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首無の如き祟るもの/三津田信三

2007年発表 ミステリー・リーグ(原書房)/講談社文庫 み58-3(講談社)

 “婚舎の集い”の最中に起きた事件の中核となるトリックが、「第二十一章 首の無い屍体の分類」において斧高が真っ先に言及しながらあっさりと排除された、シンプルな“加害者と被害者の入れ替わり”であるところが非常に秀逸です。ポイントは、前提となる事実の取り違えによって、誰もが思いつくようなトリックを盲点へと追いやってしまう手法*1で、実に巧妙なものだと思います。

 その事実、すなわち“長寿郎”と“妃女子”の性別が入れ替えられるに至った理由も納得できるものですし、“淡首様”の祟りというホラー要素がミステリ部分に組み込まれているという構図が見事です。そしてまた、“刀城言耶”が“それが余りにも自然に見えるものだったので、その意味に我々は気付くことができなかった”(387頁)と指摘しているように、大胆に提示されていながらもうまく隠されているところが非常によくできています。

 “長寿郎”と“妃女子”の真の性別そのものもしっかりと隠されていますが、特筆すべきは作者としての媛之森妙元(高屋敷妙子)の視点の存在で、“長寿郎”に寄せる斧高の想いが「はじめに」において“斧高が恐らく持っていたと思われる、ある性癖(15頁)と断じられることによって、読者が強くミスリードされるところが見逃せません。

 また、加害者と被害者の入れ替わりトリックの“常識”を覆すかのように、“長寿郎”の死体が全裸にされているところにも注目です。通常であればあり得ないのですが、被害者の身体の特徴を覚えるために“必要”な作業であるのはもちろんのこと、裸にするだけで“十分”にトリックが成立するという逆説的な状況が印象的です。

 女性でありながら男性に見せかけられていた“長寿郎”に加えて、そこに男性でありながら女性の筆名を使っていた江川蘭子が登場することで二度目の入れ替わりが可能になったというのは、少々御都合主義の感もあります。特に江川蘭子が“薄らと化粧をしていた”(260頁)というのはいささかやりすぎかとも思えますが、致し方ないところではあるかもしれません。ただ、江川蘭子が男性であることを示す伏線はありますし、入れ替わりのためだけではないという犯人の動機も納得できるところではあります。

 “江川蘭子”になりすまして窮地を逃れた犯人ですが、“古里毬子”の身体の特徴を証言することで、一守家の人々にその犯行が露見してしまうという大きな危険を冒しています。犯人としてはもちろん、“長寿郎”が女性であったことを一守家の人々が暴露するはずがないと踏んだのでしょうが、実際には斧高という“隠し球”が控えている以上、一守家の人々が嘘をつき通して犯人をかばうメリットはあまりないのではないでしょうか。もっとも、指紋の照合が持ち出された時点では完全に時機を逸しており、そのまま口をつぐむしかなかったともいえるのですが。

 本編の終盤に展開される“首の無い屍体の分類”は、その内容自体が十分に興味深いものではあるのですが、それが他ならぬ犯人自身によるものであり、首切りの理由に関する強力なミスディレクションとなっているところが非常に巧妙です。

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 “刀城言耶”による事件の解決は、“長寿郎”と“妃女子”の性別の入れ替えという事実を引き金にしてほぼすべての謎を解明する鮮やかなものです。しかし、入れ替わりトリックをもとに犯人を特定するところまでいっておきながら、それをあっさりとひっくり返してしまう豪快さには脱帽。しかも、斧高が犯人ではあり得ないという反論に対する、“でも、これは小説じゃありませんか(425頁)という一言の破壊力が強烈です。そしてそれが単なる“ぶん投げ”ではなく、目の前にいる真犯人に対するになっているところは、実に周到な企みといわざるを得ません。

 最終的な真相、ひいては誰が最後に原稿を書いたのかを踏まえてみると、刀城言耶による「編者の記」の中の“本稿が立派に一冊の書籍として成立した手柄(中略)その一部は作中の江川蘭子氏にも与えられる”という暗示的な記述が、何とも心憎いものに感じられます。

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 本書の結末は何ともものすごいことになっていますが、その意味を考えるに当たっては刀城言耶による「編者の記」をよく吟味する必要があるのではないでしょうか。

 「編者の記」には、“『迷宮草子』に発表された『媛首山の惨劇』の原稿を基に、その後に加筆された遺稿などを編者が整理し、再構成したものである”と記されていますが、この“その後に加筆された遺稿”とはおそらく「第二十四章 刀城言耶氏による推理」から「終わりに」までの部分だと考えていいでしょう。

 そして遺稿を読めば、斧高が“江川蘭子”殺害の有力な容疑者であり、また“幾守寿多郎”が斧高の筆名である可能性が高いことがわかるはずです。したがって、本書が(刀城言耶の手によって)刊行された時点ではすでに“江川蘭子”殺しも解決済みであり*2、その顛末を暗示するために新聞記事と雑誌の目次が添えられたと考えることができるのではないかと思います。

 ただ、本当に斧高が犯人だとすれば、自分に不利な内容が書かれた原稿をそのままにしておくとは思えないので、何ともいえないところではあるのですが……。

(2010.06.02追記)
 なお、「『首無の如き祟るもの』(三津田信三/講談社文庫) - 三軒茶屋 別館」の“既読者限定”部分において、本書の結末についての興味深い考察がなされていますので、ぜひそちらもお読み下さい。

