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図書館の殺人/青崎有吾

2016年発表 (東京創元社)

 まず「一日目」で、ダイイングメッセージの解釈が犯人特定に役立たないことが、懐中電灯に関する推理ではっきり示されているのが注目すべきところでしょう。懐中電灯で照らされたダイイングメッセージが犯人の目に入らないはずはなく、残されたメッセージが犯人にとって少なくとも不都合でない――犯人の名前を示してはいない、ということは納得できます。これだけでも久我山を除外するには十分なようにも思われますが、後に〈第四の条件〉を導く際にさらにきっちり検討されているのがさすがです。

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 最後に明らかにされる、裏染天馬が導き出した犯人特定の条件は、以下のようになっています。

〈第一の条件 肩にかかる程度の長髪の人物〉
 裏染天馬が早い段階からカッターの刃先に着目しているため、それが重要な手がかりであることは明らかですが、髪を切るという行為が殺人現場の犯人にはあまりにそぐわないこともあって、見抜くのは困難ではないでしょうか。実際のところ、血のついた髪の毛を切るというのは、犯人にとって(不自然ではないものの)合理的な行動とはいえないようにも思いますが、カッターの刃先が見つかった場所からすれば、犯人がカッターを使う際に鏡を見る必要があったことは確実で、多少不合理であったとしても“髪を切った”以外に考えにくいのも確かです。そしてそれを前提として*1『ラジコン刑事{デカ}の小口に残った血痕(52頁~53頁)を考え合わせれば、“血のついた髪を切った”という天馬の推理は妥当といえるでしょう。

 また、城峰有紗の指摘によって“偽の手がかり”の可能性まで検討されているのがすごいところですが、天馬が説明しているように“手間がかかりすぎる”ことに加えて、“気づかれないおそれがある”――警察が犯人の痕跡を探すとしても、貼り紙のガムテープの裏まで調べるとは想定しづらい*2――ことからも、“偽の手がかり”であることは否定できるように思います。

〈第二の条件 眼鏡をかけており、それを落とす可能性のある人物〉
〈第三の条件 極端に目の悪い人物〉
 豚の血(苦笑)を使った怪しげな実験から、犯人が床を乾拭きしたことが明らかになり、犯人が指紋を拭き取ったこと、さらには犯人が眼鏡を落としたことが導き出されるのが鮮やか。犯行直後のタイミングで、懐中電灯を拾うよりも先に足元を探したことを考えれば、それが眼鏡である蓋然性は十分に高いと思いますし、犯人がダイイングメッセージを見る際に必要以上に顔を近づけたことも強力な傍証となります。

〈第四の条件 ダイイングメッセージを偽装するメリットのある人物〉
 容疑者である(元)司書たちのうち、〈第一の条件〉で桑島・那須・梨木・寺村が除外され、〈第二の条件〉〈第三の条件〉で上橋(と那須・寺村)が除外された結果、一旦は除外した久我山が“一周回って”(246頁)残された唯一の容疑者となるのが非常に面白いところで、除外の根拠となっていたダイイングメッセージについて改めて検討されることになります。が、この期に及んでもダイイングメッセージの意味の解釈は回避されているのがすごいところです。

 しかして、被害者の右目の傷と姿勢から、被害者には『ラジコン刑事{デカ}表紙が見えなかったことを明らかにして、表紙の「○」が犯人の偽装であることを確定させる推理はよくできています。久我山が除外されるという結論が「一日目」と同じであるため、やや地味に映るかもしれませんが、より確実であることは間違いありません*3し、何より“それが偽の手がかりであること”が手がかりとなった(麻耶雄嵩『隻眼の少女』とは一味違う*4“対・後期クイーン問題”ともいえる手法には、興味深いものがあります。

〈第五の条件 貸出レシートに触れる機会のあった人物〉
 〈第四の条件〉で司書の最後の一人・久我山が除外されて、容疑者が“現時点ではゼロ人(293頁)になってしまったところで、消去法とは逆に(?)容疑者の“枠”を広げる条件が新たに持ち出される、やや変則的な謎解きの手順によって、ロジカルな推理と“意外な犯人”の両立に成功しているのがお見事。単に“容疑者の枠外”から登場するだけでなく、某海外古典の怪作*5にも通じる“探偵が会っていない人物が犯人”という趣向が強烈です。

