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ノッキンオン・ロックドドア/青崎有吾

2016年発表 (徳間書店)
「ノッキンオン・ロックドドア」
 現場の密室状況そのものは明らかに〈不可能〉側の謎ですが、“一枚だけ赤く塗られた絵”という〈不可解〉な謎の方も密室トリックと関連しているのが面白いところ。そちらからのアプローチによって、氷雨にもハウダニットを解き明かすチャンスが十分あったわけで、二人の探偵の存在を生かすためによく考えられたトリック/謎解きといえるのではないでしょうか。

 密室トリックについては、臙脂色の絨毯”(20頁)に対して塗りつぶされた絵が濃い赤色(22頁)と、表現の違いが(読者に対して)ややあざといようにも感じられます*1が、ドアを叩いた際に落ちたはずのペンキの粉が存在しないという手がかりは、三越がノックした時に“そこに絨毯がなかった”ことをしっかり示している*2といえるでしょう。いずれにしても、ドアが施錠されていると見せかけてストッパーがかかっていた――しかも発見者自身の体重によって――というトリックは、実にユニークです。

 そして、最終的には〈不可能〉が〈不可解〉につながっている――解明された密室トリックから、密室の理由が浮かび上がってくるのが秀逸。その理由そのもの、すなわち踏み絵という真相もなかなか強烈なものがありますし、殺害の動機と直結しているところが非常によくできています。

「髪の短くなった死体」
 まず、髪の毛が凶器という氷雨の推理は面白いと思いますし、犯人の血が付着した髪の毛を証拠隠滅のために持ち去った、というのも納得しやすい理由ではあるのですが、容疑者たちの指の傷を確認するまでもなく、せっかく持ち去ったはずの髪の毛がその辺に捨てられていたのは明らかに不合理です。

 それに対して、“プラスチックの簡易持ち手”(47頁)という地味な手がかりから凶器を特定した上で、「ノッキンオン・ロックドドア」とは逆に〈不可解〉から〈不可能〉を取り出してくるような、未遂に終わったトリックを解き明かす倒理の推理が鮮やか。犯人と被害者の“逆転”によって、変装のために髪を切ったという合理的な理由が浮かび上がるのみならず、死体が下着姿でシャワーを出しっぱなしの浴室に置かれていた理由がきれいに説明されるのもお見事です。

「ダイヤルWを廻せ!」
 倒理が担当する依頼では、路地で亡くなったはずの被害者の杖の先が汚れていなかったことから、死体の移動が明らかになるところがまずよくできています。事故死ではなく殺人だったことには驚きはありませんが、犯行現場となったはずの被害者の自室に殺害の痕跡が見当たらないことが、氷雨が担当する開かない金庫の謎と表裏一体になっているのが非常に巧妙で、二人の探偵による分担という意味でもうまく考えられていると思います。

 開かない金庫の謎については、遺言状を“暗号”として様々な解釈がなされるのも面白いところですが、金庫が上下逆になっていたという真相は盲点を突いて実に鮮やか。いわれてみれば“ノブが向かって右側”(85頁)というのは違和感がありますし、シリアルナンバーのシールが剥がされていたこと(77頁/85頁)がよくできた伏線となっています。

「チープ・トリック」
 窓に近づかない標的を遮光カーテン越しに殺害する不可能狙撃のトリックは、標的が蛍光灯を替える機会を待って狙撃するという、手段としてはかなりシンプルなものではありますが、標的の位置が“固定”されるだけでなく(狙撃地点との位置関係で)必要となる高さも確保できるとともに、遮光カーテン越しでも狙撃のタイミングが確認できる、といった具合に、一石三鳥のトリックとなっているのが秀逸です。

 さらに、本来ならばハウダニットは一目瞭然だったはずが、メイドによる死体の移動を組み合わせることで、解明困難な不可能犯罪に仕立ててあるのも巧妙。実のところ、“窓から一メートル以内には(中略)絶対近づかなかった”(122頁)被害者が、なぜか“窓から五〇センチほど離れた場所”(120頁)で狙撃されたとみられる〈不可解〉な謎に着目すれば、死体が移動された可能性に思い至ることもできなくはないかもしれませんが、それだけでは不可能狙撃の解明にはつながりませんし、そちらが解明されない限りはメイドが偽装を施す理由も見えない*3わけで、二つのトリックが相互に補強し合っている、といえるかもしれません。

 美影が氷雨に与えたヒント――不可能犯罪の様相を呈することになった原因である、被害者が即死した・銃弾が貫通しなかった・被害者の倒れ方という“三つの偶然”は、“死体が移動可能な状態だった”ことを示唆するものですが、倒理が着目した“被害者が倒れた音”が――不可能狙撃の真相につながる手がかりとなる一方で――美影の意図を誤解させるミスディレクションとなっている*4のが、何ともいやらしいところです(苦笑)

 被害者が倒れた音や、絨毯の上の“羽虫の死骸”(118頁)といった手がかりはよくできていますが、チープ・トリックの「今夜は帰さない」の歌詞までが手がかりとなっているところにニヤリとさせられますし、納戸の中に“替えの蛍光灯”(116頁)があることまでそれとなく言及されているのに脱帽です。

