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ある詩人への挽歌/M.イネス

Lament for a Maker/M.Innes

1938年発表 桐藤ゆき子訳 現代教養文庫3039(社会思想社)

 この作品では、捜査が進むにつれて事件の様相が次々と変化していきますが、その構造は非常にユニークです。
 まず、表面に表れた構図はリンゼイがラナルドを殺したというものですが、ウェダーバーン弁護士の調査によって他殺に見せかけた自殺という“真相”が提示されます。次にアプルビイ警部により兄イアンの殺害というラナルドの計画が明るみに出ます。ところが最後に、ベルがラナルド殺害を告白します。
 これをわかりやすい形で並べてみると、次のようになります。

・リンゼイによる他殺
・リンゼイによる他殺/を装った自殺
・リンゼイによる他殺/を装った/イアン殺害
・リンゼイによる他殺/を装った/イアン殺害/を止めようとしたベルによる他殺
 このように、それぞれまったく違った“真相”が提示されるのではなく、前の“真相”に新たな“真相”が付け加わっていく形になっているのです。それぞれの“真相”には大筋で間違ったところはなく、ただそれが事件の全体像ではなかったというだけにすぎません。いわゆる“多重解決”とはやや趣の違った、“多段構造の解決”ともいうべきこの構図が非常に面白いと思います。

 この複雑な構造の中心となっているのはもちろん、偏執的ともいえるラナルドの計画です。兄のイアンになり代わるために彼を殺害し、同時にその罪をリンゼイにかぶせることで彼をクリスティンから引き離すという一石二鳥の計画ですが、それがちょうど城を訪れていた、ラナルドにとっては予期せぬ客であるベルによって台無しにされてしまうという皮肉に満ちたプロットもまた魅力です。

2003.04.24読了

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