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紅城奇譚/鳥飼否宇

2017年発表 (講談社)
「妻妾の策略」
 まず牛山武兵衛の推理は、鷹生龍政との約束と凶器の薙刀を根拠に〈お月が二人を殺した〉とするもので、“そのまんま”なところが武兵衛らしいというべきでしょうか。それに対して利賀野玄水は、月見櫓に犯人がいなかったことを根拠として〈お雪がお鶴を殺して自害した〉と推理していますが、お雪の懐妊が推理の障害となるはずのところを“お鶴によって流産させられた”と仮定をおくことで、“反転”させて動機につなげてあるのがなかなか巧妙です。

 弓削月之丞による謎解きの手順とは逆になりますが、真相についてはまずお雪の墜死が――手段だけでなく犯人像まで含めて類似の前例*1もあるので――わかりやすいところで、〈お鶴がお雪を殺した〉〈お鶴が他殺に見せかけて自害した〉こと、そしてお雪殺しの動機までは見当がつくのではないでしょうか。自殺のトリックには気になるところもあります*2が、井戸と馬を利用した即席のギロチンで自ら首を切ったという真相は、やはり強烈な印象を残します。

 自殺を他殺に見せかけた理由は殺人の疑いを免れるためということで、いわゆる“バールストン先攻法”にも通じる狙いではありますが、本当に死んだ後であれば罪が露見しても問題ないのではないか、と考える向きもあるかもしれません。が、現代と違って警察も法もなく、少なくとも城内では龍政がすべてを支配するのが問題で、熊千代や鳰姫に累が及ぶことはないとしても、次の「暴君の毒死」の冒頭で語られているお鶴の遺体の扱いはたやすく想定できますし、現代人の感覚でも避けたいところでしょう。ということで、戦国時代ならではのホワイダニットといえるのではないでしょうか。

「暴君の毒死」
 まず、龍政に疑いを向けられたお菜々が本当に附子を酒に混入していたことが、色々な意味で非常に効果的です。自白して龍政に成敗されたことが物語を動かす“因”となるのもさることながら、青い甕を開封したことが真相の隠蔽に貢献している*3のが見逃せないところです。また、混入された附子が少量だったというのも絶妙で、お菜々が犯人でないことを示す根拠になるとともに、玄水が述べているように、一見すると“この甕から酒が汲まれたあと、何者かが徳利に附子を注ぎ足した(85頁)ような、何とも不可解な状況を生み出しているのが面白いところです。

 しかしその後の玄水の推理が、自ら口にしたこの不可解さを完全に無視してしまっているのは少々いただけないところです。お菜々が鳰姫より後に厨に来たことから、“甕の封を開けたのが誰か”(111頁)が一つの謎となっているのは確かです*4が、そもそも甕の酒では致死量に足りないのですから、“甕の封を開けたこと”だけでは毒殺の真相まで届かないのは明らかなはずです。

 しかして、“青い甕”と“赤い壺”を鳰姫が取り違えていたという真相は非常に秀逸。その可能性を多少疑いはした*5ものの、“甕”と“壺”はまだしも*6、“赤”と“青”を間違えるとは考えられない*7ので捨ててしまったのですが、鳰姫が“赤”と“青”を逆に認識していたというのはやはりインパクトがあります。赤い顔料で夕方の空を描いている最中に別のも描きたいから赤の顔料を持ってくるよう”(103頁)命じたという、誤植かと見まがう(苦笑)手がかりが効果的です*8し、厨では青い甕だけが見える場所(108頁/105頁)にいた鳰姫が、お菜々が赤い壺をのぞいていました”(82頁)と証言している矛盾も、よく考えられていると思います。

 鳰姫その人をトリックに仕立てただけでも凄まじいものがありますが、真相が露見した後に“龍政が鳰姫にどのような言葉をかけるか”まで読みきって、“鳰は悪くない”(123頁)という言葉を引き金として自害するよう教え込んだ、お鶴による“操り”は何とも凄絶。“龍政と龍貞のどちらが(あるいは両方)死んでもかまわなかった”というのはむしろ当然とさえいえますが、事件の結果として残された熊千代の出自に関する疑惑が生じているあたりは、まさに“呪い”というよりほかないでしょう。

「一族の非業」
 因果応報を念頭に置けば、熊千代を殺したのは他ならぬ龍政自身だと予想できますし、龍久を殺したのも彦太夫ではなく熊千代だった方が、龍政の痛手がより大きくなるのは明らかです。ただし、想定できる“犯行”の機会――熊千代は弓比べ*9、そして龍政は“人狩り”の最中――には、どちらも凶器とは異なる鷹の矢羽の矢だけを使っていたことがネックとなります。

 そうすると、凶器となった(ように見える)白鳥の矢が謎解きの鍵となるわけですが、犬の太郎が白鳥の矢で死んでいるのが見つかる一方、弓比べで急に彦太夫の弓の腕が鈍ったことから〈熊千代が矢羽に細工した〉*10という推理が導き出され、さらに龍久が惚けていたこともあわせて、事前に白鳥の矢を手にした〈熊千代が龍久を殺した〉と結論づけられる*11、アクロバティックな謎解きが実に見事です。

 「暴君の毒死」の謎解きではまだ、“龍政に対してもあえて容赦なく残酷な真実を指摘する”程度に受け取ることもできた月之丞ですが、この事件では、“真相”そのものが龍政にとって残酷というだけでなく、月之丞が謎解きを通じて龍政の思考を誘導することでその効果が絶大なものとなっているのが見逃せないところ。かくして秘められていた悪意があらわになり、本書の結末が露骨に示唆されているといえます。

