ミステリ&SF感想vol.230

2019.12.02
『禁じられたジュリエット』 『宇宙探偵マグナス・リドルフ』 『名探偵は嘘をつかない』 『因業探偵』 『紅城奇譚』



禁じられたジュリエット   古野まほろ
 2017年発表 (講談社)ネタバレ感想

[紹介]
 もう一つの歴史を刻む戦時下の日本。全寮制の明教館女子高等学校で、現政権下では退廃文学として禁書になっているミステリ小説に触れてしまった六人の生徒は、“囚人”として反省室に収監され、同級生の二人を“看守”として更正プログラムが実施されることになった。八人の生徒たちは、プログラムを早く切り上げるために協力するはずだったが、いつしか“囚人”に対する“看守”の仕打ちはエスカレートしていき、もともとは友人同士だった生徒たちの対立が深刻化する中、ついに犠牲者が発生してしまった……。

[感想]
 本書は“新本格30周年記念作品”と銘打たれた非シリーズの長編で、北山猛邦『少年検閲官』を髣髴とさせる、ミステリが禁じられたパラレルワールド風の日本が舞台となっています*1。もっとも、パラレルワールドはあくまでも設定であって、“外部”の世界は直接描かれることなく、全寮制の高校を“閉ざされた舞台”として限られた登場人物*2で進んでいく物語は、本格ミステリをめぐる“密室劇”の様相を呈しています。

 ます。“人物紹介”的な「第1部」を経て、禁断のミステリに触れた生徒たちは“思想犯”として更正プログラムを受けることになります。かの“スタンフォード監獄実験”*3さながらにエスカレートしていく苛烈な更正プログラムの顛末は、読んでいてかなりつらい部分もありますが、その中で突きつけられる、軍事政権下で“ミステリがなぜ禁じられているのか”という問いが、やがて“本格ミステリの意義”――本格ミステリが体現する(と作者が考える)“もの”を浮かび上がらせていくのが、前半の大きな見どころでしょう。

 とどまるところを知らないかと思われた更正プログラムに、中盤で思わぬ転機が訪れたことをきっかけとして、さらに加速していく物語はついに“破局”を迎え、殺人事件が発生したところで一区切りとなります。そこからは一転、物語は読者の期待どおりに本格ミステリへと変貌を遂げるわけですが、一つの答が出された“本格ミステリの意義”を――答を出して終わりではなくそのまま“実践”していくような物語の構成は、非常によく考えられていると思います。

 そして、“実践”の内容――ある意味で“過剰”な謎解きが圧巻。純粋にフーダニットだけを考えれば確かに“過剰”ともいえるのですが、事件発生から直ちに謎解きに入らざるを得ない状況ゆえに、“事件がどのように起きたのか”を解明しながら同時に犯人特定の条件を見出していくことで、全体が不可欠な手順となっているのが巧妙です。そしてその“過剰さ”の源である謎解きのユニークな形式が、本書の設定と強く結びついているところも見逃すべきではないでしょう。

 事件が解決された後、名作へのオマージュを組み込んだ結末から「終幕」へと至る流れもお見事。“本格ミステリの不在”という設定を通じて“本格ミステリとは何か”というテーマをしっかりと描き出した、“新本格30周年記念”と銘打つにふさわしい力作にして傑作といっていいのではないでしょうか。

*1: 『禁じられたジュリエット』古野まほろ|講談社ノベルス|講談社BOOK倶楽部』によれば、“本格ミステリの意味をとらえるためには。/本格ミステリのない世界を考えればいい。”という発想で書かれたようです。
*2: 八人の生徒たちに加えて、教師が二人登場するのみです。
*3: 「スタンフォード監獄実験 - Wikipedia」を参照。

2017.06.05読了  [古野まほろ]



宇宙探偵マグナス・リドルフ Magnus Ridolph  ジャック・ヴァンス
 2016年刊 (浅倉久志・酒井昭伸訳 国書刊行会 ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

