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紅楼夢の殺人/芦辺 拓

2004年発表 本格ミステリ・マスターズ(文藝春秋)

 たとえ個々の事件のトリックを見破ることができなくても、頼尚栄による解決に思い至ることは難しくはないでしょう。大観園の中で不可解な事件が相次いで起きるのですから、その実質的な主である賈宝玉に疑いの目を向けることはある意味常道ともいえますし、香菱の事件における一同の様子(香菱の“逃亡”にまったく言及されないなど)はかなり露骨に不自然です。むしろ、作者が意図的に読者をその結論へと誘導しているというべきかもしれません。

 しかし、頼尚栄による解決から真相へとたどり着くのは非常に困難です。真相は、殺人事件の真犯人(フーダニット)と、賈宝玉の動機(ホワイダニット)との二つに分けることができますが、両者は強く結びついており、一方が解けなければもう一方も解けないといったような形になっています。そして、頼尚栄と同様に“賈一族の論理”の外側にあり、さらに“現代人の論理”に支配される読者にとっては、不可能状況の演出が(誰であるにせよ)犯人を利するだけの行為としか思えないのですから。“賈一族の論理”は秦可卿の死の経緯にあからさまに表れているのですが、それを事件と結びつけるのは容易ではないでしょう。

 個々の事件の中では、まず、史湘雲の死体出現のトリックがなかなか面白いと思います。舞台が中国であるだけに、食べられる造花という手段は納得できるものです。
 逆に、香菱の密室からの消失は、やや微妙に思えます。灯りはそれほど明るくはないでしょうし、節穴からのぞくという悪条件ではありますが、西洋画のように写実的な絵でなければ本物と誤認させるのは難しいのではないでしょうか。いや、中国の絵画がどの程度写実的だったのかはよくわからないのですが……。

2005.07.22読了

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