ミステリ&SF感想vol.60

2003.04.30
『十三角関係〈名探偵篇〉』 『ある詩人への挽歌』 『テクニカラー・タイムマシン』 『完全殺人事件』 『生ける屍の死』


十三角関係 〈名探偵篇〉 山田風太郎ミステリー傑作選2  山田風太郎
 2001年刊 (光文社文庫や23-2)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 〈山田風太郎ミステリー傑作選〉の第2巻には、短編集『帰去来殺人事件』と長編『十三角関係』という、山田風太郎の生み出した名探偵・荊木歓喜が登場する作品が収録されています。
 長編『十三角関係』も非常によくできていますが、ベストはやはり「帰去来殺人事件」でしょう。
 なお、第2刷及び第3刷ではその「帰去来殺人事件」削除されているようなので、ご注意下さい(第4刷では復活しています)。

「チンプン館の殺人」
 怪しげなアパート・チンプン館。住人の荊木歓喜と小栗丹平が酒を酌み交わしている最中、隣室で殺人事件が起きてしまった。被害者は麻薬の売人で、同じ部屋の中で気を失って倒れていた麻薬中毒の女が疑われたのだが……。
 トリックそのものはかなり見え見えなのですが、その使い方はうまいと思います。

「抱擁殺人」
 やくざの客分・香坂老人によって、蜂谷家に送り込まれた半太郎。彼は赤ん坊の頃に、どんな時でも笑った顔にしかならないような手術を施されていたのだ。やがて蜂谷家の主人が殺害されるが、半太郎には強固なアリバイが……。
 半太郎という特異な登場人物を中心に据えたことが、この作品をひときわ印象深いものにしています。特に、ラストの彼の心情には胸を打たれます。

「西条家の通り魔」
 脳に障害を持つ西条家の幼い長男が、たびたび誘拐されては帰ってくるという事件が起こっていた。西条氏のかつての浮気相手からの、恨みを込めた警告なのか? そんな中、ついに西条家で悲惨な事件が起こった……。
 この作品も比較的わかりやすい面があるかもしれませんが、その豪快すぎるトリックはユニークです。そして、ラストの荊木歓喜の啖呵が何よりも印象に残ります。

「女狩」
 荊木歓喜が虫垂炎のために入院した聖ミカエル病院では、医師や看護婦、院長令嬢らによる盛大な恋の鞘当てが繰り広げられていた。その彼らがピクニックに出かけた洞窟で、一人が発狂してしまうという事件が起こり……。
 後の霞流一の諸作品などを思い起こさせる、壮絶なバカトリック(←けなしているわけではありません)が炸裂しています。が、それとは違った意味で、最後に明らかになる犯人の動機があまりにも強烈です。

「お女郎村」
 娘たちを買い入れるために、東京から貧しい村を訪れた遊郭の女主人が、村の地主である保科家で撲殺されてしまった。その隣には、東京の遊郭から同行してきた女が遺書を残して死んでいた。さらに、保科家の当主も……。
 事件の様相が二転三転するあたりが面白いところです。最後に明かされる皮肉な真相もよくできています。

「怪盗七面相」
 次々と魔法のような盗みを繰り返し、世間を騒がせている怪盗七面相。今回は、七條元子爵の邸に所蔵されている美術品を贋物にすりかえるという離れ業をやってのけたのだが、さらに七條元子爵自身にも危害を加え……。
 高木彬光らとともに書かれた連作『怪盗七面相』からの抜粋です(他の作家によるパートを含めた形で、『十三の階段』(出版芸術社)に収録されています)。荊木歓喜と怪盗七面相との対決は、実に意外な展開をみせます。

「落日殺人事件」
 息子と恋人の結婚を許した元警視総監は、しかしなぜか、彼女が処女であるという証明を条件につけてきた。その証明を頼まれたことをきっかけに、荊木歓喜は元警視総監の邸で起こった事件に関わることになったのだが……。
 一部のトリックの使い回しは正直いかがなものかと思いますが、動機が非常によくできています。