[紹介と感想]
 SF作家ジャック・ヴァンスの作品を日本独自にまとめた叢書〈ジャック・ヴァンス・トレジャリー〉の第一弾*1で、宇宙探偵マグナス・リドルフが活躍する短編がすべて収録されています*2
 外見は温厚そうな白髪白鬚の老紳士であるリドルフは、巻末の「訳者あとがき」にもあるように、“探偵”というよりも頭脳を駆使した“トラブルシューター”の趣が強く、問題解決(と自身の利益)のためには手段を選ばない人物で、時には依頼人相手であろうが痛烈な“しっぺ返し”を食らわせるのが痛快です。
 ミステリの著作もある*3作者だけに(SF)ミステリ色の強い作品もいくつかあるものの、基本的にはコンゲーム風の展開が楽しい作品集です。また、生態や文化まで含めた魅力的な異世界がそれぞれに構築されているのも、作者の持ち味として注目すべきところでしょう。
 個人的ベストは、「ココドの戦士」「とどめの一撃」「暗黒神降臨」あたり。

「ココドの戦士」 The Kokod Warriors
 どこかハチに似た姿の小柄な、しかし勇猛な先住民の戦士たちが定期的に合戦を繰り広げる惑星ココドでは、人間のホテル経営者が観光客を集めて合戦をめぐる賭博を開催していた。それをやめさせて経営者を懲らしめるという依頼は、経営者に対して個人的な遺恨のあるマグナス・リドルフにとっても渡りに船だったが……。
 まず、ココドの戦士たちの口からもその一端が語られる、高度に様式化された合戦の手順が大きな魅力。その合戦を賭博に仕立てたホテル経営者や賭博に参加する観光客の姿がある意味対照的な印象を与える中で、リドルフがどのように介入するかが見どころとなりますが、その行き着く先はとんでもない事態に。巻頭に置かれているのも納得の、シリーズを代表する一篇です。

「禁断のマッキンチ」 The Unspeakable McInch
 “マッキンチ”と呼ばれる横領犯で知性体{ひと}殺しの正体を探す依頼を受けたマグナス・リドルフは、様々な種属の容疑者たち――巨大なエイに似た清掃局長、アリ形種属の流通局長、人間の消防局長、両生類種属の警察局長、ムカデ種属の郵便局長、そして黄色いダチョウのような市長から、それぞれ話を聞いていくが……。
 奇怪な生物たちが集まって暮らす都市を舞台に、異形の容疑者たちが揃った犯人探し。読者が推理できるほど十分に手がかりが示されているとはいえないものの、最後のリドルフの謎解きにはしっかりと説得力があります……が、それ以上に、犯人が指摘された直後の大騒動が強烈な印象を残します。

「蛩鬼{キョウキ}乱舞」 The Howling Bounders
 高価な超弾性繊維〈レジリアン〉を生み出す作物が育つ、広大な農地を格安で買ったマグナス・リドルフだったが、現地の奇怪な生物・蛩鬼{キョウキ}に収穫間近の作物を食い荒らされてしまう。駆除や捕獲が不可能だという蛩鬼の被害を止めることはできず、一杯食わされたと気づいたリドルフは、何とか逆襲に打って出ようと……。
 いきなり詐欺に引っかかったリドルフの逆襲譚を軸としつつ、正体不明の怪物の登場でホラー風味も漂います。しかして、いよいよ怪物との対決という段になっての“怒濤の反復作業”の勢いたるや、さすがに苦笑を禁じ得ません(そうそううまくいくのかどうか気になるところではありますが……)。現地でのリドルフの使用人、類人種チュークも最後までいい味を出しています。

「盗人の王」 The King of Thieves
 商取引の都合で急遽必要になったテレックス鉱脈の採掘権を手に入れるために、惑星モリタバの盗人の村を訪れたマグナス・リドルフは、到着早々に様々な物品を盗まれながらも、現地を統治する〈盗人の王〉を相手に交渉を試みる。だが、憎き競争相手が一足先に盗人の王と合意にこぎ着けてしまい、窮地に追い込まれて……。
 “嘘つき村”ならぬ“盗人村”という設定が秀逸で、次々と私物が消えていく序盤から笑えます。商売敵に先を越されかけたリドルフの起死回生の一手は、大筋では見当がつくと思いますが、その具体的な手段は――そこにつながる伏線も込みで――面白いものになっています。

