ミステリ&SF感想vol.149

2007.08.18

議会に死体 The Dying Alderman  ヘンリー・ウェイド

ネタバレ感想 1930年発表 (武藤崇恵訳 原書房 ヴィンテージ・ミステリ)

[紹介]
 “あなたはただのお飾りなんです”――市政に関する不正疑惑の追及に揺れるクウェンバラ市議会で、アーシントン市長を無能と断じる辛辣な一言を放ったトラント議員は、休憩時間となって他の議員たちが退出した議場にとどまっている間に、何者かに刺殺されてしまった。重大事件の発生を受けて、着任したばかりのレース警察本部長は直ちにスコットランド・ヤードに応援を要請したが、犯行時間が限られているにもかかわらず、被害者に敵が多かったせいもあって捜査は難航し……。

[感想]
 会期中の市議会での殺人という大事件であり、地元市警の警視はスコットランド・ヤードから来た警部に対抗意識を燃やし、アリバイ崩しにダイイングメッセージまで飛び出す――という盛りだくさんの内容ながら、どうしても地味に感じられてしまうのは作者の持ち味でしょうか。しかし決してつまらない作品というわけではなく、なかなか面白く読むことができました。

 まず、市長をはじめとする政治家たちや事件関係者、さらにレース本部長を中心とした捜査陣など登場人物たちがなかなか多彩な上に、それぞれの思惑が絡み合って目が離せない状態となっています。また、市議会及び被害者を取り巻く複雑な事情などが、着任したばかりで右も左もわからないレース本部長に向けて丁寧に説明されているため、読者も物語に入り込みやすくなっているのがうまいところです(このあたりは岡嶋二人の作品に通じるところがあるように思います)

 事件の方は、わずかな時間の間に出入り口の限られた議場内で起きたことで、容疑者たちのアリバイ崩しに最も重点が置かれています。このあたりの地道な捜査がいかにも地味な雰囲気をかもし出してはいるのですが、スコットランド・ヤードの警部と地元市警の警視との推理合戦風の興味も加わっていますし、さらに殺人事件そのものから不正疑惑の追及へと捜査が広がっていくなどして飽きさせません。

 終盤は一転してめまぐるしい展開をみせた末に、推理合戦にも思わぬ決着が待ち受けています。そして、最後の最後に満を持してダイイングメッセージの真相が明かされるという趣向も印象に残ります。派手なトリックなどはありませんが、巧みなミスディレクションによって真相を隠す作者の手腕が光る佳作です。

2007.07.27読了  [ヘンリー・ウェイド]

慟哭  貫井徳郎

ネタバレ感想 1993年発表 (創元推理文庫425-01)

[紹介]
 若手キャリアとしては異例の人事で警視庁捜査一課長となった佐伯は、その冷徹な仕事ぶりに加えて出自や縁戚に絡む事情もあって、組織内部で孤立気味であった。そんな中、痛ましい幼女誘拐殺人事件が発生したが、あまりにも少ない手がかりに捜査は暗礁に乗り上げたまま、さらに同一犯と思われる事件が続発し、佐伯は厳しい批判にさらされる。そして……。
 胸に開いた大きな“穴”のために無為の生活を送っている男・松本は、偶然の出会いから宗教に興味を持つようになり、やがて《白光の宇宙教団》という新興宗教にのめりこんでゆく。その教団が、彼の“願い”をかなえてくれると信じて……。

[感想]
 第四回鮎川哲也賞の最終候補となった貫井徳郎のデビュー作にして、文庫化された後に書店員の仕掛けによってベストセラー(?)となった、名実ともに代表作というべき一冊です。終盤のサプライズが取り沙汰されるのは当然かもしれませんが、決してそれだけではない、つまりは再読しても十分に楽しめる作品だと思います。

 本書は、胸に開いた“穴”を埋めるために宗教にのめりこんでゆく男・松本を主役とした奇数章と、警視庁捜査一課長・佐伯を中心に警察内部の様子を描いた偶数章という二つのパートから構成されています。この二つのパートがどのように絡んでいくかというのが当然興味を引くところですが、それぞれのパートで描かれた“転落”が重ねあわされて相乗効果を上げているところも見逃せません。

 冒頭では、有能かつ冷徹でまったく隙がないかのようにみえる佐伯ですが、難航する捜査をはじめとする様々な問題にさらされ続けた末に、“仮面”に隠した人間的な苦悩をあらわにせざるを得なくなり、“超人”から“ただの人”へと落ちていきます。一方、松本はよりストレートに、それこそ“魔道”に堕ちていくがごとき転落ぶりをみせますが、それが自覚的なものであるところがいかんともしがたい救いのなさを感じさせます。