「帰去来殺人事件」
 チンプン館を飛び出した男を探しに、その故郷の村を訪れた荊木歓喜。そこには、かつて歓喜の過去に関わった因縁の男たちも住んでいたのだ。やがて、そのうちの一人が殺害されてしまう。歓喜を指し示すかのような謎の言葉を死に際に残して……。
 過去の因縁が登場する“荊木歓喜自身の事件”です。ものすごい(?)アリバイトリックもさることながら、探偵役である歓喜自身が深く関わったプロットは秀逸です。そして、物語に一層の深みを与えている動機もまた見事。必読の傑作です。
『十三角関係』
 少女に妓楼への道を尋ねられ、荊木歓喜は彼女をそこまで送っていくことになった。だが、その妓楼では奇怪な事件が起こっていた。店の名物である大きな風車の羽根に、バラバラにされた女の死体がくくりつけられてゆっくりと回っていたのだ……。
 被害者は妓楼の女主人で、その死亡時刻前後に相次いで彼女の部屋を訪ねた複数の人物に容疑がかかったのだが、捜査は意外に難航する。被害者は誰からも憎まれることなく、犯行の動機がまったく見当たらないのだった……。
***
 冒頭のバラバラ死体の登場こそ派手ですが、その後しばらくは関係者の証言が続き、やや地味な印象を受けます。しかし、次第に浮かび上がってくる被害者の特異な人物像は印象的ですし、それによって一層謎が深まっていくところもよくできていると思います。

 やがて迎える急展開にも半ば唖然とさせられますが、荊木歓喜が数多い登場人物の中から最後に指し示す、あまりにも意外な犯人には度肝を抜かれます。そして明らかになるのは逆説的ともいえる動機、さらにそのまま衝撃的なラスト。本格ミステリとして至極オーソドックスな骨格を持ちながら、“オーソドックス”という言葉とはかけ離れた強烈な印象を残す傑作です。

2003.04.11読了  [山田風太郎]



ある詩人への挽歌 Lament for a Maker  マイクル・イネス
 1938年発表 (桐藤ゆき子訳 現代教養文庫3039・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 雪深いスコットランド、キンケイグ村のはずれにそびえる古城・エルカニー城。その城主であるラナルド・ガスリーは、日々奇矯な言動を繰り返し、半ば狂気を帯びた変人として村人に恐れられていた。そのガスリーが、夜中に塔の胸壁から墜死してしまう。事件の直前にガスリーと口論していた青年に疑いがかかるが、目撃証言からは、事故か、他殺か、それとも自殺か判然としない。やがて、捜査によって少しずつ明らかになっていく驚くべき真相とは……?

[感想]

 スコットランド語で書かれた部分の翻訳が困難なため、長い間“幻の名作”とされてきたという作品です。複数の登場人物の手記によって構成されていますが、語り手ごとにかなり雰囲気が違っており、全体的に見て面白いものに仕上がっています。特に序盤(とラスト)を担当するキンケイグ村の靴直し・ベル氏の語り口は味があり、なかなか事件が起こらないこともさほど気になりません。

 やがて起こる城主の墜死事件は、一見かなりシンプルですが、その背後には作者の巧妙な企みがひそんでいます。特に、次々と驚きがもたらされる終盤の展開は圧巻です。まさに“幻の名作”の名に恥じることのない傑作といえるでしょう。

2003.04.24読了  [マイクル・イネス]



テクニカラー・タイムマシン The Technicolor Time Machine  ハリイ・ハリスン
 1967年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF193)ネタバレ感想

[紹介]
 倒産を目前に控えたクライマックス映画社が放った起死回生の一手。それは、市井の科学者の手になるタイムマシンでロケ隊を11世紀の北欧に送り込み、現地の人々をエキストラに使って、大迫力のヴァイキング映画を制作するというものだった。だが、いざ撮影が開始されてみると、本物の戦闘に巻き込まれたり、主演男優が骨折してしまったりと、予期せぬアクシデントが相次ぐ。果たしてクライマックス映画社の命運はいかに……?

