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キッド・ピストルズの最低の帰還/山口雅也

2008年発表 (光文社)
「誰が駒鳥を殺そうが ――キッド・ピストルズの最低の帰還」
 まず、“ロビン・コックリル卿”だけでなく“ロバート・ジャクエモン・コマドリ”と、二人の“駒鳥”が配置されているのが面白いところで、展開がある程度予想できてしまうという童謡殺人にありがちな弱点*が多少なりとも緩和されている感があります。とりわけ、被害者であるジャクエモンが“雀”でもあることが事件の不可能状況と結びつけられ、ジャクエモンの自殺というダミーの解決(ダミーであることは歴然としていますが)につながっているのが巧妙です。
 また、《返し矢》がジャクエモンに命中したという不合理な状況が、弓道に神秘性を求めるロビン卿の心理と合致した結果、事件の不可能性を補強する証言――凶器は自分が放った矢である――につながるところもよくできています。
 ただ、登場人物が限られていることもあって犯人がわかりやすくなっているのが少々残念。特に、[蠅男の幕間]において伯爵夫妻のどちらかが蠅男に接触したことが明らかになった時点で、ロビン卿と見せてレディ・ダヴという構図が見えてしまうのがもったいないところです。

「アリバイの泡」
 ダイビングの経験という容疑者間の“非対称性”が早い段階で明らかになっており、それが手がかりにつながるであろうことは、誰しも想像できるところではないでしょうか。そしてその手がかりも、定番ともいえる“失言”である上にあまりに露骨すぎて、面白味は感じられません。

「教祖と七人の女房と七袋の中の猫」
 両側が断崖絶壁になった一本道の途中での消失という“課題”を“いかにして達成するか”については、キッドが述べているように“《三次元説》ってのが、一番現実的”(203頁)であるのは確かで、ガス気球という真相にもさほどの驚きはないのですが、その手段を“いかにして隠蔽するか”という点が秀逸。球皮をトラックの幌に見せかけるというアイデアも、バラストに猫を組み合わせることによるミスリードも、非常によくできています。
 しかしこの作品の真価は、やや意外性に欠ける《三次元説》を潔くダミーの解決として提示してしまい、それをきっかけとして犯人ではなく探偵の側であるキッドがトリックを仕掛けるという、転倒したプロットにあるといえるでしょう。

「鼠が耳をすます時」
 グリフォーンという特殊な楽器がわざわざ物語に持ち込まれていることを考えれば、それが何らかの役割を担っていることは明らかですし、ひいてはそれを操るダークが犯人であることも十分に予想できるところでしょう。また、ダークの“不調”から“小さく丸めた綿”(252頁)が耳栓であることも見え見えなので、超低周波音の人体への影響に関して知識がなくても、“音”が凶器であることは推測可能だと思われます。
 しかし、低周波騒音が現実に問題となっているのは確かですが、それが人の命を奪うほどの威力を持つというのは、サブリミナル効果に通じるうさん臭さが感じられます。それを回避すべく、この作品では《なまず{キャットフィッシュ}》とダークがいわば特殊体質の持ち主という設定がされているのですが、そのあたりにも今ひとつ釈然としないものが残ります。
 さらにいえば、《なまず{キャットフィッシュ}》の胸に刺さったナイフというミスディレクションも、いかにもとってつけたようにしか感じられず、少々お粗末と言わざるを得ません。

「超子供たちの安息日」
 超能力の存在を前提とすることで、超能力による密室殺人というあからさまなダミーの解決を“餌”として、心臓麻痺による自然死という真相から、さらには真の“謎”から読者の目をそらすという手法が、非常に巧妙です。
 また、「誰が駒鳥を殺そうが」の中のエピソードが、ウエンズデイの超能力に対する“伏線”となっているところにニヤリとさせられます。
 一つ気になるのが、“左手でブロックをキャッチした事実は、彼が左利きではないかという可能性を示唆する”(318頁)という点で、もし野球(英国ならばクリケットか?)の経験があれば、右利きの人物こそが左手でキャッチしようとするのではないかと思われます。

*: 元ネタとなる童謡にある程度のストーリー性がある場合、“形”や“装飾”によるオブジェ的な見立て(横溝正史『獄門島』など)ではなく、元ネタがいわばシナリオ的に扱われる例(ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』など)がしばしば見受けられます。

2008.07.13読了

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