 この二人の主人公の“転落”はやがて一つにぶつかり合い、物語はサプライズとともに壮絶な結末を迎えます。今回は再読なので結末がわかっていたということもあるかもしれませんが、本書のサプライズはよくできてはいるものの、それは目的ではなくあくまでも手段にすぎないように思われます。本書の真価はやはり、最後の一行が生み出す無限の暗闇にあり、それが『慟哭』という題名へつながっていくといえるのではないでしょうか。

2007.07.31再読了  [貫井徳郎]

ガラスの短剣 The Flight of the Horse  ラリー・ニーヴン

1973年発表 (厚木 淳訳 創元推理文庫668-1)

[紹介]
 魔法が実在するファンタジー的世界にSF作家らしいアイデアを組み合わせた〈ウォーロック・シリーズ〉「ガラスの短剣」、ひねりの加えられたタイムトラベルもの〈スヴェッツ・シリーズ〉全五篇(「中世の馬」「ケージの中の幽霊」)、そしてテレポーテーションを扱った非シリーズの中編「フラッシュ・クラウド」を収録した作品集です。
 いずれも短編集『無常の月』に収録された作品(短編小説及びエッセイ)と関連が深く、そちらを先に読んでおいた方がより楽しめるかもしれません。

「ガラスの短剣」 What Good is a Glass Dagger?
 最強の魔法使いウォーロックのもとに盗みに入った人狼のアランは、ウォーロックに取り押さえられてガラスの短剣を胸に刺されてしまう。跡形もなく消え失せた短剣は、魔法が切れると実体化してしまうというのだ。どうしても短剣を抜くことができないまま三十年が過ぎた頃、ウォーロックと再会したアランは、恐るべき妖術師ウェイヴィヒルと対決することになった……。

「中世の馬」 The Flight of the Horse
 PA(原子力紀元)1100年。〈時間研究所〉に所属するスヴェッツは、絵本で見た馬がほしいという〈事務総長〉の望みをかなえるために、すでに絶滅してしまった馬を捕らえようと過去の世界へやってきた。しかしそこで発見した馬は、絵本と違って真っ白で長いたてがみを持ち、さらに……。

「海の怪獣{レヴァイアサン}!」 Leviathan
 またしても〈事務総長〉の要望で、今度はかつて地球上に生きていた最大の動物――マッコウクジラを捕らえてくるという任務を受けたスヴェッツ。過去の世界の海中にようやく巨大な生物を発見したが、途方もなく巨大で鱗と鋭い牙を備えたそれは、マッコウクジラではなさそうだった……。

「手の中の鳥」 Bird in the Hand
 ロック鳥の代わりにダチョウを捕らえるというスヴェッツの失敗を受けて、何とか〈事務総長〉の気をそらそうとした〈時間研究所〉は、世界で最初の自動車を手に入れてくるという難題に直面する。一方、ロック鳥をあきらめきれないスヴェッツは、ある思いつきを実行に移そうとしたが……。

「タイム・マシンに狼がいる」 There's a Wolf in My Time Machine
 過去の世界でを捕らえて帰還しようとしたスヴェッツだったが、途中で狼が奇妙に姿を変えるとともにタイム・マシンに異常が生じ、よくわからない時代に遭難してしまった。そこで出会った人々に歓待を受けて一息ついたスヴェッツだったが、人々の姿にはどこかおかしなところがあって……。

「ケージの中の幽霊」 Death in a Cage
 過去の世界から帰還中のスヴェッツの目前に、なぜか幽霊が現れ、やがて消えていった。その幽霊を捕らえろという所長の命令を受けたスヴェッツだったが、タイム・トラベルの最中に再び現れ、ついに骸骨のような姿を実体化させた幽霊は、彼に恐るべき秘密を告げたのだ……。

「フラッシュ・クラウド」 Flash Crowd
 テレポーテーションの技術が実用化された未来。あらゆる所に設置された転送ブースを使って、人々は自由自在に移動することが可能となった。だがそんなある日、街角で起きた小さな事件が、転送ブースのせいで思わぬ大規模な暴動へと発展してしまったのだ……。

[感想]
 まず表題作「ガラスの短剣」は、『無常の月』(及び『魔法の国がよみがえる』)に収録されたシリーズ第一作「終末も遠くない」の続編で、前作で示されたユニークなアイデアのバリエーションといったところ。ややまとまりを欠いている感もありますが、読みごたえのある作品には仕上がっていると思います。特に妖術師ウェイヴィヒルとの決着は、なかなか見事なオチといっていいでしょう。

