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激走 福岡国際マラソン/鳥飼否宇

2005年発表 小学館ミステリー21(小学館)

 まず、二階堂の死の真相については、やはりミステリとして少々物足りなく感じられるのは否めません。アナフィラキシー・ショックという現象自体が昨今ではかなり一般的に知られているように思われますし、それをトリックとして使った前例もあったような気がします(思い出せませんが)。

 しかし、レース終了までに解決可能な謎としては妥当なところかとも思いますし、二階堂を(最低限)優勝争いから脱落させるという小笠原の動機を考えると、この程度の――殺害方法としては不確実な――手段が採用されたのもうなずけます。そして、二階堂の黒いユニフォームや香水など、標的となりやすい条件が整えられているところもよく考えられています。

 最大の伏線となっているのはもちろん、二階堂が高校時代に蜂に刺されたことがあるというエピソードですが、犯人である小笠原とともにそれを知っていた長田が謎解き役をつとめるという、巧妙な人物の配置が目を引きます。しかも、選手のもとにすぐに駆けつけることができる先導役であるため、蜂の羽音という重要な手がかりを耳にすることができたというのが見事です。

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 洪が視覚障害者であるというメインの真相は、かなり早い段階で読めてしまいました。

 序盤から再三登場する視覚障害者が誰なのか明示されない一方で、終盤まで上位に残っているにもかかわらず洪(岡村もそうですが)の視点での描写がない、ということをよく考えさえすれば、下手をすると序盤で真相が見えてもおかしくはないのかもしれません。しかし、あまりにも常識からかけ離れた真相であるため、想定すること自体が困難であるともいえます。

 真相に気づいた直接のきっかけは、市川の回想の中の“洪にはハンディがあるのも事実だったが、それを補って余りある強い気持ちがあった”(93頁)という文章でした。この“ハンディ”という言葉は、一見すると洪の在日韓国人という立場を指しているようにも思えますが、前後の文脈を考慮するとトレーニングにも影響が及ぶ“肉体的なハンディ”という意味合いに受け取れたので、無名の視覚障害ランナーと結びつきました。

 その後、「POINT 10」でその視覚障害ランナーが耳にした“――野口、頑張れ!”(176頁)という声援に戸惑いましたが、すぐ次の「POINT 9」で描かれている(177頁)ように、折り返した先頭集団が“T11クラスの先頭のランナー”とすれ違っているため、洪が大きく引き離しているはずの野口への声援を耳にする機会が自然な形で生じているところが巧妙です。

 もう一つ親切な伏線として、“福岡中の、いや日本中の、いやいや世界中の陸上ファンの度肝を抜くような――世界新記録”(179頁)という市川の独白が挙げられます。この時点でのタイムを考えれば、健常者としての世界新記録の樹立はほぼ不可能であり、ましてや“世界中の陸上ファンの度肝を抜くような”記録などあり得ません。しかし、視覚障害者という枠で考えれば驚くべき記録となり得ることは明らかで、ここに至って市川の目論見も見えてきます。

 このように、思いの外早い段階で真相の大部分は見えてしまったのですが、それでもその奇想天外さには圧倒されました。とりわけ、市川が身に着けていたの意味には脱帽です。

 最後まで気になったのはレースの結末ですが、市川が残り百メートルで棄権してしまったのには驚かされました。しかし、市川としてはあくまでも“洪専属のペースメーカー”(226頁)という役割を全うしたということであり、また“ふたりで北京に行くという夢”(226頁)とは“パラリンピック代表とオリンピック代表”ではなく“パラリンピック代表と伴走者”を意味しているということなのでしょう。

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 ところで、市川は棄権、岡村は転倒、そして小笠原は未必の故意とはいえ殺人容疑――となれば、北京オリンピック日本代表の座は結局谷口が射止めることになったのでしょうか。

2007.04.21読了