ミステリ&SF感想vol.109

2005.08.01
『名探偵に薔薇を』 『四次元の殺人』 『シシリーは消えた』 『紅楼夢の殺人』 『プタヴの世界』



名探偵に薔薇を  城平 京
 1998年発表 (創元推理文庫423-01)ネタバレ感想

[紹介]

「第一部 メルヘン小人地獄」
 小人たちを材料に毒薬を作り上げた博士と、歪んだ復讐を遂げる小人たちの姿を描いた不気味な童話「メルヘン小人地獄」。マスコミに送りつけられたそれをなぞるかのように、やがて社長夫人・藤田恵子が惨殺されてしまう。その背景には、伝説の完璧な毒薬“小人地獄”の存在が。事件に巻き込まれた藤田家の家庭教師・三橋荘一郎は、後輩の名探偵・瀬川みゆきを呼び寄せるが……。
「第二部 毒杯パズル」
 前回の事件から2年を経て、“小人地獄”の悪夢が再び藤田家を襲う。一家団欒のティータイムに、何者かがティーポットの紅茶に大量の“小人地獄”を投入し、一人が命を落としたのだ。一体誰が、何のために? 放浪中に事件を知った瀬川みゆきは、三橋荘一郎に連絡を取って藤田家を再訪したのだが……。

[感想]

 第8回鮎川哲也賞の最終候補に残りながら、惜しくも受賞を逸した作品で、刊行に際しては大幅に改稿されているようです。余談ですが、この回の受賞作である谺健二『未明の悪夢』を除いた最終候補4作のうち、本書以外にも柄刀一『3000年の密室』と氷川透『密室は眠れないパズル』(原題『眠れない夜のために』)が後に刊行されており、レベルの高さをうかがわせます。

 さて、「メルヘン小人地獄」という童話で幕を開け、一つの“お伽噺”で幕を閉じる本書は、全体がそのまま“名探偵という存在を扱った寓話”といえるのではないでしょうか。完璧な毒薬である“小人地獄”の設定や、善にせよ悪にせよカリカチュアライズされた登場人物たち、さらには、特に第二部で顕著ですが、まるで外界から切り離されたかのように藤田家のみに焦点が当てられている(おそらくは意図的に描かれていない)ところなど、物語全体が(決して悪い意味ではなく)奇妙に現実離れした印象を与えます。時おり顔を出す擬古的な文体や、通俗探偵小説を思わせる猟奇的な描写なども相まって、名探偵の存在を許容する物語世界を作り上げるという作者の意図は十分に成功しているといっていいでしょう。

 津田裕城氏の解説によれば、第二部にあたる「毒杯パズル」が先に書かれ、後に第一部の「メルヘン小人地獄」が書き足されたとのことですが、三橋荘一郎の視点から“名探偵の活躍”を描いた第一部と、瀬川みゆき自身を視点人物として“名探偵の苦悩”に焦点を当てた第二部とが対になることで、本書のテーマ――“名探偵という存在”――が一層鮮明になっているところが秀逸です。また、第一部で“小人地獄”の因縁に決着をつけたはずの瀬川みゆきが、第二部では“小人地獄”を介して自身の因縁に直面させられるという趣向もまた、非常に効果的だと思います。

 ミステリとしては、第一部の事件もなかなかよくできていますが、やはり第二部「毒杯パズル」の、一見シンプルな謎の奥に隠された巧妙な仕掛けが見事です。そして、北村薫『冬のオペラ』“名探偵とは存在であり意志である”という名文句を思わせる、瀬川みゆきの名探偵としての造形が、結末の印象を強く際立たせています。“名探偵を描いた小説”という意味での“探偵小説”としては、必読の傑作といえるのではないでしょうか。

 なお、谺健二『未明の悪夢』巻末に付された第8回鮎川哲也賞の選評によれば、本書のラストに関する複数の前例が存在することが受賞を逸した理由の一つになっているようです。前述の通り、高レベルの作品が揃っていたようでもあるので、選考結果そのものは妥当なものかもしれません。が、基本的なアイデアは前例とされた作品と同じであっても、その使い方と効果は大きく異なっており、決して本書の瑕疵とはいえないでしょう。

2005.07.11再読了  [城平 京]



四次元の殺人 SFミステリー傑作選  石川喬司編
 1977年発表 (光文社文庫 い13-1・入手困難

[紹介と感想]
 国内の様々な作家の作品15篇を収録し、さらに編者による「ミニSF史」をそれぞれの作品に付したアンソロジーです。“SFミステリー傑作選”と銘打たれてはいるものの、幻想小説やホラーに近い作品、あるいは謎解きではなくオチを重視した作品が含まれるなど、“SF”についても“ミステリー”についてもかなり基準が緩いように思われます。