 続く〈スヴェッツ・シリーズ〉は、“タイムトラベルは不可能”と主張している(『無常の月』に収録された「タイム・トラベルの理論と実際」も参照)ニーヴンの、(おそらく)唯一のタイムトラベルものです。当然オーソドックスなタイムトラベルものであるはずがなく、ファンタジーの要素を取り入れたパロディ的な作品となっています。
 舞台となるのは、産業の過度の発展により環境が破壊され、ほとんどの動物が絶滅してしまった原子力紀元1100年。〈事務総長〉の無邪気な望みをかなえるために過去の世界から珍獣を持ち帰ろうとする主人公・スヴェッツが、毎回思わぬドタバタに巻き込まれてしまうという物語です。
 第一作の「中世の馬」では、絵本に描かれた馬と実際に目にした“馬”の違いに気づきながらも、あえてそれに目をつぶろうとするスヴェッツの心境と、任務のさんざんな顛末、そしてさらに悲惨な結末にニヤリとさせられます。
 次の「海の怪獣!」では、“レヴァイアサン”に遭遇してしまったスヴェッツの機転に感心させられますが、最終的に捕らえてきた“もの”の正体にはやはり苦笑。
 いきなり任務の失敗から始まる「手の中の鳥」は、世界最初の自動車を入手するという難題と、失敗を取り返そうとするスヴェッツの思いつき(R.A.ラファティの某作品に通じるもの)とが引き起こす大騒動が見どころ。シリーズ中ではこれがベストの作品ではないでしょうか。
 「タイム・マシンに狼がいる」になるともう“何でもあり”のようにも思えてしまいますが、意表を突いた展開はよくできていると思います。
 そして最終作の「ケージの中の幽霊」では一転して、ストレートなタイムトラベルものかと思わせるややシリアスな展開。強引な結末には少々脱力を禁じ得ませんが、これは致し方ないところでしょうか。

 最後の「フラッシュ・クラウド」は、テレポーテーションを題材にした思考実験的な性格が強い作品で、テレポーテーションの実用化による社会の変貌と、そこに生じるであろう問題、そしてその解決策が提示されています。その考察には非常に興味深いところがあるのですが、物語としての面白さがあまり感じられないのが残念。
 なお、テレポーテーションに関するニーヴンの様々なアイデアは、後に「脳細胞の体操――テレポーテーションの理論と実際――」『無常の月』収録)にまとめられています。

2007.08.02再読了  [ラリー・ニーヴン]

禍家   三津田信三

ネタバレ感想 2007年発表 (光文社文庫 み25-1)

[紹介]
 事故で両親を亡くし、祖母とともに東京郊外の一軒家に引っ越してきた十二歳の少年・棟像貢太郎は、町並みや風景に既視感を覚える。そして近所に住む怪しげな老人は、貢太郎に向かって“ぼうず、おかえり……”という不可解な言葉をかけてきた。ここは初めて訪れた土地のはずなのに……。そして、新しい暮らしを始めた家の中で様々な怪異現象に襲われた貢太郎は、新しく友達になった少女・生川礼奈とともに、に、かつてその家で何があったのかを調べ始めたのだが……。

[感想]
 『厭魅の如き憑くもの』に始まる本格ホラー・ミステリのシリーズが好評な作者の最新長編で、少年を主人公に据えた幽霊屋敷もののホラーですが、物語の展開をはじめ随所にミステリ的な要素も見受けられ、ホラーファンのみならずミステリファンにもおすすめの作品となっています。

 まず、奇妙な既視感から鎮守の森の得体の知れぬ気配、そして怪しげな老人の不可解な言葉と、一つ一つは小さな積み重ねを通じて読者をいきなり怪奇の世界へといざなう物語序盤がよくできています。特に、感受性豊かな少年が主人公となっていることで、すれた(?)大人ならあるいは気に留めないような小さな出来事がクローズアップされているのがうまいところです。

 そして、引っ越してきた新居で立て続けに怪異現象に襲われながら、同居する祖母に相談することもできない貢太郎が、友達になった少女・礼奈の協力を得て怪異に立ち向かおうとする姿が印象的です。これをして、“ミステリにおいて、探偵役を推理へと駆り立てる最強の動機は“恐怖”ではないだろうか”(322頁)と解説で指摘する千街晶之氏もさすがで、過去を探って怪異を合理的に解体しようとする貢太郎は、ミステリにおける探偵役そのものといえるでしょう。