「馨しき保養地{スパ}」 The Spa of the Stars
 近辺に巨大なドラゴンなどの怪物たちが跋扈し、開店休業状態となった〈星間の保養地{スパ}〉。経営者のラッキーがマグナス・リドルフに解決を依頼する一方、自力で事態を打開しようとする共同経営者のジョーは、エビに似た先住民〈モリー〉が怪物たちに襲われないことに目をつけ、その途方もない悪臭が原因だと考えて……。
 これはとにかく愉快な作品。他の大半の作品と違って、リドルフではなくスパの経営者ジョーに視点を据えてあるのが効果的で、次々に怪物が出現する災難に悩まされるところから、解決に来たリドルフ(の主に外見)に失望して自力での解決を図り、恐るべきやり口で(一応伏せ字)効果を確認(ここまで)するに至る、一連の心理がよく描かれています。リドルフの容赦のなさがこれでもかというほど伝わる結末もお見事。

「とどめの一撃{クー・ド・グラース}」 Coup de Grace
 宇宙空間に浮かぶ気密ドーム〈ハブ〉には、様々な惑星から人々が集まっていた。滞在客の一人、三人の石器人を引き連れた高名な人類学者が殺害される事件が発生し、〈ハブ〉の所有者はマグナス・リドルフに解決を依頼する。被害者と同じ宇宙船でやってきた人々が容疑者だと考えたリドルフは、聞き取り調査を開始するが……。
 アイザック・アシモフ他・編『SF九つの犯罪』にも収録された作品。そちらでは〈フーダニット〉*4として紹介されていますし、実際に犯人探しではあるのですが、本質はホワイダニットに近いところがあるように思います。すなわち、最後に残った犯人が“なぜ殺人を犯したのか”もさることながら、他の容疑者たちがそれぞれ“なぜ犯人ではないのか”が見どころで、文化的背景に基づく消去法がユニークです。

「ユダのサーディン」 The Sub-standard Sardines
 地球から移植されたサーディン*5をもとに惑星チャンダリアで製造される高級オイルサーディンの缶詰に、異物が混入するなど奇妙な細工が施される事件が相次いでいるという。解決を依頼されたマグナス・リドルフは、作業員としてチャンダリアの缶詰工場に潜入するが、一見何の変哲もない工場の裏では思わぬ事態が……。
 オイルサーディンの缶詰から、何とも奇想天外な話が出来上がっているのがすごいところ。“何が起きているのか”は読み進むにつれておおよそわかるように書かれているので、潜入したリドルフによって“事態がどのような決着を迎えるのか”が肝になってくるわけですが、「それでいいのか……?」と突っ込まざるを得ない結末は忘れられません。インパクトのある邦題も絶妙です。

「暗黒神降臨」 To B or Not to C or to D
 岩ばかりで空気すらない惑星ジェクスジェカ。嫌気生物タルリアンを作業員として鉱脈の採掘が開始され、四つあるオアシスA・B・C・Dのそれぞれに、タルリアンのために果樹園が作られた。だが、オアシスCとDではなぜか、定期的に作業員たちが全員跡形もなく消失してしまうというのだ。解決の依頼を受けたマグナス・リドルフは……。
 ラリイ・ニーヴン「太陽系辺境空域」『太陽系辺境空域』収録)にも通じる、奇怪な消失事件を扱ったSFミステリ。依頼の段階で早々に依頼人を痛い目に遭わせる*6リドルフはさすがです(苦笑)が、そのせいで依頼人に冷遇されることになった挙げ句に、ミステリとしてはやや異色の展開をみせる*7のが目を引きます。消失事件の真相がよくできているのはもちろんですが、その後に用意されている凄まじい破壊力の結末が圧巻です。