「写真の女」 小松左京
 路傍に落ちていた、何十年も前のものと思われる古い写真を拾った“彼”は、そこに写っていた女に心惹かれるものを感じる。そして翌日、降りしきる雨の中で彼が出会ったのは……。
 割とありふれた、怪談めいた作品……と思っていると、思わぬ結末が待ち受けています。しかし、唐突だという印象は拭えません。

「振動魔」 海野十三
 恩人の妻と不倫関係に陥ってしまった柿丘秋郎は、ある日相手から妊娠を告げられ、関係を清算することを決意する。その手段は、世にも奇怪な実験装置だった。柿丘の思惑は果たして……?
 奇想から生み出されたユニークなトリックと、鮮やかなオチが秀逸です。

「過去の女」 生島治郎
 数々の女性と関係を持ちながら、自分を完全に満足させてくれる理想的な女性を探しつづけてきた不二夫は、ある日出会った見知らぬ女に心を奪われた。だが……。
 強引なラストには、思わず苦笑を禁じ得ません。R.A.ハインラインの某傑作短編を連想したのですが、それには遠く及ばない出来です……と思っていると、作品の後に付された「ミニSF史」の最後の箇所(80頁)で、そのハインライン作品((以下伏せ字)「輪廻の蛇」(ここまで))の内容が懇切丁寧に説明されていました。未読の方はご注意下さい。

「凶行前六十年」 都筑道夫
 2034年、友長教授を殺害した岸本教授は、タイムマシンで60年前へと逃亡した。岸本教授を追ってきたロボット刑事は、60年前の友長と岸本に事情を告げ、協力を求めるが……。
 序盤の様子からは、タイムパラドックス含みの犯人追跡劇という展開が予想されますが、ひねりにひねってまったく予断を許さないプロットが見事です。最後のオチも傑作。

「殺人者」 豊田有恒
 地球への帰途にある宇宙船の中で、少年が何者かに殴られて重傷を負ったのを皮切りに、相次いで殺人が起こる。密室状況の宇宙船に潜む、“姿なき殺人鬼”の正体は……?
 本書の中では最もオーソドックスなSFミステリといえるのではないでしょうか。スリリングではあるものの、犯人がややわかりやすいのが難点です。

「抒情歌」 川端康成
 “私”は、愛しい“あなた”に向かって語り続ける。ありし日の思い出、“私”の持つ不思議な能力にまつわる思い出を。今はもう亡くなったあなたに……。
 味わい深い作品ではありますが、これをSFミステリというのはさすがに無理があるのでは?

「夢の底から来た男」 半村 良
 理想的な経理マンとして堅実に働き、家庭では妻や息子と幸せな生活を送る加藤一郎。彼の唯一の悩みは、時おり奇妙な悪夢にうなされることだった。やがて……。
 “悪夢もの”のサスペンス。現実がほんの少しずつ侵食されていく展開と、急転直下のオチとの対比が鮮やかです。

「鏡地獄」 江戸川乱歩
 の持つ不思議な魅力に取りつかれた“彼”は、次第にその狂気を募らせていき、次から次へと奇怪な装置を作り上げていく。そしてある日……。
 有名な作品ですが、実際に読んだのは初めてです。常軌を逸した鏡への執着が丹念に描かれているのが見どころでしょうか。

「提灯」 石川喬司
 病室で、今にも息を引き取ろうとしている母親を見守る少年。室内の天井近くには、奇妙な物体が浮かんでいた。それは……。
 奇妙な味の怪談。独特の雰囲気は悪くないと思いますが……。

「邪悪の視線」 筒井康隆
 高級バーで働き始めた精神感応能力者・七瀬は、常連客の中に透視能力の持ち主がいることに気づいていた。だが、その男の意識は邪悪で、七瀬にとっては警戒すべき存在だった……。
 連作短編集『七瀬ふたたび』からの1篇。七瀬に呼びかけてくる思念の正体が、なかなか面白いと思います。

「門のある家」 星 新一
 道に迷って高級住宅地に入り込んだ青年が、一軒の家の門に近づいてみると、中から出てきた女が彼を家の中に迎え入れたのだ。どうやら彼は、彼女の夫らしい……。
 不条理感に支配された、奇妙な味の作品。後に付された「ミニSF史」では〈多元宇宙テーマ〉に分類されていますが、いくら何でも無茶でしょう。

「R62号の発明」 安部公房
 自殺しようとしたところを止められた“おれ”は、死んだつもりで奇妙なアルバイトをすることになった――そして、R62号という名のロボットになった“おれ”は……。
 不条理なドタバタ劇であり、近未来の寓話といったところでしょうか。