 “閉館後の図書館に侵入できる”という条件によって容疑者が限定されていたわけですから、貸出レシートに書かれた暗証番号を目にする機会があった人物まで“枠”を広げるのは妥当。そして、城峰美世子が〈第一の条件〉〈第四の条件〉を満たしていることは、“黒髪を肩まで伸ばした”(130頁)“顔を近づけ両目を細めてから、眼鏡をかけ直し”(133頁)“久我山ライトっていう登場人物(中略)あ、久我山さん……”(133頁)と、読者には*6しっかり示してあります。

 恭助が残した“「く」の字”のダイイングメッセージが、“「母」の一画目”だったという(ダミーの)解釈も鮮やかです。
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 “容疑者の枠外”というだけでなく、被害者の母親という犯人の立場も、意外性に大きく貢献している感があります。もっとも、殺人事件を一旦切り離して、事件の幕開けとなった桑島襲撃の状況――城峰恭助の名前を見つけて「こいつだ!」と叫んだ瞬間に殴られた――だけをみると、犯人が恭助の関係者であることが大胆に暗示されていたようにも思えますが、やはり当の恭助が殺害されたことが強力なミスディレクションとなっています。このあたり、“我を忘れ、息子を守ろうと(346頁)したはずの美世子が、一転して息子を殺害してしまうのは不自然だと考える向きもあるかもしれませんが、これは“息子を守ろうとした”のが自己犠牲ではなく自己愛の延長だった――息子を自分の所有物のようにとらえていた、ということではないでしょうか。

 意外な犯人についてはもう一つ、サプライズを強調するために、いきなり犯人が明かされてからゆっくり謎解きが行われる手順となっているのですが、城峰有紗がいち早く犯人に気づいたことがその展開を自然なものにしているところは、見逃すべきではないでしょう。ここで有紗は、天馬が“迂回”したダイイングメッセージの解釈を介して(285頁)、天馬の推理によらずして(天馬よりも先に)犯人に到達できているわけで、これもまたダイイングメッセージの有効な使い方であると思います。

 そして、ダイイングメッセージをもとにして“有紗がどうやって犯人を見抜いたのか”を推理する、いわば“メタ推理”になっている――明示されてはいませんが――のが、最後の『鍵の国星』の内容に関する推理です。“「く」の字”と城峰美世子が直接結びつきにくい*7にも関わらず、有紗が犯人に到達できたことを踏まえれば、有紗だけが知っている情報――『鍵の国星』の内容がダイイングメッセージに関わっている、というのも道理*8。また、有紗が“裏染君なら、読まなくても当てられるかも”(353頁)と、推理可能であることを(メタレベルで)“保証”していることも、有力な手がかりといえるでしょう。

 ところで、『鍵の国星』の被害者が“変わり者の王子(204頁)だったことからすると、“被害者の母親”(354頁)にして“『く』のつく人物”(355頁)である犯人は、(よりにもよって)“女王{クイーン}だった、ということでいいのでしょうか*9

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*1: 逆の手順、すなわち“髪に血がついた”ことから“髪を切った”ことを導き出すのであれば、かなり無理があると思いますが。
*2: 加えて、仮に刃先を発見したとしても、それを(凶器でも何でもない)被害者のカッターと結びつけるかどうか、疑問の残るところではあります。
*3: 表紙の「○」を被害者が書いていた場合、例えば“「く」の字に気を取られて表紙の「○」を見落とした”、あるいは“「○」で囲まれたのが久我山ライトだと思い至らなかった”といった可能性もないではないかもしれません。
*4: 『隻眼の少女』が“一般解”に近いのに対して、本書はダイイングメッセージならではの“特殊解”という違いはありますが、“被害者には書くのが不可能だった”ことを示せば十分という点で、本書の方がよりすっきりしている感があります。
*5: (作家名)カーター・ディクスン(ここまで)の長編(作家名)『五つの箱の死』(ここまで)
*6: 天馬がすべてを知る機会は事前にはなかったはず――袴田刑事の手帳にも美世子の容姿までは書かれていないと思われます――ですが、〈第五の条件〉を導き出したところで仙堂警部らに確認することはできるでしょう。
*7: “母”が先に確定していれば、それを“「く」の字”に当てはめることも難しくはないかもしれませんが、逆に“「く」の字”から“母”を思いつくのはほぼ不可能だと思われます。
*8: 犯人が『鍵の国星』を読んだことは作中で示されていませんが、有紗が“正解”だったことを踏まえれば確実といえるのではないでしょうか。
*9: 有紗が名前も当てられる?”(354頁)と尋ねているのが少々微妙ですが、余計なヒントを与えないためにはそう尋ねるしかないでしょうし、天馬の答が“『く』のつく名前ではないことは肯定的材料といえるかもしれません。

2016.02.04読了