 そしてそこから先は、ホラーとミステリの融合に挑み続ける作者の真骨頂といったところで、怪異が半ば合理的に解体された結果として新たな恐怖が生じ、ホラーならではの狂気の論理が顔をのぞかせ、さらに超自然的な手がかりが配置されるなど、実に見事なものになっています。“真相”の意外性にはやや欠けるところがありますが、スリリングなクライマックスを経て決着に至るまで、恐怖と推理が交錯した堂々たるホラーミステリといっても過言ではないように思います。

 “事件”が決着した後の結末も、お約束といえる要素もあるものの、非常によくできていると思います。文庫書き下ろしの上に一見すると(あくまでも“一見”ですが)地味なタイトルで、あまり目立たない感がなくもないのですが、なかなかの傑作です。

2007.08.04読了  [三津田信三]
【関連】 『凶宅』 『災園』

最後のトリック  深水黎一郎

ネタバレ感想 2007年/2014年発表 (河出文庫 ふ10-1)/(『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』講談社ノベルス)

[紹介]
 作家である私のもとに、香坂誠一と名乗る男が送りつけてきた一通の速達。そこに記されていたのは、ミステリーの世界に残された最後の不可能トリック――《読者が犯人》という究極の仕掛けを成立させるアイデアを高値で買い取ってほしいという、何とも奇怪な申し出だった。興味を引かれながらも、新聞紙上に小説を連載するかたわら取材に勤しむなど多忙な日々に追われていた私だったが、香坂誠一からはさらに私小説めいた「覚書」を含む手紙が次々と届く。そんなある日、警視庁捜査一課の刑事たちが訪ねてきて……。

[感想]
 第36回メフィスト賞を受賞したデビュー作『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』を改稿・改題したもので、“読者が犯人”という大技(←注:ネタバレではありません)が仕掛けられた作品です。メフィスト賞受賞作かつ“飛び道具”というイメージとは裏腹に、文章や内容から受ける印象は堅実そのもので、“バカミス”というには“遊び”が足りない感もあります。ただそれだけに、仕掛けのとんでもなさが何ともいえないミスマッチ感覚を生み出しているのが面白いと思います。

 そもそも“読者が犯人”という仕掛けは、冒頭の香坂誠一からの手紙にも記されているように、犯人の意外性が追求された結果としての“究極の意外な犯人”(16頁/ノベルス13頁)であるはずなのですが、本書では真犯人が隠されるどころか“売り”になっているのが興味深く感じられます。実のところ、ほとんど不可能に近いほど実現が困難な仕掛けであるために、犯人の意外性よりもどうやってそれを実現するかという興味に重点が置かれているわけで、ミステリとしてのポイントがフーダニットからハウダニット*へ移行しているというべきかもしれません。

 物語は、奇妙な手紙を送りつけられた“私”の日常を中心に進んでいきますが、“飛び道具”が仕掛けられている割にはなかなか地味。しかし、総じてしっかりした文章で読ませますし、友人とのミステリ談義――特に“読者が犯人”ネタの前例に関して――や超心理学に関する実験の取材などが目を引きます。もちろん、仕掛けに対する興味が読み進める上での最大の原動力となるわけですが、前述の“どうやって実現するか”のみならず、純粋に何が起きるのか――例えば誰が被害者となるのか――まったく予断を許さないところもよくできています。

 そして肝心の仕掛けはといえば、中核となるアイデアに関して大きく好みが分かれそうではありますが、色々な意味でよく考えられているのは確かでしょう。特に、ノベルス版では(致し方ない事情で)(一応伏せ字)“本書を読んだ私自身は犯人ではない”とする余地があった(ここまで)ところが、改稿によってしっかり改善されており、この種の作品の中では最も成功しているといっていいでしょう。また、手がかりが十分に示されているとはいえないものの、仕掛けを(ある程度)示唆する伏線がしっかり配置されるなど、可能な限りフェアプレイを意識して書かれているところにも好感が持てます。

 一発ネタのインパクトに頼るのではなく、成立させるのが困難な仕掛けに正面から真面目に挑み、それを堅実にまとめてしまう筆力と構成力が光る、実に見事な意欲作。ネタがネタだけに好みの分かれるところもあるかもしれませんが、間違いなく一読の価値はあるでしょう。おすすめです。

*: もちろん、ハウダニットとはいってもその主体は“犯人”(読者)ではなく、仕掛けの考案者(作中では香坂誠一;ひいては本書の作者である深水黎一郎)ということになりますが。

2007.08.08 『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』読了
2015.01.14 『最後のトリック』読了 (2015.01.16改稿)  [深水黎一郎]