「天守の密室」
 〈月之丞が龍政を殺した〉ことはもはや明らかで、当然ながら月之丞自身が事件の謎解きをする理由はまったくない――探偵役不在の状況で、これまでワトソン役をつとめてきたお花が探偵役に転じるのは、〈探偵=犯人〉の場合にはある程度定番とはいえ、なかなか面白いところです。もっとも、すべての謎を解くには至らないのですが、この豪快すぎるトリックであれば当然というべきかもしれません。

 ということで、〈櫓が回り、天守が動く凄まじいトリックは圧巻。仕組みを具体的に考えると色々気になるところもあります*12が、その辺がどうでもよくなるほど壮大なトリックには圧倒されます。しかも、トリックのための仕掛けではなく、あくまでも戦のために用意された仕掛けなのが戦国時代ならではといえますし、月之丞による種明かし――トリックの実演が実戦を兼ねているところは、およそ例を見ない演出といっていいのではないでしょうか。また、巻頭の見取図――特に断面図で表された地形の傾斜が、伏線となっているのもうまいところです。

 最後に明かされる月之丞の正体についてはさしたる驚きはなく、前述の龍政への悪意に加えて、城の仕掛けを知っていることで十分に示唆されているといっていいでしょう。

「急」
 “最後の真相”、すなわち月之丞がすべての黒幕だったという構図は、すでに確定事項だったといっても過言ではないでしょう。とはいえ、「妻妾の策略」「暴君の毒死」については事件の真相が変容するわけではないのですが、「妻妾の策略」では前述のようなお鶴の意図を知りながらあえて真相を暴いたとすれば――お鶴の遺体の悲惨な扱いと引き換えに、“探偵”としての信用を得るとともに“呪い”を前面に押し出したとすれば、何とも空恐ろしいものがあります。

 そして「一族の非業」では、お鶴の意図を超えて“呪い”を進めるために、彦太夫の矢に細工を施すとともに自ら龍久を殺害*13しておいて、探偵役として都合のいい“真相”を組み立てたという真相が壮絶です。さらにもう一つ、作中で語られてはいませんが、白鳥の矢をくすねたのが熊千代ではなく月之丞だとすれば、熊千代が自身に白鳥の矢を突き刺すことはできないはず――したがって、〈月之丞が熊千代も殺したということになるのではないでしょうか。

*1: すぐに思い出したのは、国内作家の長編((作家名)泡坂妻夫(ここまで)(作品名)『死者の輪舞』(ここまで))ですが、他にもありそうです。
*2: “短い紐で薙刀を釣瓶の持ち手に結びつけた”(64頁)部分について、その後には特に説明されていませんが、首を切断するためにはしっかり結びつけておかなければならないはずで、薙刀が折れた衝撃などで勝手に外れるとは考えにくいものがあります。
*3: 青い甕の封が開いていなければ、即座に鳰姫がどこから“酒”を汲んだのかが問題となり、真相が露見するのはいうまでもないでしょう。
*4: 封を切ったお菜々が、それを明かす前に成敗されてしまったことが効いています。
*5: お菊が運んできた青い甕には“すっぱりと刃物で切断されている”とはいえ“荒縄の封”(いずれも83頁)あったわけですから、封はありませんでした”(80頁)という鳰姫の証言にはかなり違和感を覚えました(謎解きの場面で月之丞は、なぜか“鳰姫ははじめからずっと甕の封が切られていたとおっしゃっていました”(122頁)としていますが……)。
*6: “甕”と“壺”については、一応は“「頸部の径が口径あるいは腹径の2/3以上のものを甕(かめ)と呼び、2/3未満のものを壺とする」という定義”「甕 - Wikipedia」があるようですが、あまりはっきり区別できるものではないでしょう。
*7: いわゆる“色覚トリック”が頭に浮かび、一瞬不安を覚えましたが……(苦笑)。
*8: “別の空”“別の(赤い空の)絵”と解釈すれば、素直に受け取ることもできなくはないでしょう。もっとも、お花が命じられたとおりに赤の顔料を持ってきた場合には、そこで鳰姫の思い違いが露見してしまうはずで、ちょうどよく“在庫切れ”だったということでしょうか。
*9: 熊千代も弓比べで四本目の矢を外しています……が、“放った矢は(中略)背後の幕に刺さってしまった”という記述をみると、彦太夫の外した矢が“うしろの幕を突き破って消えてしまった”(いずれも149頁)のと違って、そもそも龍久の命を奪うほどの勢いはなかった、とも考えられます。
*10: 前日の熊千代に対する弓の指南という形で、自然に矢羽の仕組みを説明してあるのが周到です。
*11: 矢羽の状態が(読者に)示されるのは謎解きの後ですが、太郎は弓比べの直前まで生きていた(148頁)ので、熊千代に“犯行”の機会はなく、弓比べの最中に彦太夫が放った矢が当たったと考えるのが妥当です。
*12: 例えば、“石垣のしたにはいくつも丸太が敷かれて”(238頁)いるだけでは不十分で、土台が枠状になってその内側に丸太が収められていなければならなかったり、“天守が動くのはここまで”(240頁)とするには水車を止めるか“クラッチを切って”空転させる必要があったり、“ゆっくり天守を元へ”(242頁)戻すためには水車を逆転させなければならなかったり、天守を滑落させるために“鎖を外し”(242頁)てやるのは巻取軸(月見櫓の大黒柱)側ではなく天守の側でなければならなかったり……といったあたりは若干気になりますが、そんな突っ込みは無力でしょう。
*13: ただし、月之丞の説明では龍久を殺害したのは弓比べの前夜のようですから、発見された際にはすでに死体が冷えていたはずで、“彦太夫の矢が龍久に当たった”(龍久が直前まで生きていた)と見せかけることはできないように思います。

2017.07.22読了