〈キッド・ピストルズ〉

山口雅也
『キッド・ピストルズの冒涜』 『13人目の探偵士』 『キッド・ピストルズの妄想』
『キッド・ピストルズの慢心』 『キッド・ピストルズの最低の帰還』 『キッド・ピストルズの醜態』



シリーズ紹介

 このシリーズは、パラレルワールドの英国を舞台にした異色のミステリです。パラレルワールドとはいってもSF的な要素はなく、単に現実の世界とやや異なるもう一つの“現実”世界が舞台となっているのですが、まずその世界の設定が非常にユニークです。

 こちらの世界との最大の違いは、犯罪捜査体制に関するものです。簡単にいえば、うさんくさい人々が警察官として大量に採用された結果、警察機構の権威は地に落ち、それに代わって民間の私立探偵(“探偵皇”を頂点とする“探偵士”たち)が犯罪捜査の実権を握ることになったのです。この、警察よりも上位に位置する探偵士の存在が、古典ミステリを思わせる“古き良き時代”という雰囲気を物語に与えています。つまり、このパラレルワールドという設定は、“現代”における“名探偵の復活”を目的としたものといえます。

 ところが、シリーズの主役はこのような探偵士たちではなく、七色に染めたモヒカン刈りのキッド・ピストルズと三色に染め分けられたボサボサ頭のピンク・ベラドンナという、安全ピンを突き刺したTシャツに鋲を打った黒い革ジャンパーを羽織ったパンク刑事のコンビです。本来は探偵士に従うべき立場である警察官のキッドとピンクが、名だたる探偵士たちを出し抜いて事件を解決するという展開によって、一度ひっくり返された探偵と警察の関係をさらにもう一度ひっくり返すという屈折した構図が描き出されています。前述の“名探偵の復活”はストレートに扱われることなく、物語世界はパロディめいた皮肉な色彩を帯びているのです。

 シリーズのもう一つの特徴は、すべての作品でマザーグースをもとにした童謡殺人が扱われている点です。登場する童謡は、日本人にとっても比較的なじみのあるものからかなりマイナーなものまでバラエティに富んでいますが、その扱い方もまた様々です。いずれにせよ、すべての作品が童謡殺人というシリーズは世界的にも例を見ないものだと思いますが、それが一種異様ともいえる、どこかいびつな雰囲気を物語に与えています。

 ミステリのために用意された人工的な舞台で、童謡殺人に代表されるミステリ的趣向を思う存分繰り広げるという、いい意味で開き直ったかのようにミステリの可能性を追求する作者の姿勢が表れたシリーズといえるでしょう。また、非シリーズ長編『生ける屍の死』でもみられた作者お得意のペダントリーも加わり、独特の物語世界が作り上げられているところも大きな魅力です。




作品紹介

 現在のところ、『キッド・ピストルズの冒涜』『キッド・ピストルズの妄想』『キッド・ピストルズの慢心』『キッド・ピストルズの最低の帰還』『キッド・ピストルズの醜態』という5冊の短編集と、ゲームブック『13人目の名探偵』(JICC出版局)をもとにした番外編的な長編『13人目の探偵士』が刊行されています。


キッド・ピストルズの冒涜 The Blasphemy of Kid Pistols  山口雅也
 1991年発表 (東京創元社 ミステリ・フォー・ユー)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 4篇を収録した第1作品集ですが、巻頭に収録された童謡殺人に関する考察「なぜ駒鳥{コック・ロビン}を殺したのか?」も必読です。
 個人的ベストは「曲がった犯罪」

「「むしゃむしゃ、ごくごく」殺人事件」 The "Victuals and Drink" Murder
 50年間一歩も家から出ることなくひたすら食べ続け、体重400ポンドになるまで太ってしまった元女優が、自宅で毒殺されてしまった。だが、空いた料理の皿から毒薬が検出されたものの、なぜか被害者の胃の中は空っぽだったのだ……。
 毒殺の奇妙な状況も目をひきますが、やはり何といっても特異な被害者像が印象的です。真相もなかなかよくできていると思います。

