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疑惑の霧/C.ブランド

London Particular/C.Brand

1957年発表 野上 彰訳 ハヤカワ文庫HM57-5(早川書房)

 “乳状突起槌{マストイド・マレット}”という凶器のややこしい名前はかなり目立っているので、ロウジーが受けた電話の主がラウールでないという可能性は早い段階から見え見えでしょう(むしろ、コックリル警部が気づいた(196頁)のが遅すぎるように思われます)。

 やがて電話のトリックが明らかになり、疑惑はテッドワードへと向けられますが、電話によるアリバイは消滅してしまうものの、それでもなお犯行の機会がなかったように思えるところがポイントです。この点に関して捜査陣は決め手を欠いており、そのような状況で法廷へ行ってしまうのは少々強引に感じられます。

 その法廷では、疑惑の対象が二転三転するという、作者らしいめまぐるしい展開がみられますが、極めつけは第17章のミセス・エヴァンスの自白です。何とかしてテッドワードをかばおうと、不自由な腕でも可能といえないこともない殺害手段をひねり出した涙ぐましい努力に、思わず胸を打たれます。

 そして最後に、突如としてテッドワードが罪を認めますが、同時に亡くなったロウジーの幻影が姿を現し、一気に幻想と狂気が物語を支配するという急転回が秀逸です。特に、幻影のロウジーの口を借りて“だけど、テッドワード、もちろん、実際、あなたにはそんな暇なかったと思うわ、会う暇なんて……”(414頁)と、テッドワードに犯行の機会がなかったことを改めて強調しているところが実に巧妙です。

 そして最後まで隠し通された事件の核心が、最後の一段落でようやく明かされるという趣向は、これ以上ないほど鮮やかに決まっています。結末から冒頭の場面へと回帰し、何気なく描かれているように思えたそれが重要な意味を持ってくるという構成もまた見事です。

2006.09.22読了

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