて、話して、動いた情報を、ぼくが順序立てて再構成したものだ。”(PART1;11頁)と宣言されています。
 なお、とある事情で出遅れていたはずの周が、いつの間に登場人物たちの話を聞くことができたのかは、定かではありません。
*4: このあたりについては、方向性はまったく異なるものの、氷川透『密室ロジック』にも通じるものがあるように思います。

2007.05.12 / 05.13 電撃文庫版読了
2016.03.26 / 03.29 メディアワークス文庫版読了 (2016.04.20改稿)  [久住四季]
【関連】 『トリックスターズ』 『トリックスターズL』 『トリックスターズD』 『トリックスターズM』

女王様と私  歌野晶午

ネタバレ感想 2005年発表 (角川書店)

[紹介]
 無職で独身の真藤数馬は、母親の向かいに座って夕食をとっていた。父親はまだ帰宅していない。今日は数馬の誕生日。母親はとても食べきれないほどの料理を食卓に並べ、ひたすら上機嫌で延々としゃべり続けていた。うんざりだった……。
 数馬は翌日、かわいい妹の絵夢を連れて家を出た。そして、“女王様”と出会うことになったのだ……。

[感想]
 このところ評価の高まっている歌野晶午による、非常に紹介しづらい問題作。大きく三つのパートに分かれており、それぞれのパートに付された題名をそのまま受け取れば、全体構造は明らかなのですが……。

 まず目を引くのが、主人公である真藤数馬の造形で、いわゆる“おたく”のネガティブなイメージを喚起する属性を片っ端から寄せ集めた、これ以上ないほどステレオタイプなもの。しかもその一部が(以下伏せ字)叙述トリックめいた形で(ここまで)提示されることで、読者に与える印象がより強烈なものになっています。結果として、序盤から“イタい”描写や表現が満載で、人によっては受け付け難いところもあるかもしれません。

 その主人公が“女王様”と出会い、事件に巻き込まれていくことになるのですが、個人的にはこのあたりからどんどん面白くなっていきました。その一つの要因は主人公の変化で、“イタい”のは相変わらずどころか“女王様”との出会いでさらに増している感もあるのですが、それでも自身を取り巻く事態に対して意外に誠実に向き合おうとしている姿勢が見受けられ、見方によってはビルドゥングスロマンともいえそうな雰囲気になっていきます(しかし、それが××だと明示されていることを考えると……)

 事態が悪い方向へ悪い方向へと進んでいく中、ある意味ミステリとしては“禁じ手”ともいえる仕掛けが炸裂し、状況は一気に混沌としたものになります。ただそうなってしまうと、何というか、作者が提示するものをただ受け入れるという受け身の立場に回らざるを得ず、どこか置き去りにされてしまったような感覚を覚えるのは否めません。

 物語の結末は、まったく予想もしなかった部分と、予想通りで肩すかしを感じる部分とが混在し、正直なところ微妙な印象。総じて非常に面白く読めたのは確かですが、必ずしも作者の狙いが成功しているとはいい難い、何ともいえない作品です。

2007.05.13読了  [歌野晶午]

ハマースミスのうじ虫 The Hammersmith Maggot  ウィリアム・モール

1955年発表 (霜島義明訳 創元推理文庫161-02)

[紹介]
 犯罪者をはじめとする奇矯な人間に興味を持つワイン商キャソン・デューカーは、知り合いの銀行家が日頃の堅物ぶりとは打って変わって派手に痛飲する場面に出くわした。事情を聞いてみたところ、架空の事実を盾に取った巧みな恐喝に屈したのだという。バゴットと名乗ったその卑劣な恐喝犯を、キャソンはわずかな手がかりをもとに探し出そうとする。そしてついにバゴットの正体を突き止めたキャソンは、少しずつ獲物に接近していくのだが……。

[感想]
 かつて東京創元社〈クライム・クラブ〉の一冊として刊行され、長らく“幻の傑作”とされてきた作品。その評判は裏切られることなく、最初から最後まで実に渋く、味わい深いサスペンスです。

 “堅物の銀行家が、なぜその日に限って飲んだくれていたのか?”と書くとどことなく“日常の謎”風ですが、物語はそんなささやかな“謎”を発端として、あくまでも静かに進行していきます。しかし、キャソンがごくわずかな手がかりをもとに恐喝犯バゴットに迫っていく過程は見ごたえがあり、緊張感は緩むことがありません。そして(意外に早く)バゴットの正体が見出された後、キャソンの視点で描かれてきた物語にバゴットの視点が加わることで、俄然面白さが高まります。

 相手に密かに狙いをつけている“狩人”のキャソンと、自らが相手に狩られようとしていることに気づかない“獲物”のバゴットという立場が明確になることで、序盤の“追跡”から“対決”へと物語がスリリングに姿を変えます。そしてまた克明に描かれる二人の心理は、特異なだけに感情移入は困難であるものの、読者の興味を大いに引きつけるものになっています。特にバゴットが恐喝を繰り返す動機は、舞台となる英国社会を浮き彫りにするもので、実に印象的です。

 巧妙な犯行を繰り返し、まったく隙がないと思われたバゴットも、キャソンによって次第に追いつめられていきます。そしてついに訪れる両者の対決では、“狩り”を通じてバゴットの人となりを知り尽くしたキャソンが繰り出した“最後の一手”が目を引きます。さらにそこからつながっていく最後の一文が非常に秀逸。いわゆる“最後の一撃”とはだいぶ異なりますが、何とも趣のある結末になっています。

 川出正樹氏による、作者の一風変わった経歴を本書の内容に重ね合わせた見事な解説も含めて、地味ながら(特に英国ミステリのファンならば)必読の傑作です。

2007.05.21読了