「呪われた鉱脈」 Hard Luck Diggings
 とある惑星の鉱山。二つある採鉱地のうち採鉱地Bで、作業員たちが次々と絞殺される事件が続いていた。厳重に警備された密室状態の現場でさえ、やすやすと殺人は繰り返される。事件解決の依頼を受けたマグナス・リドルフは、到着して詳しい話を聞くやいなや、これまで事件のなかった採鉱地Aでも殺人が起こると宣言して……。
 記念すべきシリーズ第一作。同じような採鉱地のうち一部でのみ怪事件が起こり、“間違い探し”が解明のヒントになる――というプロットは、「暗黒神降臨」の原型といってもよさそうなほど似ています*8が、中心となるアイデアはまったくの別物です。さすがに「暗黒神降臨」に比べるとかなりおとなしい内容ですが、真相はまずまずよくできていますし、リドルフが“酬い”を受ける結末も印象的。

「数学を少々」 Sanatoris Short-cut
 歓楽惑星ファンの大型カジノを訪れたマグナス・リドルフは、得意の数学を利用してギャンブルで莫大な金を稼ぎ、カジノ経営者に命を狙われる羽目に。その経営者には、宇宙船を襲撃して貨物を強奪した容疑がかかっていたが、強固なアリバイを主張する。リドルフはカジノで儲けた全額をかけて、アリバイ崩しに挑むことに……。
 数学者という初期の設定*9がうまく生かされた作品ですが、木に竹を接いだように前半と後半でがらりと趣が変わるのが評価の難しいところです。前半は、架空のギャンブル〈ロランゴ〉のカラフルなイメージが鮮やか。一方、後半のアリバイ崩しにはかなり釈然としないものがありますが、まあそこはそれ。

*1: 本書に続いて、『天界の眼――切れ者キューゲルの冒険』『スペース・オペラ』が刊行されています。
*2: この種の作品集には珍しく(?)、収録作が発表順に配列されてはいませんが、読んでみるとやはりこの順序がベストではないでしょうか。
*3: ジョン・H・ヴァンス名義の『檻の中の人間』(ハヤカワ・ミステリ)でMWA最優秀処女長編賞を受賞したほか、エラリイ・クイーン名義の作品(未訳)もあるようです。
*4: 正確には“フーダニット”という表記になっていますが。
*5: 作中には“学名をルディナ・ピルチャルドゥスといい”(268頁)とありますが、これはおそらくルディナ・ピルチャルドゥス”Sardina pilchardus)の誤りだと思われます(→「European_pilchard - Wikipedia」)。
*6: 323頁の表の下から二番目の項目をみると、リドルフはよりによって(以下伏せ字)蛩鬼まで飼育していた(ここまで)ということに……。
*7: 話の流れから、リドルフは依頼人に(以下伏せ字)消失を期待される(ここまで)ことになり、その結果として(以下伏せ字)推理ではなく体験によって真相を“解明”(ここまで)する――というのが異色です(そのせいもあってか、(以下伏せ字)“空気がない”という手がかりに言及されない(ここまで)のが少々もったいなく感じられるところですが)。
*8: 「訳者あとがき」によれば、発表順で最初の二作品である「呪われた鉱脈」「数学を少々」は、作者自身が“二作品とも意にそわない出来で、三十五年間、なかったことにしていた”(420頁)とのことなので、「暗黒神降臨」でプロットを再利用したのも理解できるところです。
*9: この作品までは、“情報庁の非公式コンサルタントをつとめる数学者”とされています。

2017.06.23読了  [ジャック・ヴァンス]



名探偵は嘘をつかない  阿津川辰海
 2017年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介]
 警察の下部組織である探偵機関に所属し、国家資格の探偵士として知能犯罪の捜査を担当する探偵たち。その中にあって、有能ながらも傲岸不遜にして冷酷非情な性格で知られる名探偵・阿久津透に、証拠を捏造して自らの犯罪を隠蔽したという重大な疑惑が持ち上がり、本邦初の探偵弾劾裁判が開かれることになった。十年にわたり阿久津の助手をつとめてきた火村つかさは、阿久津が事件解決のために、つかさの兄・明が殺されるのを看過したことに気づき、阿久津のもとを離れて弾劾裁判の証人となる。その姿を、死して転生を遂げた明が法廷で密かに見守っていた……。
 かくして始まった弾劾裁判の中心となるのは、十五年前に起きた密室状況でのバラバラ殺人――中学生時代の阿久津が自身の容疑を晴らしてみせた事件だったが、そこに隠されていた真実とは……?