「虫が好かない」 佐野 洋
 生命の本体である“われわれ”は、生命体に注入される順番を待っていた。さまざまな生物の受胎の瞬間に、個体に注入されて一個の生命となるのだ。だが……。
 真面目くさった文体で書かれた、どこかとぼけた味の物語。何となくつじつまが合っていないような気もするのですが、それも些細なことでしょう。

「オラン・ペンデクの復讐」 香山 滋
 宮川大三郎博士は、世紀の大発見について発表しようとしていた。博士は東南アジアの秘境で、幻の原始人類“オラン・ペンデク”の捕獲に成功したのだ。しかし、発表が佳境に入ったところで……。
 ロストワールド・テーマのミステリ風怪奇小説です。全編にみなぎる異様な迫力には圧倒されます。

「標的都市」 田中光二
 大金を手に入れるために、人狩りの標的となった“俺”。チェックポイントを通過しながら、制限時間内に生きてゴールにたどり着ければ、ゲームは“俺”の勝ちだった。だが、いきなりのアクシデントが……。
 よくできてはいますが、この種のストーリーがありふれたものになってしまった今では、やや厳しいでしょうか。

2005.07.14読了  [石川喬司 編]



シシリーは消えた Cicely Disappears  アントニイ・バークリー
 1927年発表 (森 英俊訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 遺産を使い果たした青年スティーヴン・マンローは、泣く泣く従者を解雇し、自らが従僕として働くことになった。その勤め先、レディ・スーザンを主とするウィントリンガム・ホールには様々な客が招かれていたが、その中の一人、レディ・スーザンの甥であるフレディが“人を消すことができる呪文がある”と言い出した。早速、夕食の後の座興として降霊会が開かれたのだが、呪文の実験台となったシシリー嬢は、暗闇の中で部屋から消失してしまった。当初はシシリー嬢の悪戯かとも思われたのだが、彼女はいつまでたっても姿を現さない。そして……。

[感想]

 “モンマス・プラッツ”名義で発表された、A.バークリーの幻の作品です。バークリーの作品といえば、どこかユーモラスな雰囲気の中にもしっかりと皮肉がきいているという印象があるのですが、本書では皮肉はほとんど目立たず、ユーモアとロマンスが比較的ストレートに扱われた一味違う作品になっています。

 主役のスティーヴンは、財産を使い果たして従僕として働く羽目になってしまうという、いきなりの境遇の変化にもめげることなく、マイペースを貫く姿勢には好感が持てます。また、ロマンスのお相手であるポーリーン嬢も生き生きと描かれ、二人で協力して探偵活動に励む姿にはほのぼのとしたものさえ感じられます。他にも、偽悪的な言動の下に親切心を隠したレディ・スーザンや、何事にも動じることなくスティーヴンのために献身的に働く元従者のブリッジャーなど、魅力的な登場人物たちが揃っています。

 事件の発端は降霊会からの不可解な人間消失ですが、このトリックだけをみてみると大したことはありません。しかし、謎の脅迫状や盗難事件、さらに殺人事件までが立て続けに起こり、息つく暇もありません。そして、様々な要素が絡み合った複雑な事件が最後にすっきりと解決される場面は圧巻です。

 全体的にバークリーらしからぬ、“J.D.カー後期の作”といわれれば信じてしまいそうな(そんなことはないか?)作品で、皮肉(や毒)がないところに物足りなさを感じる向きもあるかもしれませんが、安心して楽しく読めるのは間違いありません。ゆったりした雰囲気のミステリが読みたい方にはおすすめです。

2005.07.19読了  [アントニイ・バークリー]



紅楼夢の殺人  芦辺 拓
 2004年発表 (文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ)ネタバレ感想

[紹介]
 朝廷より賜った寧国公・栄国公の称号を世襲し、栄国公の弟である賈政の娘・元春が皇帝の貴妃となるなど、栄華を極める賈一族。元春の弟である賈宝玉は、貴公子然とした容貌と抜群の才幹を持ちながら、学問嫌いで女の子たちと仲よく遊ぶ方を好み、一族の変わり者と見なされていた。そんな弟に対して元春は、広大な邸の中に作り上げられた〈大観園〉で一族の美女たちと暮らすことを命じる。かくして、外界から切り離された楽園の中、優雅で贅沢な日々を送っていた宝玉だったが、やがて奇怪な殺人事件が……。

[感想]

 中国の古典『紅楼夢』に材を採った異色の傑作ミステリです。中国古典を下敷きにしたミステリといえばやはり、山田風太郎の傑作『妖異金瓶梅』が想起されるところですが、本書はそちらに勝るとも劣らない出来映えといっていいのではないでしょうか。