「カバは忘れない」 Hippopotamus Can Remember
 リヴィングストン動物園の園長・リヴィングストン氏が殺された。さらに、彼の死体の横には何と、彼がかわいがっていた愛玩カバの巨大な死体が横たわっていたのだ。そして、園長が残した奇妙なダイイングメッセージをめぐって、捜査は紛糾する……。
 カバとともに殺された被害者という状況にはインパクトがあります。が、ダイイングメッセージや事件の真相がやや弱いのが難点といえるかもしれません。

「曲がった犯罪」 The Crooked Crime
 “曲がった男”と呼ばれる実業家のフェントンが、芸術家リチャード・マットのアトリエ“曲がった家”で、石膏で固められた奇怪な死体となって発見された。凶器として使われたオブジェからは、なぜか“曲がった硬貨”が失われていた。さらに、被害者に“曲がった猫”を売ったペットショップの主人までも殺されて……。
 徹底的に童謡をなぞった作品ですが、そのプロットへの取り込み方はなかなか巧妙だと思います。そして、手がかりの扱いが実に見事です。また、全編を通じてユニークな芸術論が繰り広げられていますが、特に終盤は圧巻です。

「パンキー・レゲエ殺人{マーダー}」 The Punky Reggae Murder
 人気レゲエ・バンドの中心人物、ジャマイカ人のバスター・ソロモン。彼のもとには、マザーグースをもとにした脅迫状が送りつけられていた。その背後には、ジャマイカでの激しい政争が影を落としているのか? やがて、“赤ニシン”だらけの奇怪な事件が……。
 レゲエをバックに繰り広げられる奇怪な事件。犯人は不可能状況で姿を消し、被害者のドレッドロックは無残に切り取られ、“赤ニシン”と“熊”の見立てに、麻薬の売人までが暗躍するという盛り沢山の内容です。一点だけ不満もあるのですが、全体的にみてまずまずの作品といえるのではないでしょうか。

2003.06.23再読了  [山口雅也]



13人目の探偵士   山口雅也
 1993年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 〈探偵士百年祭〉を間近に控え、各国から探偵士たちが続々とロンドンに集まる中、殺人鬼“猫{キャット}がその牙をむいた。奇妙な童謡になぞらえるかのように、11人もの探偵士たちが相次いで殺害されていたのだ。やがて、偉大なる〈探偵皇〉クリストファー・ブラウニング卿までもが殺されてしまった。その死体とともに密室状態の現場の中にいたのは、記憶喪失の男。しかし、なぜか凶器は現場から消え失せていた。容疑を受けてパンク刑事に追われる謎の男は、探偵士たちに事件解決を依頼するが……。

[感想]

 ゲームブックとして刊行された『13人目の名探偵』を長編に仕立て直した作品です。童謡殺人はもちろんのこと、〈解決〉から始まり〈発端〉に終わる構成、密室、暗号、ダイイングメッセージ、そして多重解決など、ミステリの趣向がぎっしりと詰め込まれていますが、さらに三人の探偵士によるマルチシナリオの同時進行や誤った選択のやり直しなど、ゲームブックから引き継がれた(と思われる)ギミックが組み合わされることで、非常にユニークな怪作に仕上がっています。

 ミステリとしては、まず三人の探偵士による多重解決という趣向に注目すべきでしょう。それぞれに物足りない部分もあるとはいえ、密室派のブル博士、タフガイのバーロウ、そしてダイイングメッセージを得意とするミス・ルイスという風に得意分野がはっきり分かれていることで、捜査の筋道がまったく異なっているところが面白いと思います。さらに、作品全体に仕掛けられた大きなトリック(といっていいでしょう)は非常に秀逸ですし、巧妙にちりばめられた伏線や、一風変わったダイイングメッセージなどもよくできています。

2003.06.27再読了  [山口雅也]



キッド・ピストルズの妄想 The Delusion of Kidd Pistols  山口雅也
 1993年発表 (創元推理文庫416-03)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 中編3篇を収録した第2作品集ですが、それぞれの作品で扱われている奇想、“狂気の論理”が非常に秀逸です。このシリーズから1冊選ぶとすれば、間違いなく本書でしょう。
 個人的ベストは「永劫の庭」。しかし、他の2篇も非常によくできています。