[感想]
 石持浅海や東川篤哉らを輩出した“KAPPA-ONE”がリニューアルされて新たに始まった、光文社の新人発掘プロジェクト“KAPPA-TWO”の第一弾*1。応募当時は弱冠二十歳だった作者が、選考委員のアドバイスも受けながら二年以上かけてじっくり改稿したという本書は、“デビュー作には作家のすべてが詰まっている”という言葉を体現するように作者が好きなもの*2を思うさま詰め込みながらも、(やや詰め込みすぎの感もあるとはいえ)破綻させることなくしっかりとまとめてみせた、新人らしい熱量と新人らしからぬ構成力が同居した作品です。

 物語の前提である、国家資格としての探偵というパラレルワールド風の設定は、さほど目新しいものではありません*3が、本書ではそこに探偵弾劾裁判という制度を組み込んで、名探偵・阿久津透が“探偵役”ではなく告発される“敵役”に据えられているのが目を引きます。架空の裁判でありながらディテールまでしっかりと構築され、特殊な法廷ミステリとして魅力的なものになっているのもさることながら、“敵役”たる名探偵に対して探偵ではない人々が挑む、“名探偵vs探偵未満の集団”による対決の構図が面白いと思います。

 裁判が始まるまでの物語前半では、その探偵に挑む人々を中心に、関係者たちが裁判に臨む経緯が描かれていきます。その中にあって、阿久津の元助手・火村つかさが兄とその恋人を失った〈FOB連続見立て殺人事件〉*4と、阿久津を追い続けてきた刑事・黒崎謙吾が担当した〈相島早苗殺害事件〉――裁判で扱われる二つの事件の顛末が詳しく語られることで、事件の謎解きを通じて阿久津の名探偵ぶりが読者に印象づけられると同時に、(特に後者の事件について)“読者向けの公判前整理手続”のような役割を果たしているのがうまいところです。

 一方、“神様”の力による転生という特殊設定が導入されているのも本書の特徴で、〈FOB連続見立て殺人事件〉で命を落とした火村明が“神様”の力を借りて別人に転生し、探偵弾劾裁判に出廷することになります。いきなり“幽霊”と“神様”の物語に転じることに戸惑う向きもあるかもしれませんが、転生の手順が意外に合理的に説明されているあたりや、(早い段階で明らかになるように)転生が裁判と無関係ではない――明が裁判関係者に転生したのは偶然ではない――ことなど、なかなか周到に組み立てられていると思います。

 さて、ついに始まる弾劾裁判の中心は、カーター・ディクスン『ユダの窓』さながらの状況で被告となった阿久津少年が、自らの推理で“外部犯X”の存在を導き出した15年前の〈相島早苗殺害事件〉ですが、その推理を突き崩して阿久津の“罪”を立証しようという、『ユダの窓』の“裏返し”ともいうべき裁判の趣旨には非常に興味深いものがあります。ここで、阿久津による偽装を想定する場合には、現場に残された証拠の真偽を峻別する困難な作業*5が必要になるわけですが、本書ではそれがユニークな“反則技”によって巧みに処理されているのが注目すべきところでしょう。

 裁判が進行するにつれて思わぬ事態が続発し、物語はまったく予断を許さない展開に突入していきますが、その中にあっても、真実を解き明かそうとする“探偵ならぬ人々”の意志と覚悟が、物語にしっかりと一本の芯を通しています。読者からすると見当をつけやすくなっている部分も多少はありますが、舞台が法廷であるからには、あくまでも証拠と推理に基づく解明が本書の眼目で、時間をかけて大幅に改稿されただけあってか、全体的によく考えられた隙のない内容に仕上がっています。そして、事件の真相とともに“名探偵”の真実が浮かび上がり、それを踏まえた判決が下される終幕は実に印象的。形は違いますが、城平京『名探偵に薔薇を』に匹敵する名探偵小説の傑作といっていいのではないでしょうか。

