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禍家/三津田信三

2007年発表 光文社文庫 み25-1(光文社)

 本書の最大のポイントは、幽霊屋敷もののホラーから、超自然的要素を備えたサイコスリラーへの変貌ではないでしょうか。千街晶之氏も解説で“いかにも恐ろしいもののように登場する存在が実はそうではなく、本当に恐ろしいものは思いがけないところから姿を現す”(321頁)と指摘していますが、序盤で貢太郎少年を脅かした怪異の正体が警告のために現れた家族の霊(?)であり、真に恐るべきは上野郡司を中心とする人間の狂気だったという真相が、本書のテーマといえるでしょう。

 そしてその郡司が貢太郎を除く棟像家の人々を惨殺した動機が、超自然的要素を前提とした狂気の論理であるところが、ミステリ的にも非常に面白く感じられます。そしてそれを解き明かすのが、半ば常軌を逸した小久保老人であるというのがまた何ともいえません。これは、狂気の論理と常人の思考との間のを埋めるのは容易ではない、ということを意味しているようにも思えます。

 “シミちゃん”こと詩美絵の正体が上野司命だということは、残念ながら比較的早い段階(“司命”という名前が示された時点)で見えてしまいました。アナグラムには気づきませんでしたが語呂が似ていますし、どちらも人名としてはいささか不自然なので、何か仕掛けられていることを疑うのはさほど難しくはないでしょう。

 作中では、貢太郎が詩美絵の嘘を見抜いた手がかりをいくつか挙げていますが、二階にいるときに“慌ててトイレを借りようとした”(254頁)と記述された行動を、“二階のトイレの扉に向かった”(293頁)と説明しているのは、読者に対してはアンフェア気味。一方、姉の位置の違い(290頁~291頁)という超自然的な手がかりは逆に、貢太郎以外の登場人物(特に詩美絵)に対してはアンフェアであるにもかかわらず、読者に対してはフェア(?)なものになっているところが実にユニークです。

 事件が決着してから十年後の平穏な日々を描いた「終章」が、新たな事件を予感させるエピソードで幕を閉じているのが何ともいえません。終結したと見せて再び現れる恐怖というモチーフは、ホラーとしてはありがちな結末かもしれませんが、人間の狂気が生み出す恐怖がテーマとなっている本書においては、その狂気が連綿と受け継がれていくことを示す見事な結末となっています。また、序盤の伏線(50頁~51頁)がうまく回収されている*ということもありますが、冒頭の貢太郎の既視感と重ね合わせた描写になっているところが印象的です。

*: むしろ、まったく不自然さを感じさせずにうまく伏線が張られているというべきかもしれません。

2007.08.04読了