「神なき塔」 「反重力の塔」改題)
 反重力に関する研究を続ける異端の物理学者ハンフリー・ダンプリー博士。だが、その研究も最近は行き詰まりを見せているという。その博士は、訪ねてきたキッドたち一行の前で、重力から自由になる実験を行うと宣言し、塔の上へと登っていったのだが……。
 例えば、ハードSF作家石原藤夫の短編「空洞惑星」『ハイウェイ惑星』収録)などにはやや及びませんが、作中で展開される反重力に関する議論には興味深いものがあります。ある意味“神”にも等しい重力に対するダンプリー博士の抵抗が招いた不可解な現象はよくできていますが、解決は若干弱いようにも感じられます。

「ノアの最後の航海」
 異常気象に見舞われ、長雨が降り続いている英国。聖書原理主義にかぶれた財産家ノア・クレイポールは、来るべき大洪水に備え、スコットランドに巨大な箱舟を建造していた。そして親族たちが集められ、病身のノアは遺言状を発表したのだが、その夜、嵐の中で事件が……。
 大真面目に箱舟を建造しようとする“狂気”が強烈ですが、科学者との論争もまた興味深いものです。そして、事件の真相も秀逸。

「永劫の庭」
 すばらしい庭園を擁するラドフォード伯爵邸では、伯爵が企画した宝探しゲームが行われようとしていた。だが、当の伯爵は前日から行方不明になっていたのだ。そして、ゲームのヒントに従って庭園中をさまよい続けた一行が、ようやくたどり着いたゴールで発見したのは……。
 ペダントリーとほのかなユーモアに彩られた宝探しゲームが秀逸です。真相の一部には見通しやすい部分もありますが、何ともいえない余韻の残る結末が見事です。

2003.06.24再読了  [山口雅也]



キッド・ピストルズの慢心 The Self-Conceit of Kidd Pistols  山口雅也
 1995年発表 (講談社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 5篇を収録した第3作品集。シリーズ中ではやや落ちる印象を受けますが、まずまずといっていいでしょう。
 個人的ベストは「執事の血」

「キッド・ピストルズの慢心 ―キッド最初の事件―」 The Self-Conceit of Kidd Pistols ―The Kidd Pistols' First Case―
 “死と再生”を経てパンク族となった少年時代のキッド・ピストルズ。彼が謎解きの才能を発揮するようになったのは、その頃に遭遇した、ある事件がきっかけだった。真相を突き止めようと、カルト教団の教祖を追いつめるキッド。だが、彼が知らされた真相とは……?
 この作品では、キッド・ピストルズの生い立ちが自身の口で語られています。ミステリというよりもむしろアンチ・ミステリというべき内容かもしれませんが、そのパンキッシュな結末は印象的です。

「靴の中の死体 ―クリスマスの密室―」 The Body in the Shoe ―The Locked-Room at Christmas―
 靴の製造会社社長シューメイカー夫人は、自宅の庭にある靴の形の館に一人で住んでいた。その彼女が、息子たちを呼び集めたクリスマスの夜、何者かに殺されたのだ。しかし、おりからの雪が降り積もった庭には、夫人の靴跡だけが残されていた……。
 靴の館の殺人に靴跡の手がかりと、まさに靴が中心となった作品です。見立ての理由もよくできています。

「さらわれた幽霊」 The Kidnaped Ghost
 20年前、息子のジミーを誘拐された女優アン・ピーブルズ。要求に応じて身代金を用意したものの、犯人は姿を現さず、ジミーも戻ってくることはなかった。そして今、霊能師にのめり込むアンのもとへ、ジミーのから電話がかかってきた。さらに、再び誘拐事件が……。
 霊の誘拐事件という状況は一見面白そうなのですが、それがさほど効果的に生かされていないように思います。

「執事の血」 The Blood of the Butler
 嵐の山中で立ち往生したキッドたち一行は、偶然出会った雑誌記者の車に同乗させてもらうことになった。記者は、有能な執事を取材するために、タルボット伯爵の邸へと向かうのだという。だが、一行の前に姿を現したその執事ラングドンは、評判にそぐわない人物だった……。
 “執事論”と“貴族論”がユニークな異色作。結末が印象的です。

