恋霊館事件/谺 健二
- 「紙の家」
紙管を強固に連結している鉄筋だけを切断することで、“秘密の抜け穴”を作り出すトリックは巧妙(「モルグ街の殺人」に絡めてあるあたりもうまいと思います)。おそらく本物の丸太を使ったログハウスでは、こううまくはいかないのでしょう。また、そのトリックが侵入時には使えないことを手がかりに、あらかじめ床下に潜んでおくというもう一つのトリックを浮かび上がらせ、それが犯人の特定につながるという一連の手順の巧みさに目を引かれます。
- 「四本脚の魔物」
第一の事件は、わずかな隙間を介した“ピンと糸”的なトリックであるとともに、犯人が現場の外から犯行を行う遠隔殺人的なトリックでもあるという、非常にユニークな密室トリックだと思います。
一方、第二の事件では、震災と不可分の密室トリックもさることながら、何とも恐るべき殺害(自殺)手段が衝撃的です。
- 「ヒエロニムスの罠」
密室トリックは非常にシンプルですが、ドアが外開きであることで真相が見えにくくなっているところがよくできています。一方「ヒエロニムス・マシン」の“呪い”については、カナリアの死が合理的に説明されていないのが気になるものの、いわゆる“予言の成就”のメカニズムとしてはオーソドックスなもので納得できますし、これまた「紙の家」と同様に犯人の特定につながっているところがよくできています。
ミステリ的には“ダミーの犯人”にすぎない緒沢香澄が、事件そっちのけで大きくクローズアップされ、ややバランスを欠いているきらいはありますが、震災が人々に与えた影響を描き出すという本書のテーマを考えれば、そちらに重点が置かれるのもやむを得ないところでしょう。
- 「恋霊館事件 ―神戸の壁―」
恋霊館の消失の真相は、かなりわかりやすいと思います。館を側面から見た時の
“野球のホームベースを逆さにして地面に突き刺したかのような、五角形の左右対称形をしていた”
(242頁)という表現が、後に“野球のホームベースを二枚横に並べ、それを逆さにして地面に立てたような”
(284頁)と形容されている“神戸の壁”を連想させるため、“恋霊館は池の向こうにその石造りの側面を見せて、こちらも無事に建っていた”
(267頁)という時点ですでに石壁だけになっていることを見抜くのは、さほど難しいことではないでしょう。殺人事件の方は、現場近くにいた人物が何も目撃していないという不可能状況から、最終的にはホワイダニットへとシフトしているのが興味深いところです。錯視を利用したトリックにかなり無理があるのは確かですが、それをダミーの真相として提示しているところがなかなか巧妙です。
- 「仮設の街の幽霊」/「仮設の街の犯罪」
大堀の死については、「ヒエロニムスの罠」の最後に配置された有希と東條の対話から真相は見えてしまいますが、“凶器”がよりによってイチローのサインボールだというのが何ともいえません。イチローの大ファンである香央理がボールを持ち去ったために真相が露見しなかったというのもさることながら、神戸の象徴ともいえるイチローのサインボールが大堀に死をもたらしたということで、天罰という解釈が強調されているところが印象的です。