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霧越邸殺人事件/綾辻行人

1990年発表 ノン・ノベル(祥伝社)

 まず、槍中秋清による〈第一幕〉の解決が非常に秀逸。“吹雪の山荘”に関する興味深い考察を導入とし、“見立て殺人講義”ともいうべき見立ての理由の分類*1を経て、犯人の真の目的が“死体に水をかけること”だと明らかにし、死体が水で濡れていたと結論づける手順には十分な説得力があります。そして、犯行時刻を遅らせるアリバイ工作の暴露から犯人が特定されるのはもちろんのこと、トリックを成立させるための条件について細かく検討されている(405頁〜406頁)ところもよくできています。もちろん、〈霧越邸〉の暗示である“十字型の亀裂”の解読も見事。

 しかして、この解決により便乗殺人という真相が隠蔽されることになっているのが巧妙なところ。例えば、槍中による“吹雪の山荘”に関する考察――“一、初めから網の中に入らない。/二、網の中から逃げ出す。”(388頁)からは、後に指摘される“犯人では有り得ないと確認されたことに乗じて新たに殺人を行う”(431頁)が抜け落ちていますし、“見立て殺人講義”でも“第三の場合”の説明の中で、見立ての理由としては定番中の定番ともいえる“事件の連続性の強調”までは挙げられていない*2のがうまいところです。

 実のところ、本書の見立てはなかなか凝ったものになっていて、以下の表に示すように〈第一幕〉から〈第四幕〉のそれぞれで様相が異なっています。槍中が解決したとおりの〈第一幕〉や、前述のように定番ネタである〈第三幕〉はともかく、〈第二幕〉での甲斐による“「雨」の見立て”から“童謡の見立て”への変更と、それに対する槍中の見立ての“すり替え”という構図はいずれも非常に面白いものですし、「かなりや」が槍中の名前を示しているためという“すり替え”の理由は、“十字型の亀裂”によって甲斐の犯行を暗示した〈霧越邸〉という舞台ならではの――そして〈霧越邸〉の暗示をまともに受け取った槍中ならではの――もの*3で、実にユニークだと思います。そして〈第四幕〉では、事件の連続性の強調という〈第三幕〉での槍中の思惑が、真の探偵役である白須賀彰によって、いわば裏返した形で再現されているところに脱帽です。

 殺人犯見立ての実行者見立ての目的
〈第一幕〉甲斐幸比古甲斐幸比古死体が濡れていたことを隠蔽
〈第二幕〉甲斐幸比古甲斐幸比古「雨」のアリバイトリックを隠蔽
槍中秋清「かなりや」の見立てを隠蔽
〈第三幕〉槍中秋清槍中秋清事件の連続性を強調
 → 甲斐の犯行に偽装
〈第四幕〉槍中秋清白須賀彰事件の連続性を強調
 → 殺人事件だと告発

 ネタバレなしの感想にも書いたように、〈霧越邸〉の“幻想の論理”は謎解きにほとんど寄与していませんが、上記の槍中のように犯人の行動に影響を与えているという見方はできると思います。その点では、劇団員の芸名と本名のそれぞれに“やりなかあきさや”の名前が(〈霧越邸〉において)出現するという暗示(の仕掛け)は、よく考えられていると思います。

*1: “第一は、犯人が(中略)死体を装飾する行為そのものに積極的な意義を見出している場合”
 “第二は、犯人が、『雨』という唄(中略)に何か重要な意味を認めている場合”
 “第三は、(中略)表向きの行為そのものには犯人の真意がない”場合。(いずれも394頁)
*2: “第三の場合”の説明の中では、“犯人にとって有利な何がしかの虚像を作り出すこと”(395頁)に該当するでしょう。もちろん、ここで行われているのはあくまでも最初の事件についての検討であるため、“事件の連続性の強調”という具体例が挙げられなくてもまったく不思議はありません。
*3: 犯人がわざわざ自分の名前を見立てに織り込むはずがないので、普通の状況であれば――〈霧越邸〉でさえなければ――むしろ槍中にとって好ましいことだと思われます。

2010.07.11再読了

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