「ピンク・ベラドンナの改心 ―ボンデージ殺人事件―」 The Reform of Pink Belladonna ―The Bondage Murder Case―
 ハンブルグでSMの女王様として活躍した後、ロンドンへと渡ってきて怪しげなブティックで働いていたピンク・ベラドンナ。だがある日、友人の娼婦が、革紐で厳重に縛られた上に体を切り刻まれた無残な死体となって発見されたのだ。そして、壁には童謡をもじった血文字が……。
 最初の作品と呼応するように、この作品ではキッド・ピストルズの相棒、ピンク・ベラドンナの前歴が自らの口で語られています。ボンデージ=SMというハードな(?)題材が扱われていますが、ミステリとしては意外にオーソドックス。また、童謡の使い方が秀逸です。

2003.06.25再読了  [山口雅也]



キッド・ピストルズの最低の帰還 The Fuckin' Return of Kidd Pistols  山口雅也
 2008年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 5篇を収録して13年ぶりに刊行された第4作品集。1995年に発表された作品(「アリバイの泡」・「鼠が耳をすます時」)と2007年以降に発表された作品(残りの3篇)とが混在していますが、前者がはっきりと出来が悪いのが残念なところ。とはいえ、後者がまずまずの出来であることを鑑みれば、シリーズの見事な復活といっていいのかもしれません。
 個人的ベストは「教祖と七人の女房と七袋の中の猫」

「誰が駒鳥{コック・ロビン}を殺そうが ――キッド・ピストルズの最低の帰還
 弓矢に造詣の深い伯爵ロビン・コックリルの屋敷では、二つある物見塔の一方から一方へ、弓道の師匠であるジャクエモンが矢を射ち込んでくることになっていた。だが、射程を越えた距離のせいか矢は届かないまま、伯爵はジャクエモンのいる塔に向けて《返し矢》を行った。ところが……。
 ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』などで有名な、ミステリで扱われるマザーグースの代表格「Who Killed Cock Robin?」が満を持して登場。カットバックや手記を盛り込んだ構成も意欲的に感じられますし、西洋人の視点を通した弓道と禅の神秘性と不可能犯罪との組み合わせも秀逸です。登場人物の配置についても、マザーグースに沿った定型にひねりが加えられており、全体としてよくできた作品といえるでしょう。

「アリバイの泡」
 クルーザーに乗り込んでいた実業家が視察された。事件直後にクルーザー上で目撃された容疑者は、被害者の養子である三つ子の一人。ダイビングをしていた彼らは、三人揃って水中ハウスの中にいたとアリバイを主張するが、備え付けのビデオには同時に二人しか映っておらず……。
 笠原卓『仮面の祝祭2/3』の“2/3のアリバイ”というアイデアを、容疑者の関係を三つ子とすることで思いきり単純化したような作品*。短い分量のせいもあってか、犯人を特定する手がかりも単純すぎるもので、あまり面白味が感じられません。

「教祖と七人の女房と七袋の中の猫」
 両側が断崖絶壁になった一本道を進んでいたはずの、《迷える羊の館》教団のトラック。一本道の入り口では、荷台の麻袋に子供が袋詰めにされる場面が目撃されたにもかかわらず、途中で事故を起こして発見された際には、麻袋の中身は何匹もの猫たちにすり替わっていたのだ……。
 一本道での消失事件を中心に様々な推理が繰り出される、比較的オーソドックスな作品――と思っていると……。消失トリックそのものもなかなかよくできていると思いますが、それ以上にプロットの中での生かし方が見事です。

「鼠が耳をすます時」
 グリフォーンという奇怪な楽器を操るリーダーが率いる、盲目の黒人三人組のバンド《三匹の盲目の鼠{スリー・ブラインド・マイス}》。彼らがステージ上で演奏している最中に、客席にいたかつての悪徳マネージャーが胸にナイフを刺されて死んでいるのが発見されて……。
 かなりの部分が見え見えであったり、ミスディレクションがややお粗末であったりと、残念ながら色々な意味で難があるといわざるを得ない作品です。