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(2010.05.14改稿)*3
 本書の「終わりに」で“刀城言耶”は、「第二十三章」執筆時期(一月)と、そこに記されている裏庭を耕した目的との矛盾をもとに、“媛之森妙元”が別人であると結論づけています。「第二十三章」が執筆されている途中で“媛之森妙元”を訪ねてきた“刀城言耶”自身にとっては、当然ながら執筆時期は明らかであるわけで、「はじめに」の執筆時期からそれが推理可能だとわざわざ説明しているのは、読者に対してフェアに手がかりが配置されていることを明示する、いわば“メタ解決”といえます。
 しかしながら、原書房単行本では一部の記述に不備があり、“刀城言耶”のせっかくの推理も誤った状態となっていました。
 2010年5月に刊行された講談社文庫版では、それらの不備が(気づいた限りでは)以下の表に示すように修正され、“刀城言耶”の推理も筋が通るものになっています。

 単行本文庫版
はじめにとある昭和の年の神無月に (18頁)とある昭和の年の霜月に (27頁)
第二十三章早く何かの種を蒔いてしまおうと思ったのですが…… (369頁)薩摩芋の苗でも買ってきて植えてしまおうと思ったのですが…… (501頁)
第二十四章『迷宮草子』の次号――「幕間(三)」と「第二十三章 読者投稿による推理」が載る号のことです (383頁〜384頁)『迷宮草子』の次号――「第二十三章 読者投稿による推理」が載る号です (520頁)
終わりに(前略)そろそろ種を――」
「蒔くためにですか。あの原稿を執筆されたのが、真冬の一月だというのに?」 (432頁)
(前略)薩摩芋の苗でも買ってきて――」
「植えるためにですか。あの原稿を執筆されたのが二月か三月で、薩摩芋の苗は五月から七月に植えるものだというのに?」 (586頁)
仮に『幕間(三)』と『第二十三章 読者投稿による推理』の掲載された『迷宮草子』が手元になくても、あの原稿が書かれたのは一月だと分かりますよ。『はじめに』の執筆が十一月で(後略) (432頁〜433頁)仮に『第二十三章 読者投稿による推理』の掲載された『迷宮草子』が手元になくても、あの原稿が書かれたのは二月か三月だと分かりますよ。『はじめに』の執筆が十一月で(後略) (586頁)
備考 まず、「はじめに」の執筆時期に関して、「はじめに」「終わりに」の記述に齟齬があります。
 また、「はじめに」“神無月”(十月)ではなく“十一月”に書かれたとした場合、そこからスケジュールを計算していくと「幕間(三)」は翌々年の一月に書かれたことになりますが、読者の推理を募った上で“次の号は連載をお休み致します”(366頁)としている「幕間(三)」と、“読者の皆様には沢山のお便りを頂載し、誠にありがとうございました。”(366頁)で始まる「第二十三章」とが同じ号に掲載されるはずはないので、「第二十三章」“一月”に書かれたというのは誤りといわざるを得ないでしょう。

 「はじめに」“霜月”(十一月)に書かれたことから、「幕間(三)」の執筆時期は翌々年の一月。そして“次の号は連載をお休み致します”(497頁)とあることから、「第二十三章」は三月までに書く必要があるわけで、薩摩芋の苗を植えるには早すぎる時期となります。


*1: この点に関して、“讀者に「仕掛け」の存在を気づかせずに「仕込み」を行う手法が”ある作品((以下伏せ字)大山誠一郎『仮面幻双曲』(ここまで)“に似ている”という、taipeimonochromeさん(「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音楽」)のご指摘(「首無の如き祟るもの / 三津田真三」の追記部分)に脱帽です。と同時に、(以下伏せ字)奇しくも両者を続けざまに読みながら(ここまで)まったく気づかなかった自分の不明を恥じるべきかもしれません。
*2: 巻末に付された雑誌の目次で“幾守寿多郎”が新人賞を受賞したと発表されているのですから、その所在を突き止めることも可能なはずです。
*3: 改稿前の内容は、以下の通りです。

 なお、「終わりに」で“刀城言耶”は、「はじめに」に記された執筆時期と掲載時期の関係を手がかりに、(「幕間(三)」とともに)「第二十三章 読者投稿による推理」一月に執筆されたと“推理”し、その中の“早く何かの種を蒔いてしまおう”(369頁)という記述が偽りだと結論づけています。しかしながら、作中では確かに「幕間(三)」「第二十三章 読者投稿による推理」が同じ号に掲載されたことになっている――例えば“『迷宮草子』の次号――「幕間(三)」と「第二十三章 読者投稿による推理」が載る号のことです”(383頁〜384頁)――のですが、事件に関する読者の推理を募っている「幕間(三)」と、“読者の皆様には沢山のお便りを頂載し、誠にありがとうございました。”(366頁)という書き出しで始まる「第二十三章 読者投稿による推理」とが同じ号に掲載されるというのは著しく不自然で、原稿の内容だけみれば問題の箇所が「幕間(三)」と同じく一月に執筆されたとは考えられません。

 さらによく読んでみると、「はじめに」には“とある昭和の年の神無月に”(18頁)、すなわち十月に執筆されたと記されているにもかかわらず、“刀城言耶”は“『はじめに』の執筆が十一月”(433頁)という前提に立っており、計算が合わなくなってしまいます。

 せっかく読者に対するフェアプレイを指向していながら、このあたりの齟齬が非常にもったいないところで、重版などの際に何とか訂正できないものかと思います。


2007.04.28読了

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