 巻頭の登場人物表には30人以上もの名前が並び、さらに複雑な系図も掲載されるなど、一見するとかなり取っつきにくく感じられますが、実際にはまったくそんなことはありません。〈大観園〉の中心となるのはあくまでも主人公の賈宝玉ですし、また〈大観園〉以外では司法官の頼尚栄に光が当てられています。この賈宝玉と頼尚栄という二人の“探偵”が物語の中で特権的地位を占めることで、焦点のはっきりした非常に読みやすい作品に仕上がっていると思います。

 また、特に現代ものなど他の作品ではしばしば、作中人物の口を借りて過剰に主張される作者の思想がリーダビリティを削いでしまっているように思われたのですが、既存のフィクション、しかも中国古典がベースになっているせいか、本書ではそのあたりが気になることはなく、個人的にはいくつか読んだ芦辺拓作品の中で最も読みやすく感じられました。

 原典を読んでいないので、どこからどこまでが作者の手腕によるものかはわかりませんが、〈大観園〉の中の描写、あるいは一つ一つの場面やエピソードなどは、いずれも鮮やかで印象的です。また、前述のように主役ははっきりしていますが、それ以外の登場人物たちもそれなりにしっかりと描かれており、大きな魅力を備えた物語になっています。

 ミステリとしての本書は、いくつもの不可能犯罪が盛り込まれた贅沢な作品ではありますが、残念ながら個々のトリックの大半はさほどのものではなく、正直なところ、みるべきところはほぼ一点のみでしょう。しかしながら、その一点はこれ以上ないほどの強烈な破壊力を備えています。伏線は結構あからさまに示されているにもかかわらず、物語の“外側”にいる読者が真相に至ることが可能だとは思えませんし、真相が明かされた時の衝撃は絶大。そして、世界の崩壊と幻想が生み出す結末の余韻も申し分なく、特異な世界を借りてミステリに仕立て上げた作者の狙いは、大成功といっていいでしょう。

2005.07.22読了  [芦辺 拓]



プタヴの世界 World of Ptavvs  ラリイ・ニーヴン
 1966年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF506)ネタバレ感想

[紹介]
 イルカたちが深海で発見した、ゴブリンを思わせる奇妙な姿の〈海の像〉。それは、事故によって“停滞状態”に入った異星人だった――弱いテレパシー能力を持つラリイ・グリーンバーグは、“停滞状態”を解除された異星人とコンタクトしようとする。だが、相手はおよそ15億年前に全銀河を支配していた、強力なテレパシー能力を持つスリント人の唯一の生き残りだったのだ。かくして、スリント人の強力な思念の放射を受けたグリーンバーグの運命は……。

[感想]

 L.ニーヴンの処女長編にして、独自の未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の基礎となった作品です。ニーヴン自身はこの作品を書いた時点ではシリーズ化の構想を持ってはいなかったようですが、その割には、後に他の作品で使われることになる様々なガジェットが惜し気もなく盛り込まれています。

 物語の舞台は、『不完全な死体』とほぼ同じ22世紀。人類は小惑星帯{ベルト}へと広がり、さらに太陽系外への進出も始まっています。そんな中、一人の異星人が地上に出現するのですが、クザノールという名のこの異星人は強力なテレパシー能力により全銀河を支配していた“スリント人”――他の作品では“スレイヴァー”(奴隷使い)とも呼ばれています――の生き残りで、ファーストコンタクトがいきなり“ワーストコンタクト”(by筒井康隆)になってしまいます。

 ここで普通ならば、地球を支配しようとするクザノールと、それを防ごうとする地球人の激しい戦いが中心になっていくところだと思うのですが、本書ではなぜか“宝探し”が始まるのが面白いところです。しかもそれが、クザノール・グリーンバーグ・国連(地球)・小惑星帯による四つ巴の争奪戦となり、クザノールvs人類という対決に加え、対立する地球と小惑星帯の間の緊張が高まることによって、物語が一層スリリングなものになっているのが巧妙です。

 また、後にSFミステリを書いたニーヴンらしいというべきか、物語には様々な謎が配されています。その答が示されるたびに少しずつ浮き彫りにされていくのは、15億年以上も前に全銀河を支配したスリント人の運命。このような、はるか昔に何が起こったのを解き明かしていく過程は、J.P.ホーガン『星を継ぐもの』などにも通じるミステリ的な面白さがあります。

 あれもこれも書こうとしすぎて、ややまとまりを欠いている部分もないではないですが、基本的には読みやすく、面白い作品です。〈ノウンスペース・シリーズ〉の中ではあまり読まれていない方ではないかと思いますが、なかなかの佳作といっていいのではないでしょうか。

2005.07.25再読了  [ラリイ・ニーヴン]  〈ノウンスペース〉


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