ミステリ&SF感想vol.134 |
2006.10.31 |
『疑惑の霧』 『葉桜の季節に君を想うということ』 『迷宮の暗殺者』 『世界SFパロディ傑作選』 『毒杯の囀り』 |
疑惑の霧 London Particular クリスチアナ・ブランド | |
1952年発表 (野上 彰訳 ハヤカワ文庫HM57-5) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『ジェゼベルの死』に続いて、C.ブランドの二大探偵役であるコックリル警部とチャールズワース警部が共演する作品ですが、文庫カバーに記された
“推理対決”というのは誇大広告気味。チャールズワース警部が事件の表面をなぞるかのような捜査に終始する一方、コックリル警部は容疑者たち(の一部)を個人的に知っていることもあってか、より深く事件の真相に迫っていきます。 原題である“ロンドン名物”、すなわち深い霧に閉ざされた夜の街を、男女が車でさまよう場面から始まるこの作品、耳慣れない名前の一風変わった凶器がやや目を引くものの、実に単純な撲殺ということで、事件としてはかなり地味なものになっています。問題となるのは、作者お得意の“容疑者が多すぎる”という状況で、それぞれの人物について被害者を殺害する動機らしきものの存在が描かれ、事態は混迷を極めます。 実際のところ、どの登場人物を犯人とする仮説も決め手に欠けるもので、事件全体がそれこそ“霧”に包まれたかのようにぼんやりしたものになっており、読み進めるのが少々辛く感じられるのは否めないでしょう。もちろん、登場人物たちが繰り広げる人間模様は興味深くはあるのですが、肝心の事件の方がさほど進展しないのはいただけませんし、一部の登場人物の思わせぶりな言動には若干いらいらさせられるところがないでもありません。 そうこうするうちに一人の容疑者が逮捕され、舞台は法廷へと移りますが、実はここからが本書の見どころといえるでしょう。裁判が進んでいく中で、(予想通り)次々と新たな証言が飛び出し、事態はめまぐるしく二転三転します。このあたりは、A.バークリーとはやや雰囲気が違うものの、やはり多重解決風の展開を得意とする作者の面目躍如という印象です。 そして最終章になると、予想を超えた急転回に驚かされます。しかも、事件を覆っていた“霧”はすっかり晴れたかのように見えて、実はパズルの最後のピースをしっかりと隠したまま。この、実にスリリングなクライマックスの果てに待ち受けるのは、伏せられた事件の核心を最後の一段落で明かすという演出の妙。想像を絶する強烈なサプライズではなく、この上なく鮮烈なカタルシスを生じる“最後の一撃”が光る傑作です。 2006.09.22読了 [クリスチアナ・ブランド] |
葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午 | |
2003年発表 (本格ミステリ・マスターズ) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 第4回本格ミステリ大賞を受賞した作品ですが、個人的には本格ミステリといえるのかどうか、やや微妙なところ。しかしながら、全編に渡って技巧が凝らされた、非常によくできた作品であることは間違いありません。
物語は主人公・成瀬将虎を中心に、悪徳商法絡みのエピソード、かつて体験したヤクザのもめ事に関するエピソード、そして知り合いの老人との交流を描いたエピソードなどが交錯する、少々複雑な構成となっています。しかし、主人公の成瀬のハードボイルド風の語り口と、どのような状況に置かれても貪欲かつ快活に人生を謳歌するというポジティブなスタイルが、それぞれのパートに統一感を生み出しており、読み辛さはまったく感じられません。 その一方で、物語の中で重要な位置を占める悪徳商法については、被害者側に立つ成瀬のパートに加えて加害者側に属する老女・古屋節子の視点によるパートが用意されており、事件を表裏両面から描くことでその巧妙さと悪辣さが読者に伝わりやすくなっているところが見逃せません。 やがてそれぞれのエピソードが一つにまとまるのはもちろん予想通りですが、そこでもたらされる困惑と衝撃の大きさは並外れています。随所に散りばめられた細かなネタもよくできている上に、中心となるネタの破壊力が抜群という充実ぶり。必読の傑作といっても決して過言ではないでしょう。 2006.09.26読了 [歌野晶午] |
迷宮の暗殺者 The Discrete Charm of Charlie Monk デイヴィッド・アンブローズ | |