*1: “KAPPA-ONE”第一期出身の石持浅海と東川篤哉が選考委員をつとめ、(“KAPPA-ONE”と違って)本格ミステリ限定となっているようです。
*2: ゲーム〈逆転裁判シリーズ〉(→Wikipedia)へのオマージュ色が強いようですが、残念ながら未プレイなのでそちら方面はさっぱりわかりません。あしからず。
*3: おそらくは山口雅也〈キッド・ピストルズ・シリーズ〉を嚆矢として、清涼院流水〈JDCシリーズ〉を経た後、北山猛邦『猫柳十一弦の後悔』、古野まほろ『セーラー服と黙示録』、円居挽『シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎』など、近年になって増えてきている印象です。
*4: 『FOB』こと『ファンタジー・オブ・バース』という架空のRPGに見立てた連続殺人事件で、作者が所属していた東京大学の文芸サークル新月お茶の会の会誌「月猫通り2143号」に発表された「光の四戦士殺人事件」を下敷きにしたものです。
*5: 作中でも、“どの証拠が本物なのか。阿久津透は何をやったのか。まるで霧に包まれたようなものだ。(中略)クラウゼヴィッツの『戦場の霧』という言葉を思い出した。”(44頁)(→「戦場の霧 - Wikipedia」を参照)とされています。

2017.06.28読了  [阿津川辰海]



因業探偵 新藤礼都の事件簿  小林泰三
 2017年発表 (光文社文庫 こ37-5)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『密室・殺人』『大きな森の小さな密室』『モザイク事件帳』)などに登場する*1、“小林泰三ワールド”ではおなじみのキャラクター・新藤礼都を主役に据えた、異色の連作ミステリです。
 物語は、探偵事務所開設の資金作りに様々なアルバイト(?)に励む礼都が、その先々で奇妙な事件に遭遇する*2というもので、いわゆる“お仕事ミステリ”の一種といえなくもないかもしれませんが、そこは小林泰三のこと、抜群の頭脳と最悪の性格を併せ持つ新藤礼都を配することで、奇妙でブラックな作品集に仕上がっています。
 “探偵”としての礼都は、(少なくとも本書では)“真相を解き明かす”というよりは“真相を暴く”スタイルで、時に事件の真相よりもまず、“礼都が何をしようとしているのか”が読者に向けた謎となっているのが面白いところです。
 なお、すでに続編の『因業探偵 リターンズ』も発表されています。

「保育補助」
 認可外の保育施設で保育補助を行うアルバイトの求人に応募したわたしは、子供たちに愛情を注いでいる様子の園長と、子供好きではないにもかかわらず、必要最小限ながら的確な世話をする先輩アルバイトとともに、預かった赤ん坊たちの世話を始めたのだが……。
 赤ん坊たちをめぐる“わたし”と礼都のコントラストがまず目を引きます。そりが合わないながらも何とかうまく回り始めたかと思いきや、容赦なくすべてを破壊する礼都はさすがというべきでしょうか。ある伏線の扱いがなかなか面白いと思います。

「剪定」
 いつものように公園で弁当を食べていたわたしは、突然背後から突き出された枝切り鋏に驚き、弁当を地面に落としてしまった。剪定をしていた女性は、弁当を片付けるよう要求するが、わたしは相手の責任を主張する。そこへ、市の職員や自治会長が口を挟んできて……。
 “落ちた弁当を誰が片付けるか”という些末事(失礼)の押し付け合いに、市の職員と自治会長が参戦してきて不毛な論戦が繰り広げられますが、(人数が増えたこともあって)一歩引いた位置で礼都がめぐらす企みが見どころ。結末の“わたし”の独白がいい味を出しています。

