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まもなく電車が出現します/似鳥 鶏

2011年発表 創元推理文庫473-04(東京創元社)
「まもなく電車が出現します」

 冒頭から部室争奪戦がクローズアップされる中、電車の模型の出現という事件が争奪戦の当事者による犯行という印象を強め、それにより鉄研とも映研とも利害関係のなさそうな真犯人が隠蔽されているのがうまいところ。その分、隠された動機は(犯人が明らかになってからでさえも)直ちには見えにくいものになっていますが、明かされてみるとなるほどと思わされます。

 それだけにとどまらず、現場が“開かずの間”になったそもそもの原因まで解き明かされるのが面白いところですし、複数の犯人の存在によって真相が見えにくくなっているのも巧妙です。

「シチュー皿の底は並行宇宙に繋がるか?」

 ちょうど人参がなかったというのは少々都合がよすぎるところですが、一瞬でジャガイモとそれ以外を分離するトリックは(実演も相まって)実に鮮やかな印象を与えます。一方、最後に自分以外の皿にジャガイモを入れる段階は、(色々と理由が用意されてあるとはいえ)実際にはかなり困難だと思われますが、これはまあ許容せざるを得ない範囲でしょうか。

 調理準備室での伊神さんの“皿、耐熱容器、箸にラップ……何でもあるね。オリーブオイルまである”(82頁)という台詞が絶妙で、ジャガイモをレンジで調理する*1ために必要な道具が揃っていることを示しつつ、オリーブオイルがうまい迷彩になっています。

 ミノが、単にジャガイモが苦手なだけでなくアレルギーだというところまでは想像がつきますが、なぜそれを素直に言わずに“マジック”を演じてみせたのかが大きな謎となっています。ここで、“演者”に対する“観客”(藤巻さん)の存在に光が当てられるのが秀逸で、ミノの“男気”が際立つ真相といえるでしょう。

「頭上の惨劇にご注意下さい」

 落ちてきた植木鉢が、凶器という“手段”ではなく“目的”だったという真相は、よくできてはいるものの定番のネタともいえますし、いわば“豆知識”であることも難点といえば難点といえるでしょう。しかしその真相によって、物騒な事件の陰から何とも情けない企み*2が浮かび上がってくるのが見どころで、事件の構図の落差が何ともいえません。そして花言葉のオチも秀逸です。

「嫁と竜のどちらをとるか?」

 一見すると、いくら何でも手がかりが少なすぎるように思われますが、“旦那さん”が友人に伝えた情報そのものではなく、“友人は、旦那さんが指で示した数がいくつなのかを一発で理解している”(165頁)という“メタレベル”の情報が決定的な手がかりとなっているのがユニーク。また、“下は百五十円、上は十八万五千円”(162頁)という相場の情報がむしろ、(“範囲を絞る”方向に思考を誘導するという意味で)効果的なミスディレクションとなっているのも見逃せないところです。

「今日から彼氏」

 柳瀬さんという人がありながら――というのはさておいて(笑)、初々しい恋愛模様の間に挿入された菜々香と“誰か”の意味ありげなやり取り(197頁~198頁)によって、裏側で何事かが密かに進行していることは匂わされていますし、(何者かの)“侵入計画”の実行(236頁~238頁)で決定的となりますが、それがどのような形で表に現れてくるのかと思っていると、葉山くんによるいきなりの謎解きに不意を突かれます。

 葉山くんは本書の冒頭で、“僕はさしずめ「事件男」ということになるそうだ。つまり「いるだけで事件が寄ってくる男」である。”(11頁)と述懐しています。これに関しては、「『まもなく電車が出現します』(似鳥鶏/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館」“その謎は、確かに葉山くんが吸い寄せているという一面もありますが、葉山くんが謎、つまりは不思議を発見する能力に秀でていることの証しだと評価することもできるでしょう。”(注:下線は筆者による)との指摘が卓抜で、大いに意を同じくするところではあるのですが、それにしてもよりによってデートの最中の彼女の行動にまで事件を見出さなくても、という気もしてしまいます。ワトスン役としての業が深いというか何というか……。

 いずれにしても、何事もないかのように思えたデートの描写の中できっちりと“仕込み”を済ませている、作者の手腕は巧妙です。さらに、葉山くんの謎解きを鮮やかにひっくり返す伊神さんの謎解き――それに伴う“襲撃計画”の場面の反転――もお見事。

*1: 序盤の“煮崩れないようにジャガイモだけ準備室のレンジで加熱する”(68頁)という伏線もよくできていると思います。
*2: もちろん、気持ちはわからなくもないのですが……。

2011.09.19読了