2000年発表 (鎌田三平訳 ヴィレッジブックスF-ア2-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 秘密機関の特殊工作員として様々な任務を忠実にこなし続けるチャーリーと、夫の命を奪った飛行機事故に疑惑を抱き、幼い息子と自分の父親を守りながら真相を突き止めようとする医師スーザン――二人の視点から交互に描かれる物語は、一見するとストレートな謀略小説であるようにも思えます。それは決して間違いとはいいきれないのですが、本書の見どころはやはり、思わず目を疑ってしまうような素っ頓狂な展開でしょう。
謀略とアクションとで牽引される物語の中に、いくつかのサプライズが配置され、カバー裏の紹介文に記された “ジェットコースター・サスペンス”という惹句通りの作品であるとはいえます。しかしそのサプライズが、それまでの話を台無しにしてしまうほど破壊的なものばかり。特に第二部のラストなどは、こんな突拍子もないものを持ってきてしまう作者のセンスに脱帽です。 残念ながら、最大の“爆弾”が中盤に登場してしまうため、その後がややインパクトに欠けるものになっているのがもったいないところ。また最後の結末も、特にある程度昔からの国内ミステリの読者ならば既視感を覚えるようなもので、少々物足りなく感じられるのは否めません。 というわけで、やや尻すぼみになっているきらいはあるものの、バカミス好きには一読の価値があると思われる怪作。作者自身は大真面目に、しかも計算して書いている節がみられますが、ネタの選択がどうしようもなくバカ(←ほめ言葉)というか、J.F.バーディン(『死を呼ぶペルシュロン』など)あたりとはまた一味違った“天然バカミス作家”の雰囲気が漂います。 2006.09.30読了 [デイヴィッド・アンブローズ] |
世界SFパロディ傑作選 風見 潤・安田 均 編 | |
1980年刊 (講談社文庫BX251・入手困難) | |
[紹介と感想]
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毒杯の囀り The Nightingale Gallery ポール・ドハティー | |
1991年発表 (古賀弥生訳 創元推理文庫219-02) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 先に『白薔薇と鎖』が邦訳された歴史ミステリ作家P.ドハティーによる、検死官書記アセルスタン修道士を主役としたシリーズの第一作です。主人公の下世話な語り口が強烈な『白薔薇と鎖』とは違って、こちらは修道士が主役だけに比較的おとなしめな印象になっています。しかし、アセルスタン自身は浮世離れした信仰家ではなく、過去と現在に関して人間的な苦悩を抱えていますし、コンビを組む検死官ジョン・クランストン卿は心の奥に悲しみを秘めつつ陽気に酒と妻を愛するという、こちらも親しみの持てる人物。この主役コンビの魅力が、読者を物語に引き込むだけの力を十分に備えています。
事件は、〈小夜鳴鳥の廊下〉によって閉ざされた“密室”での毒殺という、不可能趣味の強いもの。解説によれば、この〈小夜鳴鳥の廊下〉は日本の鶯張りの床が元ネタになっているらしく、日本人としてはなかなか興味深く感じられます。その真相は、ある程度予想通りの方向ではありますが、細部はなかなかよくできていると思います。 また、手がかりの配置もまずまず。特に、“密室”殺人の手段と事件の背景という二つの真相を指し示す手がかりが巧みに織り交ぜられているところが目を引きます。ちなみに、『白薔薇と鎖』と同様に暗号めいた不可解な言葉が手がかりとして盛り込まれているあたりは、作者の持ち味なのかもしれません。 地道な捜査と仮説の構築を繰り返して真相に迫っていく手順がしっかりしている一方で、幼いながらも国王を前にしての解決場面はなかなかスリリング。時代背景をうまく取り入れた動機も含めて、非常によくできた作品といえるのではないでしょうか。 ただ一つ気になるのが、14世紀ロンドンの想像を絶する不潔さに関する描写で、歴史を忠実に再現したものではあるのでしょうが、読んでいて少々辟易とさせられるところがあります。このあたり、次作以降はもう少し控えめになっているといいのですが。 2006.10.20読了 [ポール・ドハティ] | |
【関連】 『赤き死の訪れ』 『神の家の災い』 |
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