「いわゆる一つの雪密室」
 “雪密室”は一般的に“足跡のない殺人”の一種とされているように、どうしても“足跡を残さず犯行に及んだ手段”に着目されることになるわけで、倒理の推理も“飛び道具”(155頁)から死体の移動による(某海外古典*5の有名な)足跡トリック(165頁〜166頁)と、そちらの方向で推移しているのですが、そこで足跡ではなく凶器の指紋の方にトリックを仕掛けたひねりがよくできています。

 しかして氷雨の推理は、事件前の状況から被害者の事故死を想定し、それと整合しない指紋の問題を〈不可解〉な謎として解明しようとしたものといえますが、指紋の問題を解決するために“発見者が手袋を持ち去った”と結論づけるにあたり、被害者の“手のひらにも血が付着し、爪のあいだには雪が食い込んでいた”(150頁)ことを見落とした*6のは、少々お粗末に感じられます*7。このあたり、二人の探偵の存在に合わせて多重解決を導入しようとした結果、無理が生じてしまった感があります。

 それに対して倒理の推理では、氷雨の推理の延長線上にあるとはいえ、指紋がつかなかったのではなく“消えた”――雪で洗い流されたという、いわば“逆方向”の真相が鮮やか。実際のところ、そこまできれいに消えるのかどうか少々気になるところではありますが、“雪密室”ならではのユニークなトリックといえるでしょう。

「十円玉が少なすぎる」
 十円玉といえば真っ先に公衆電話が思いつく世代なので(苦笑)、それがなかなか出てこないところに困惑させられましたが、必要な枚数に関する秀逸な推理からいくつかの可能性を排除した上で、満を持して公衆電話が持ち出されるところは、むしろきっちりしているというべきかもしれません。また、公衆電話を想定しづらい理由として、男が携帯電話を持っていたことがあるのももちろんですが、そこで携帯電話にない公衆電話ならではの利点が効いてくるのがうまいところです。

 “十ヶ所くらいに短い電話をかける”という前提から“人探し”に至るのはいいとして、“探し人の“苗字”と“住んでいる街”だけ”“ちょうど十ヶ所くらいに絞られる”(いずれも202頁)というのは、(最後に明らかになる真相にきれいに当てはまりすぎていることもあって)やや恣意的にも感じられますが、まずまず説得力があるのも確かでしょう。そして、探す相手が主婦というのは納得。

 冗談めかした推理の結果そのままの事件が飛び込んでくる結末は、(一応伏せ字)これまたハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」(ここまで)のオマージュといえそうですが、やはり“冗談から駒”といった感じのとぼけた味わいは絶妙です。

「限りなく確実な毒殺」
 被害者に毒を飲ませる機会はシャンパン以外にも考えられるものの、実際にシャンパンから実際に毒が検出されているため、毒殺手段の如何にかかわらず、シャンパンに毒が仕込まれた〈不可能〉状況を解明せざるを得なくなっているところがよくできています。もっとも、毒殺手段がシャンパンではないことが予想しやすくなっている*8ため、いわば“困難を分割すること”が示唆されているに等しい状態であり、毒殺とは別にシャンパンに毒を仕込むトリックがややわかりやすくなっているのは否めません。

 それでも、“毒がシャンパンを待つ”トリック*9を生み出した逆転の発想はお見事ですし、“限りなく確実な”――すなわち“プロバビリティのトリック”であるところも面白いと思います。また、被害者の服薬セットの中に水がなかったことを手がかりとして、被害者に毒を飲ませた機会を特定する推理も鮮やかです。

*1: “濃い赤色”よりも“暗い赤色”の方が、より臙脂色に近いようにも思えるのですが、どうでしょうか。
*2: “白いペンキの粉が(中略)埃一つ落ちていない絨毯の上にはらはらと舞った”(21頁)という、さりげない手がかりの示し方が巧妙です。
*3: 死体が移動されたとすれば、第一発見者であるメイドの仕業ということになりますが、メイドが狙撃の協力者だったとは考えにくいものがあります。
*4: “倒れ方――彼も同じことを言っていた。三つ目の偶然は“被害者の倒れ方”だと。”(135頁)
*5: (作家名)カーター・ディクスン(ここまで)の長編(作品名)『白い僧院の殺人』(ここまで)
*6: スキー場で撮った被害者の写真に“皺の寄った指”(157頁)が写っていることは、被害者の“手袋嫌い”(174頁)を裏付ける伏線であって、手がかりとまではいえませんが……。
*7: 「髪の短くなった死体」での氷雨の“誤った推理”と比較してみると、どちらも手がかりの見落としが原因になっているのは同様ですが、見落とされた手がかりの所在に大きな違いがあります。「髪の短くなった死体」では、“推理の対象”(犯人が被害者の髪を切ったこと)と“見落とされた手がかり”(切った後の髪が捨てられていたこと)との間にある程度“距離がある”のに対して、この「いわゆる一つの雪密室」では、“推理の対象”と“見落とされた手がかり”がどちらも“被害者の手の状態”であるため、見落としが重大に思えてしまうのは否めません。
*8: シャンパンによる毒殺の不可能性が高すぎる――被害者が飲むシャンパンに毒を仕込む機会/手段がまったく見当たらない――のに対して、毒が即効性でない(“摂取して二十〜三十分程度で”(216頁))など、事前に毒を飲ませることには特に障害がないため。
*9: ここには、某国内古典の短編((作家名)江戸川乱歩(ここまで)(作品名)「屋根裏の散歩者」(ここまで))のイメージもあるような気が……。

2016.05.18読了

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