「散歩代行」
 彼女は犬好きではないようだが、僕は彼女と彼女の臭いが大好きだ。今日も僕が餌を食べ終えると、散歩に連れ出してくれた。近所のおばさんや雌犬のメリーに挨拶していると、見覚えのある男がこちらを見ているのに気づいた。それは、僕が先日たまたま目撃した……。
 さも嫌そうに仕事をこなす礼都とのギャップが愉快な犬の散歩から、一転してスリリングな逃亡劇が始まり、どうやって危機を脱するのか目が離せないところですが、最後に明らかになる真相には思わず唖然。本書の中でもベストといっていいでしょう。

「家庭教師」
 茂子の家に、息子の豪と仲のいい友達・広重君の父親がただならぬ様子で訪ねてきた。広重君が誘拐されて、身代金十億円の要求があったというのだ。警察に通報するかどうかでもめている間に、広重君の家庭教師の女性がさらに訪れる。彼女が連れてきたのは……?
 誘拐事件ということで“どのように進んでいくのか”が見どころとなりますが、礼都が関わったせいでおかしなことに。コントのような中盤の“ある反転”には苦笑を禁じ得ませんし、終盤のシュールな一幕から収拾のつかない結末に至る流れも愉快です。

「パチプロ」
 自分でも惚れ惚れするほどイケメンの俺は、街でストーカーの女と出くわしてパチンコ店に逃げ込んだが、パチンコをしていた女性とぶつかって玉をこぼしてしまう。台無しになった今日の儲けを弁償するために――下心も抱えながら――女性を家に呼ぶことになったが……。
 マッチョなイケメンを自認するナルシストが、礼都と出会ったことをきっかけに転落していく物語。ユニークなトリックに支えられた強烈な真相もさることながら、破壊力十分の壮絶な結末が印象に残ります。

「後妻」
 これまで様々なアルバイトをこなしてきたわたしは、財産目当てで金持ちの年寄りの後妻におさまったが、案に相違して夫はなかなか死んでくれない。仕方なく夫を殺す方法を模索した末に、わたしは夫を病死させるべく、夫に不健康な生活を送らせるよう手を尽くすが……。
 最後は倒叙ミステリ風に夫殺しの計画を描いたエピソードで、ネタはかなり見え見えだと思いますが、それはおそらく作者も想定の範囲内。読者もネタをわかった上で、作者がどこまで“無茶”をするかを楽しむべき作品ではないでしょうか。

*1: 『密室・殺人』は(できれば)本書より先に読んでおいた方がいいと思います。
*2: 「プロローグ」で言及されている“立て続けに二件ほど身辺で殺人事件が起きた”(6頁)顛末は、「自らの伝言」「更新世の殺人」(いずれも『大きな森の小さな密室』収録)で描かれています。

2017.07.15読了  [小林泰三]



紅城奇譚  鳥飼否宇
 2017年発表 (講談社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 時は戦国。大友・龍造寺・島津の三氏が互いににらみ合っていた九州に、勇猛果敢かつ暴虐非道で“鬼”と恐れられた鷹生氏一族があった。現在の当主・鷹生龍政は、血のような赤で塗られた居城・紅城で、牛山武兵衛、利賀野玄水、弓削月之丞と三人の重臣を従え、正室・お鶴*1の他にお雪、お月、お花と三人もの側室を抱えて、わが世の春を謳歌していた。だが、やがて紅城では奇怪な事件が相次ぐようになり、城主・龍政を脅かしていく……。

 戦国時代、九州の城を舞台にした作者初の歴史ミステリで、「序」「破」「急」と題されたプロローグ・本篇・エピローグからなり、本篇の「破」は四つの物語で構成された連作短編風の構成となっています。紅城で相次ぐ怪事件に対して、城主・鷹生龍政の腹心の一人、眉目秀麗で頭脳明晰な弓削月之丞が探偵役をつとめ、龍政の第三側室でありながら月之丞に惹かれるお花をワトソン役に、物語は進んでいきます。

 エピローグ「急」で明かされる“最後の真相”はあらかた予想がつきますし、個々の事件の犯人もあまり隠そうとされてはいない印象があるのですが、これはおそらく、「序」から本篇にかけてその暴君ぶりが存分に描かれている城主・龍政が、“呪いの成就”という体裁で非道の報いを受ける、歴史/時代小説らしい(?)物語の“因果”が前面に出されているからで、そのために(一応伏せ字)龍政の受ける痛手が最大となるような(ここまで)犯人/真相が用意されているといえます。

