ミステリ&SF感想vol.145 |
2007.05.08 |
『写楽・考』 『失われた時間』 『激走 福岡国際マラソン』 『フォーチュン氏を呼べ』 『ゆらぎの森のシエラ』 |
写楽・考 蓮丈那智フィールドファイルIII 北森 鴻 | |
2005年発表 (新潮エンターテインメント倶楽部SS) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
| |
【関連】 『凶笑面』 『触身仏』 |
失われた時間 The Case of the Missing Minutes クリストファー・ブッシュ | |
1937年発表 (青柳伸子訳 論創海外ミステリ59) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『完全殺人事件』が代表作として知られる作者の“最高傑作”と評される本書は、作者が得意としていたらしいアリバイ崩しをメインとした作品です。しかし、“アリバイもの”という印象は意外に薄く、むしろ舞台としての館とその住人(及び関係者)に焦点を当てた“館もの”の性格が強いようにも思われます。
まず発端では、使用人の口から屋敷の様子が語られますが、しばしば嘘をつくらしい少女とそれを溺愛する老人、さらに夜ごと聞こえてくる悲鳴と、いかにも事件を予感させる屋敷の中の怪しげな雰囲気が伝わってきます。そして、探偵役であるトラヴァースが屋敷を訪ねたまさにその時に事件が起きるという、序盤のクライマックスがお見事。 ところがそこから先は、一転してひたすら地味な展開が続きます。このあたり、翻訳の問題もあってか少々辛い部分がなくもないのですが、それでも関係者たちの人物像がしっかりと描かれており、決して退屈させられるというわけではありません。特に、少女ジャンヌと彼女を取り巻く人々――とりわけ探偵役でもあるトラヴァース――との心の交流は、読者を物語に引き込む十分な力を備えています。 事件の謎解きの方はかなり型破りというか、フーダニットにあまり重きが置かれていないのが異色。本来ならば重要であるはずの真犯人が、“何となく”という感じで明らかにされているところはいかがなものかとも思いますが、あくまでも“十分間の謎”を眼目とする作者の狙いを考えると、これで正解というべきかもしれません(物語の展開上、そういう風になってしまうことも理解できますし)。 その“十分間の謎”は、なかなかユニークです。ささやかな現象であるだけにその不思議さが際立っているというか、時間が短すぎるので犯人のアリバイ工作とも考えにくく、ただ狐につままれたような奇妙な感覚だけが残りますし、物語の終わりぎりぎりまで引っ張っておいて最後にそっと真相を示すという演出が、それまでかかっていた魔法が静かに解けたかのような雰囲気を生み出しているところも印象的です。この余韻に満ちた結末へとつながる伏線がまた巧妙で、地味ながらよくできた佳作といえるのではないでしょうか。 2007.04.21読了 [クリストファー・ブッシュ] |
激走 福岡国際マラソン 42.195キロの謎 鳥飼否宇 | |
2005年発表 (小学館ミステリー21) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 「POINT 42.195」に始まって「POINT 0」で終わる章題からも明らかなように、本書は丸ごと一冊かけてマラソンレースのスタート直前からゴールまでを描いた作品であり、レースの中で謎が提示されて解き明かされるマラソンミステリとなっています。
マラソンといえば、自分自身若い頃に走った経験もある(*)のですが、客観的に観戦する際の面白さがさっぱりわからないというのが正直なところで、テレビ中継を見ることもまったくありません。しかし本書では、客観視点ではなく多視点で、走っている選手たち自身をはじめとする登場人物たちのレース中の心理を克明に描くことで、興味深い物語を作り上げることに成功しています。特に、物語が単調にならないよう、現在進行中のレースに関する思考だけでなく過去の回想が多く盛り込まれているところが目を引きますし、回想のきっかけ(となる状況)が巧妙に配置されているところも見逃せません。 ミステリらしい謎としては、レース中盤に“アクシデント”が用意されていますが、残念ながらこれ自体はさほどのものではありません(前例もあったような気がします)。ただし、マラソンレースそのものに重点が置かれた構成のため、レース終了までの短時間で解決可能な謎でなければならない点は考慮すべきでしょう。そして、伏線や謎解き役など、細部はよく考えられていると思います。 中盤の“アクシデント”以上に作者が力を注ぎ、また読者の興味を引くのは、ゴール直前までまったく予断を許さないレース展開そのものであり、さらにその裏に見え隠れする主人公・市川をはじめとする選手たちの思惑です。そして、その核心となる真相はあまりにも奇想天外。実際のところは、親切すぎる(?)伏線によって、作中で明かされるよりもかなり早い段階で大部分が読めたのですが、それでも作者の企み――そしてそれを支える工夫――には圧倒されました。 レース終盤の展開は、少々あざとく感じられる部分もなくはないとはいえ、やはり痛快にしてドラマティック。結末そのものもさることながら、42.195キロというマラソンならではの長丁場がじっくりと描かれ、選手たちに感情移入しやすくなっていることが、ラストの感動をより強いものにしているところが見逃せません。あまりにもそのまんまな題名のせいで損をしている感もありますが、マラソンはおろか、スポーツをテーマとしたミステリの中にあってもなかなかの傑作だと思います。
*: 特に長距離走のトレーニングをして臨んだわけではなく、あくまでも完走する(途中棄権しない)のが目標で、記録も最高で4時間を切るのがやっとでした。
2007.04.21読了 [鳥飼否宇] |
フォーチュン氏を呼べ Call Mr. Fortune H.C.ベイリー | |
1920年発表 (文月なな訳 論創海外ミステリ49) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
|
ゆらぎの森のシエラ 菅 浩江 |
1989年発表 (創元SF文庫724-01) |
[紹介] [感想] 菅浩江の第一長編で、山田正紀氏が解説で
“ファンタジーからSFに、SFからファンタジーに揺らぎつづけて決してとまろうとはしない”と表現しているように、異世界風ファンタジーとバイオSFという“二つの顔”を併せ持つ作品です。 異世界風の舞台を彩るのは様々な怪物=“キメラ”たちであり、異なる生物の形質が融合した結果として描き出される“混沌”は、やはり悪夢のようではあります。が、時としてそれが美しさのようなものを感じさせるあたりは、作者の持ち味といえるのかもしれません。このような、美醜の入り混じったイメージの奔流が、本書の大きな魅力の一つとなっています。 大森望氏は本書に“仮面ライダー”のモチーフを見て取った(嵐山薫さん(「嵐の館」)による本書の感想を参照)ようですが、これは確かに慧眼というべきで、特に物語序盤の主人公・金目の姿には、心ならずも“怪物”に改造されてしまった人間の苦しみと“創造主”への怒りがあふれています。しかしそれが、もう一人の主人公・シエラの存在によって少しずつ変容していくところに、本書の奥深さがうかがえます。 当初こそ絶対的な“善”と“悪”との戦いという様相を呈するものの、物語は次第に“善悪”という概念から離れ(完全に無縁となるわけではありませんが)、宿命的な“対立”のみがクローズアップされていきます(余談ですが、このあたりは奇しくも解説の山田正紀好みのような……)。世界の命運を決するほどでありながらあくまでも“個”に焦点が当てられ、人間を超越した“神々の戦い(私闘)”を思わせるあたりがファンタジー風の印象を与えているようにも思われます。 特に地の文がやたらに説明的なところなど、第一長編だけに荒削りなところは見受けられますが、非常に魅力的な作品であることは間違いありません。 2007.04.25読了 [菅 浩江] |
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト/作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.145 |