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風果つる館の殺人/加賀美雅之

2006年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 まず、スティーブンが殺害された事件については、サイロの構造を利用したアリバイ工作と、落下傘という小道具の使い方がなかなか面白いと思います。死体がサイロの避雷針から吊り下げられていたという、あまりに不可能性が高すぎる状況から、それが“偶然”の産物であることは見え見えなのですが、落下傘の存在が解決場面まで隠されている*1ことで結果的にバランスが取れている感があります。

 続くデイビット殺害の真相は、思いきり古典的なトリックでさすがに拍子抜け。しかしその割に(硬質ゴムのボールという手がかりが露骨に示されていてさえ)容易には真相が見えなくなっている*2のは、表面的な状況が三十八年前のイヴォンヌの死と酷似しているためというのもありますが、やはりドリスコル医師が遺産相続と無関係であることが大きいでしょう。ドリスコルを積極的に疑わない限りは、真相を見抜くのはかなり難しいのではないかと思われます。

 最後のパトリシアの死も、やはり不可能性が高すぎることが裏目に出ているように思えます。状況からみて、他の人物がウイリアムに気づかれることなく犯行が可能だったとは考えられず、そのために自殺だという真相もさほど意外なものに感じられないのが残念なところです。ちなみにトリックは、同じ横溝正史でも別の某作品へのオマージュでしょうか。、

 異様な遺言状が前面に押し出されることで遺産相続目当ての殺人という構図が強調され、さらに途中からはピーター・クレイヴンの復讐という(もう一つの)ダミーの動機が示される中、遺産の相続を狙うのではなく遺産を相続させないことを目的とした、逆説的ともいえる犯人の動機が非常に秀逸です。また、これでもかというほど『犬神家の一族』の要素が取り入れられていることが、強力なミスディレクションとなっているところも見逃せないでしょう。

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 事件の発端となった遺言状がフェイクだったという真相には、さすがに唖然とさせられました。が、露骨に三姉妹の不和を誘発しておきながら、その一方で二つの家族には遺産が渡り得るという遺言状の内容は、三姉妹に対するイングリットの復讐としては中途半端なもので、フェイクだったという方が納得できるところではあります。また、そのような行動に至ったイングリットの複雑な心情も、理解できなくはありません。

 ただしそうであるならば、とりわけ“あの遺言状が今回の事件を誘発した元凶であることは間違いありません――。”(505頁)という自覚があるのなら、少なくともスティーブンが殺された時点で自ら真相を明かすべきでしょう。スティーブンだけが標的だということが明らかならばまだしも、遺言状絡みの動機であればさらなる事件の発生が十分に考えられるのですから。プロットの都合上、いかんともしがたい部分はあるかと思いますが、そのあたりがなおざりにされているところはやはりいただけません。

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 また、ベルトランによる事件の解決にも、色々と問題があるように思われます。

 例えばデイビットの殺害について、“今回起きたデイビットの殺害に関しては、ドリスコル医師が犯人であることは判り切っています。”(540頁)というところから出発してトリックを明らかにしていますが、この説明をしている時点――既にドリスコルが罠に落ちて逮捕されている――ならともかく、その前にどうやってドリスコルが犯人だと見抜いたのか

 パットに対しては後に“愛欲と復讐心以外には考えられない。私はそこから推理を推し進めてゆき、ついにドリスコル医師の存在に思い至ったんだ。”(593頁)と語っていますが、事件の背景となる事情がまったくわからない中で、これにはどう考えても無理があるでしょう。常識的に考えれば、“警察が落下傘の存在に気がつけばスティーブン殺しにおけるドリスコル医師のアリバイは無意味になり”(565頁)と自身も説明しているように、アリバイ工作の露見が突破口になり得ると思われるのですが、一方では“たとえあの風と落下傘を利用した自動絞首刑のトリックが暴かれても、誰がそれを仕掛けたのかは判らない”(537頁)とも述べており、主張が首尾一貫していません。

 そしてもう一つ、“彼の蹉跌に大きくかかわってくるのが、この事件の三番目の犠牲者となったパトリシア嬢の存在なのですよ――”(552頁)と思わせぶりなことを口にした割には、パトリシアの行動がドリスコルの命運にどのような影響を与えたのか、まったく説明されないまま終わってしまっているのもいただけないところです。

 解決全体の整合性がとれていないためにちぐはぐに感じられるところ、そして登場人物としてのロジックではなく作者のロジックで解決を行っているように思われるところが、大きな問題でしょうか。

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 最後にベルトランが解き明かしたイヴォンヌの死の“真相”にも、かなり無理があるのではないでしょうか。まず、“かなりの密度”(245頁)がある櫟の生け垣に囲まれた迷路の中心部で、それほど強い風が吹くとは考えにくいものがありますし、仮に扇子が飛ばされるほどの風が吹いたとしても、どのような風の受け方をすればベルトランが言うように“凄まじい勢いで回転しながらイヴォンヌの喉元目指して飛んでゆく”(578頁)のか、さっぱりわかりません。さらに、扇子は普段は折り畳まれているものですから、広げた時にも縁の部分が一直線になりにくく、喉を切り裂くのはかなり難しいと思われます*3

*1: 一見アンフェアのようにも思えますが、解決場面でベルトランが指摘しているように、“何故かあの部屋には置かれていなかった”(528頁)ということ自体が手がかりとなり得るほどのものともいえるのではないでしょうか。
*2: てっきりゴムボールは凶器に関係しているのかと思い込んでしまいました。
*3: 扇子ではなく団扇ならばまだ可能性があるかもしれませんが……。

2007.11.08読了