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空想探偵と密室メイカー/天祢 涼

2011年発表 講談社ノベルス(講談社)

 日下部陽子が死んだ“棺館”の密室については、なかなかよく考えられていると思います。見るからに堅牢で不可能性が高いのはもちろんですが、“空想”のフェル博士及びH.M卿を登場させてジョン・ディクスン・カー『三つの棺』“密室講義”を援用することで、早い段階で惜しげもなく可能性を絞り込んですっきりと整理してあるのがお見事。しかも、残された可能性――“Iの4『故意に他殺のように見せかけた自殺』”“Iの6『室外からの犯行を、室内で行われたと見せかける他殺』”のいずれについても、容易にはクリアできない“障害”が用意され、解明を難しくしています。

 もっとも、この“Iの4”と“Iの6”はカーの分類では別物として扱われているものの、本書の事件に当てはめてみると*1どちらにしても密室からの凶器の脱出の問題であるわけで、(伏線があるとはいえ)“スーパーモーセ効果”というぬけぬけとした手段までは具体的な手段までは見抜けなくとも、“Iの4+6 室外と室内の人物によって、故意に自他殺不明に見せかけた自殺”という図式に思い至るのは、さほど難しくはないかもしれません。

 “困難は分割せよ”という格言(?)のとおり、室外と室内の人物が役割を分担することで難度が下がっている部分はあるかもしれませんが、その共犯関係すらも、“被害者”かつ黒幕の日下部陽子を頂点とする壮大な“操り”の構図に組み込まれているのが本書のすごいところです。

 〈日下部晃→岬詩織〉の“操り”はあからさまに匂わされていますが、「第一章」「第三章」「第五章」の最後に挿入されている鉄パイプによる撲殺の場面――「第三章」“映像”という言葉で映画『キングダム・カム』の一場面かと思われたそれが、おそらくは「第一章」のみが映画で*2、あとは日下部晃にそそのかされたカルト的なファンによる犯行の再現だったというのにまず驚愕。さらに、“信さん”の刑事としての優秀さを鮮やかに印象づける「第一章」冒頭の事件までも、(日下部晃の知らないところで)日下部陽子が狙った“大きな事件”の一部として取り込まれているのにも驚かされます。

 そしてもちろん、謎解きの上ではあまり役に立っているようにみえない瑠雫の“空想探偵”が、瑠雫と勇真が共有する“強烈な体験”の存在を示唆する伏線の一つとなっている――しかもその“強烈な体験”さえもが、これまた日下部陽子の企みの一部として利用されるという周到な仕掛けには、完全に脱帽せざるを得ません。

 “永遠{とわ}になる”ために解けない密室を完成させるという“偽の動機”もなかなか強烈ですが、それで日下部晃を思うままに操った挙げ句の、神坂美都子を超える“吸血鬼”になるという、(不謹慎かもしれませんが)自爆テロめいた“真の動機”には圧倒されます。そして、堅牢な密室も日下部晃を操るための“餌”にすぎず、最終的には密室の真相が露見するのも構わずに*3ナノ化粧品による“罠”を仕掛けてあったという、凄まじい“操り”ぶりが何ともいえません。

*1: 本書の事件と違って凶器が密室内に残されている場合には、もちろんこの限りではありません。
*2: “陽子は右利きなのに左手で鉄パイプを握っていたり、『宗教改革』が流れず肉がひしゃげる音だけが入っていたり”(263頁)を参照。「第三章」では“左手に握りしめられた鉄パイプ”(153頁)と、また「第五章」では“肉がひしゃげる音だけが、綿々と続く。”(230頁)となっています。
*3: 作中には“余計なことをしゃべられる前に、あなたには死んでもらう予定だったのよ。だって真相が発覚したら、密室が壊れちゃうでしょう?”(272頁)という台詞もありますが、これはあくまでも“空想”の日下部陽子のものであり、つまりは瑠雫(もしくは勇真)の(この時点での)思考が反映されていると考えるべきでしょう。

2011.09.08読了