 その意味では、ミステリ要素が“因果応報”に奉仕している――それを支えるために使われているといえるかもしれません*2が、むしろミステリとしては、“因果”によって暗示されている犯人/真相を“どうやって成立させているか”――作中でのハウダニットのみならず、作者が謎と真相をどのように組み立てているか――が最大の見どころといっていいでしょう。個人的ベストは「暴君の毒死」ですが、他の三つの事件もそれぞれによく考えられています。カバーに描かれた“お約束”*3ともいえる結末まで含めて、歴史ミステリとして実に見事な傑作です。

「妻妾の策略」
 鷹生龍政の正室・お鶴が、城内の井戸の傍らで殺されているのが見つかる。死体からは切られた首が消え失せ、近くに落ちていた凶器の薙刀は第二側室・お月のものだった。さらにその時、駆けつけた一同が月見櫓の方を見やると、その五階から女が墜落する。それは懐妊したばかりの第一側室・お雪だった……。
 本篇の幕が上がるなり派手な事件が起こり、“推理合戦”を通じて重臣たちの人物像を描く形になっているのが目を引きます。真相はある程度見当がつくと思いますが、“ある動機”がよくできていると思いますし、後々に影響を与える“呪い”が示されるのが注目すべきところでしょう。

「暴君の毒死」
 龍政に輪をかけて暴虐で女癖も悪い弟・龍貞が、紅城に招かれた酒宴の席上、龍政のまだ幼い娘・鳰姫が厨で徳利に汲んできたばかりの酒を飲んで毒死してしまう。毒殺に使われたのは厨にあった猛毒の附子で、目立つように赤い壺に入れて、酒が入った青い甕と同じく奥の棚に置いてあったというのだが……。
 帯のあらすじには忽然と現れた毒盃”とありますが、当初はさほど不思議な状況ではないところから、“忽然と現れた”様相が次第に浮かび上がってくる展開がよくできています。そして何といっても、一風変わった毒殺トリックが非常に秀逸です。最後に待ち受ける何とも凄まじい結末も印象的。

「一族の非業」
 城内での弓比べで、龍政の息子・熊千代と利賀野玄水の息子・彦太夫が腕を競うが、彦太夫の最後の矢は大きく外れ、熊千代の勝利に終わる。しかしその後、的の後ろに張られた幕の向こう側で、鷹生家の先代・龍久の死体が見つかる。龍久の命を奪った白羽の矢は、彦太夫だけが使っていたものだった……。
 予想される犯人では不可能な犯行を成立させるために、周到に“材料”を配置した作者の手際が光る作品で、その“材料”が一気につながるアクロバティックな解決が鮮やか。さらに、“ある人物”の悪意がにじみ出る結末が、何ともいえない読後感を残します。

「天守の密室」
 龍政の命を狙う狼藉者が、御殿の寝間にまで忍び込み、お月を惨殺して逃げ去る事件が起きる。鷹生家に恨みを抱く“朱鷺丸”の影に怯える龍政は、月之丞の進言を受けてお花とともに天守に居を移し、さらにお花を下の階に残して一人で天守の最上階にこもったが、その夜、龍政は急死してしまう……。
 ここまでくると、もはや犯人は完全に見え見えなので、安心してハウダニットを堪能することができます(?)。そして期待に違わず、ある意味で戦国時代ならではともいえる、あまりにも豪快すぎる密室トリックが炸裂するのが圧巻です。

*1: 地の文では“鶴”と表記されています(側室らも同様)が、そのままでは一般名詞と紛らわしいので、ここでは人名だとわかりやすくするために“お”をつけておきます。
*2: ミステリには付き物の“偽の解決”が、時に龍政の非道さを際立たせるのに一役買っているあたりも、見逃せないところではないでしょうか。
*3: ある種ゴシック・ロマン的……といえなくもないような気が。

2017.07.22読了  [鳥飼否宇]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.230