「超子供たちの安息日」
 探偵士ベヴァリー・ルイスのもとに、王立超心理学研究所で超能力研究の対象となっているマンデイ少年から、助けを求める手紙が届く。キッドら一行が慌てて研究所に駆けつけるが、“ぼくは次の月よう日の午ご五時には死ぬでしょう”という手紙の予告通り、密室の中で……。
 超能力の存在を前提としたSFミステリ。ある種の超能力の前では密室も無意味であるわけですが、さすがにそのあたりは安直に処理されることはなく、一筋縄ではいかない作品となっています。前の方のエピソードを生かした小ネタも見逃せないところです。

*: もっとも、『仮面の祝祭2/3』は随分昔に読んだきりなので、具体的にどの程度共通しているのかは定かではありません。

2008.07.13読了  [山口雅也]



キッド・ピストルズの醜態 The Shameful Conduct of Kidd Pistols  山口雅也
 2010年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 2009年から2010年にかけて発表された中編3篇を収録した第5作品集。シリーズ当初とはやや方向性が違ってきているように思える部分もあり、シリーズのファンとしては若干微妙に感じられるところもないではないですが、全体としてはまずまずの出来といえるでしょう。
 個人的ベストは「だらしない男の密室」

「だらしない男の密室 ――キッド・ピストルズの醜態
 ひどく散らかった自室で、首と手足を切断された死体となって発見された金融業者。密室状況の現場には、被害者の伝記を書こうとしていた作家が死体とともに閉じ込められていたが、誰かに嵌められたらしくまったく覚えがないという。探偵士ブル博士は密室トリックの解明に挑むが……。
 C.ディクスン『ユダの窓』を思わせる*1、被害者以外の人物まで閉じ込められた密室殺人を扱った1篇。中心となるネタそのものはさほど目新しく感じられないのですが、その扱い方/見せ方が――やや強引ではあるものの――非常に秀逸。副題のもとになっている最後のオチも何ともいえません。それにしても、ブル博士の迷走ぶりには苦笑を禁じ得ないところです。

「《革服の男{レザーマン}》が多過ぎる」
 女性を殺してその皮をはぎ、服に仕立てていた連続猟奇殺人犯《革服の男》が逮捕されてから一年。その《革服の男》を思わせる怪しい人物が、隣人エレンと一緒にいるところを目撃したジルだったが、後でエレンに問いただしてみるとそんな人物は知らないという。しかし、やがて事件が……。
 サイコキラー《革服の男》の犯行にはインパクトがありますが、当の《革服の男》がすでに逮捕されているところから始まるというのが何ともひねくれています。(一応伏せ字)「〜多過ぎる」という題名(ここまで)には難があるようにも思われますが、思わぬところに配された手がかりをもとに明かされていく真相はなかなかのもの。

「三人の災厄の息子の冒険 ――キッド・ピストルズの醜態、再び
 殺風景な一室で目覚めた男は、病院のような建物の中で別の二人の男と出会う。三人は、名前や職業、髪型などは違うものの、なぜか三つ子のようにそっくりな顔をしていた。やがて《殺人鵞鳥{マーダーグース}を名乗る怪人物の声明が。建物から脱出しようと出口を探す三人だったが……。
 (おそらく)初登場の探偵士、精神科医のJ.D.キンロス博士*2が捜査の指揮をとる、このシリーズにしてはかなり毛色の変わった――というよりも、今ひとつそぐわない感のある作品。そして“ある部分”がかなり見え見えになっているため、サスペンスフルな雰囲気も最後の大ネタも、あまり効果的でないように思われるのが残念。好みによるところもあるかもしれませんが……。

*1: ついでにいえば、現場に棺桶があるのはJ.D.カー『三つの棺』を意識したものかもしれません。
*2: J.D.カー『皇帝のかぎ煙草入れ』の探偵役である、心理学者ダーモット・キンロス博士が元ネタでしょう。“J.D”というイニシャルにもニヤリとさせられます。

2010.10.24読了  [山口雅也]


黄金の羊毛亭 > シリーズ感想リスト作家別索引 > キッド・ピストルズ