秋期限定栗きんとん事件(上下)/米澤穂信
放火事件の真相は、瓜野くんの記事に従って犯行を重ねる“自己成就予言”(“自己”ではありませんが)だったわけですが、それを隠蔽するミスディレクションがよくできています。“予言”をする人物とそれを実現する人物が別(*1)だというのもさることながら、やはりミッシングリンクものに見せかけてあるのが面白いところで、“共通項に基づく予測”という構図が前面に出されることによって、逆転した順序を強く印象づけられることになります(*2)。予言トリックを扱った作品は数々ありますが、本書では予言であること自体が周到に隠されているのがユニークです。
“共通項”とされている『防災計画』での消防分署の管轄が、犯行の動機に直結しているとは考えにくい、それだけでは意味不明なものであるのも絶妙で、その奥にもう一つ真相が隠されているのではないかと思わされてしまうところがあります。また、六年前の『防災計画』限定だというのも、犯人を特定する手がかりとして使われるのかと……(苦笑)。
小鳩くんが仕掛けた罠には犯人も引っかかりを覚えたようで、瓜野くんに“ちょっと書き方が変わっていたね”
(下巻77頁)や“記事のスタイルというか、書き方というか……。”
(下巻79頁)と声をかけていますが、ここで確認を取れなかった以上、犯人としてはせっかくの騒ぎが下火になってしまうのを恐れて“予言”に従わざるを得なかった、ということでしょうか。
(一方の)“探偵”として放火事件を追いかけてきた瓜野くんが、誤った推理による小佐内さんとの“対決”で完全に打ちのめされるクライマックスは圧巻。“探偵の失敗”を扱った作品の中でも本書のそれは屈指といっても過言ではなく、意を決して恋人の小佐内さんを告発した推理が完全に誤りだった(*3)上に、自分がただの小市民だと思い知らされ、友人であった犯人の動機は“友達が大騒ぎするのが面白かった”という有様。挙げ句に、最後の「第六章」では瓜野くんの視点が排除され、物語から完全な退場を余儀なくされるという容赦のなさです。
しかも、最後に明らかにされるのは、その誤った推理自体が小佐内さんの誘導によるものだったという凄まじい真相。そして、“小佐内さんはなぜそんなことをしたのか?”の解答となる“最後の一行”――あまりにも手厳しい“復讐”との落差が激しい“わたしに、勝手にキスしようとしたの”
(236頁)という理由は、個人的には山田風太郎の某作品(*4)を思い起こさせる、破壊力抜群の動機となっています。
*2: “共通項”を見出した瓜野くんの視点で物語が進んでいくことで、その思い込みに読者も引きずられるようになっているところも巧妙です。
*3: このあたりは、某海外古典((作家名)アントニイ・バークリー(ここまで)の(作品名)『最上階の殺人』(ここまで))を意識したものではないか、とも思われます。
*4: (作品名)「赤い靴」(『妖異金瓶梅』収録)(ここまで)。
2012.10.24 / 10.25読了