マジックミラー/有栖川有栖
まず第一の事件では、柚木新一・健一の兄弟が仕掛けたトリックであることはどう考えても明らかですが、二人がともに犯行現場から遠く離れた場所で目撃されるという状況設定がよくできています。双子の容疑者ということで、やはり“人物に関する証人の錯覚”――新一と健一の取り違え――が疑われるところですが、安直な“双子トリック”があっさり無効にされているところはさすがに周到です。
しかして、そこに“ルートの盲点”を組み合わせたトリックは、なかなかよくできていると思います。より正確には、単なる組み合わせではなく“人物に関する証人の錯覚”によってルートの“自由度”を高めて“盲点”を生み出す手法というべきで、双子の容疑者という設定が非常に巧妙な形で使われていると思います。
そして、そこまでを物語中盤に明かしておきながら、切符の指紋という形で一旦否定してみせるところが何ともいえません。加えて、空知雅也による“アリバイ講義”において、“時刻表どおり運行する既存の交通機関を使って犯人が移動する”
(340頁)や“例えば歩いて一時間かかる急峻な山道を犯人はわずか数分で下った”
(341頁)といった具合に、“ルートの盲点”において犯人の移動に言及されることで、切符という証拠物件の“ルートの盲点”が隠蔽されているところも秀逸です。
実際には、フクさん(「UNCHARTED SPACE」)がご指摘(*1)のように、乗り継ぎを繰り返すことでトリックが破綻する危険性は高まりますし、柚木兄弟にとっての“最後の砦”である切符の指紋も偶然を当てにしすぎている感はあります。もっとも、切符も含めた“ルートの盲点”が実際に使われたか否かについては、決め手となる証拠が見出しがたいようにも思われますが……(*2)。
一方、第二の事件が空知の犯行であることもほとんど見え見えで、そのために空知が高井秀司のアリバイを証明する「第六章」が、個人的には中だるみのように感じられてしまうのはさておき。空知によるアリバイトリックでも、双子の被害者という設定が実にユニークな形で使われているのが秀逸です。
柚木兄弟が二人とも殺害されているという真相自体は十分に予想できる範囲だと思いますが、双子であることを利用して被害者を――というよりも事件そのものをすり替える(*3)ことで、“犯行現場の錯誤”を生み出してアリバイを成立させるというトリックは、“アリバイもの”のイメージとはかけ離れた意外なトリックといえるのではないでしょうか。
そして、真相解明の最後の決め手となっている電気時計の日付表示もよくできていますし、空知がそれに気づく“時計の針だけが動いていたのか?”
・“いや、違うぞ。”
・“もう一つ動くものがあった。”
(375頁)という箇所は、非常にスリリングです。
謎解き役となる私立探偵の小桑もまた双子だったというのは少々やりすぎとも思えますが、それを生かした解決場面の演出はやはり鮮やかですし、冒頭の「ダイアローグ」に仕掛けられた叙述トリックにもニヤリとさせられます。
“いくらパンクチュアルにダイヤが動こうと、第一のアリバイトリックは苦しい。乗り継ぎが多ければ多いほど失敗の確率は高くなる。それに飛行機なんて切り札として頻繁に登場するほどキレイな運行時間ではない。(中略)指紋を処理するトリックは面白いのだけれど、こちらも発見されるかどうかに偶然に頼る部分(捜査における)が大きいような気がする。”(「UNCHARTED SPACE」より)。
*2: 本書において、第一の事件が犯人逮捕ではなく空知による復讐という結末を迎えているのは、このあたりの問題も作用しているのかもしれません。
*3: 付け加えれば、双子という特殊な設定に負っているとはいえ、近年の某話題作(国内作家(作家名)東野圭吾(ここまで)の長編(以下伏せ字)『容疑者Xの献身的』(ここまで))の前例ともいえるトリックになっているところに驚かされました(←恥ずかしながら、再読するまで本書の内容をすっかり忘れていたので)。
2008.11.27再読了