[感想]

 モンキーパンチによるイラストがぴったりはまった、抱腹絶倒のユーモアSFです。タイムマシンを映画の制作に使うという発想からしてユニークですが、監督をはじめとするスタッフや現地人たちが繰り広げるドタバタはユーモラスで、ページを繰る手がなかなか止まりません。また、トラブルに悩まされ続ける主人公・バーニイと、何事にも悩まされず大らかに生きる現地人・オッタルという二人の対照的な姿を通じて、現代と過去の世界が対比されているのが印象的です。

 当初は過去の改変やタイムトラベルの原理などにまったく頓着することなく、ひたすら映画の撮影に邁進していたバーニイが、次第にタイムパラドックスを体験して困惑を深めていくのも面白いところです。特に、会社の命運がかかったぎりぎりの場面では、タイムマシンの設定もうまく絡めて見事なクライマックスが演出されていますし、ラストもまた鮮やかです。

 いずれにせよ、ひたすら肩の力を抜いて楽しめる快作に仕上がっていることは間違いありません。SFをあまり読み慣れていない方にも絶対におすすめの作品です。

2003.04.25再読了  [ハリイ・ハリスン]



完全殺人事件 The Perfect Murder Case  クリストファ・ブッシュ
 1929年発表 (宇野利泰訳 新潮文庫 赤136・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 ロンドン警視庁及び各新聞社に送られてきた、“メアリアス”と署名された大胆不敵な投書。それは、絶対に逮捕されることのない“完全殺人”を予告するものだった。そして、警察による厳重な警戒をものともせず、予告通りに殺人が行われてしまう。捜査線上に浮かび上がってきた容疑者は、被害者の四人の甥。しかし、その全員が鉄壁のアリバイを持っていたのだ。経済学者トラヴァーズと元名刑事のフランクリンは、警察も手を焼くこの難事件に挑んだが……。

[感想]

 上の紹介でもおわかりのようにアリバイ崩しが中心となった作品ですが、アリバイトリックそのものはかなり身も蓋もない脱力系で、思わず苦笑させられてしまいます。ただ、細部に至るまで巧妙な犯人の計画や、その“脱力系トリック”を成立させるために作者が施した仕掛け、さらに非常に大胆に配置された手がかり(ややアンフェア気味ですが)などはなかなかよくできていると思います。

 予告通りに事件が起こってからはひたすら地道な捜査が続きますが、警察と民間会社の競争/協力の様子は面白いと思いますし、捜査陣をはじめとした登場人物たちも個性豊かに感じられます。特に第17章で描かれた、身分を隠したフランクリンと容疑者とのスリリングなやり取りは必見です。

 アリバイトリックに期待しすぎなければそこそこ楽しめる、大胆不敵な怪作といっていいのではないでしょうか。

2003.04.27読了  [クリストファ・ブッシュ]



生ける屍の死 Death of the Living Dead  山口雅也
 1989年発表 (創元推理文庫416-01)ネタバレ感想

[紹介]
 生命現象が完全に消え失せたはずの死体が、なぜか再び動き始める――全米に死者の復活という怪現象が広がる中、ニューイングランドの田舎町・トゥームズヴィルで霊園を経営するバーリイコーン一族に、殺人者の魔手が伸びる。自らも死者となり、“生ける屍”として復活したパンク探偵グリンは、その事実を隠しつつ事件の謎を探り始めた。その肉体が崩壊してしまう前に、真相にたどり着くことができるのか……?

[感想]

 山口雅也のデビュー作にして、全編が“死”に彩られた怪作/傑作です。霊園が舞台となり、死者がよみがえるという設定である以上、当然ともいえるのですが、かなり分量のある作中に注ぎ込まれた“死”にまつわる様々な蘊蓄はやはり圧倒的。そしてその上に構築されるのは、死者が復活する世界における殺人事件という、逆説的ともいえる物語です。殺された人間がよみがえることで、殺人という行為の意義が失われてしまっているかのように思える世界の中で、犯人はなぜ殺人を続けるのか。この、特殊な設定ゆえの風変わりな謎は、この作品の大きな魅力となっています。

 そして、特殊な設定と組み合わされながらも、物語はあくまでも本格ミステリの骨格を備えています。全編にちりばめられた手がかりが、設定に基づく独特のロジックによってつなぎ合わされ、真相が明らかになっていくというプロセスは、まさに“異世界本格ミステリ”の醍醐味。しかも、明らかにされたその真相は、それ自体がこれ以上ないほど強烈な輝きを放っています。

 また、復活して逃げ出した被害者を追いかけなければならない捜査陣の困惑など、死者の復活という現象によってもたらされるどこかユーモラスな不条理感も見逃せません。特に、「あんた、聞いててくれなかったのか……」「すまん、ちょっと、死んでたんでな、全然聞いてなかった」(568頁)という珍妙なやり取りなどは、ミステリ史上屈指の名(迷?)場面といえるでしょう。

2003.04.29再読了  [山口雅也]


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