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百万のマルコ/柳 広司

2007年発表 創元推理文庫463-04(東京創元社)

 一部の作品のみ。

「百万のマルコ」
 囚人たちが、マルコが語らなかった部分を深読みして外しているのに対して、マルコの示す解決はロジカル。助けられたマルコが手にしていたのは筏だけだったのですから。

「賭博に負けなし」
 走る順序の入れ替えによって、どこかじゃんけんの後出しを思わせる必勝の組み合わせ(一つは負けますが)になっているのが面白いところです。

「色は匂へど」
 マルコは堂々と“光と闇は、それぞれ〈シロ〉〈クロ〉と呼ばれている”(62頁)と説明しているのですが、それが片仮名で表記されているために、オチが見えにくくなっているのが秀逸。

 しかしながら、言語の問題をよく考えてみると、かなり無理のある話だといわざるを得ません。
 この作品は、当然ながら一貫して日本語で書かれています。しかし、作中でのマルコと他の囚人たちの会話は実際にはイタリア語で行われていると考えられますし、マルコが砂の上に書いた“いろは四十七文字”はもちろん〈常闇の国〉の言葉を表記するための表音文字です。つまり、作中の“現実”ではイタリア語と〈常闇の国〉の言葉が混在していることになります。
 それを踏まえて以下の部分をみてみると、大きな問題が浮かび上がってきます。
 若者たちは競うようにしてマルコに詰め寄り、彼がさっき砂の上に書いた文字を眺めやった。
「やはり分かりませんね」ヴェロッキオが言った。「光と闇。この二つの文字の、いったいどこが紛らわしいのです?」
 (中略)
 (前略)「そう言えば、たしかマルコさんは初めに、〈常闇の国〉では光と闇を別の言葉で表すと言っていたはず……」
「白と黒」
「それだって全然違う」
 (中略)
 地面には、ミミズがのたくったような線で、次のような二組の文字が並べて書いてあった。
「しろ」
「くろ」
(73頁〜74頁)
 いうまでもありませんが、〈常闇の国〉では“光”と“闇”を文字でどのように表記するか、が最後のオチになっています。ということは、“光”と“闇”を〈常闇の国〉の言葉で何というかを検討しなければ謎が解けないのは明白です。にもかかわらず、囚人たちはあくまでもイタリア語で考え続けている節があります。
 まず、上に引用した“白と黒”という台詞が〈常闇の国〉の言葉(“しろ”と“くろ”)を念頭に置いたものだとすれば、文字を眺めていながら全然違うという発言が出てくるはずがなく、むしろこの時点で(囚人たちにとっては)オチとなるのが自然でしょう。したがって、この台詞の中の“白”と“黒”は、イタリア語の“bianco”と“nero”だと考えられます。
 また、“光と闇は、それぞれ〈シロ〉〈クロ〉と呼ばれている”(62頁)というマルコの言葉が、“(イタリア語の)光と闇は、(〈常闇の国〉では)それぞれ〈シロ〉〈クロ〉という(発音の)言葉になる”という趣旨だと解釈する限り、ヴェロッキオはやはりイタリア語の“luce”(光)と“oscurita”(闇)を比べていることになります。
 もっとも、“たしかマルコさんは初めに、〈常闇の国〉では光と闇を別の言葉で表すと言っていたはず”という台詞に対して即座に“白と黒”が出てくるところをみると、マルコの言葉が“(イタリア語の)光と闇は、(〈常闇の国〉では)それぞれ〈シロ〉〈クロ〉という(意味の)言葉になる”という趣旨、すなわちここの“〈シロ〉〈クロ〉”がイタリア語だったという可能性もあるのですが、その場合には囚人たちは〈常闇の国〉の言葉を知らされていないことになり、絶対に謎が解けるはずがありません。
 結局のところ、言葉(単語)には意味・発音・表記の三つの要素があるわけで、イタリア語と意味の共通する〈常闇の国〉の言葉の表記(発音)が焦点であるにもかかわらず、すべてが日本語でまとめられているために比較検討すべき要素が混乱している点に問題があるのだと思われます。

「山の老人」
 最終的にはおなじみの“嘘つきのパラドックス”の変形ですが、“わしが考えていることを言い当てることができたら”(98頁)という風に、“真/偽”ではなく“正解/不正解”という形で表現されているため、一見すると本質がわかりにくくなっているように思います。

「半分の半分」
 ヴェロッキオがいうところの“二律背反命題”(127頁)を、どこか叙述トリックにも通じるようなダブルミーニングで解決したマルコに脱帽。視点/視線の違いが巧みに利用されているところに注目です。

「掟」
 “酒を禁じる”という掟があいまいなところが少々気になります。飲むだけでなく所持も禁じる掟なのかと(勝手に)思い込み、すべての酒を水に変えるという“大魔術”を期待してしまったので、マルコの解決はよくできてはいると思うものの、やや拍子抜けでした。

「雲の南」
 饅頭の選び方の謎も面白いと思いますが、謎を解いたら殺されるという理由が非常に秀逸です。そして、“真に賢い者の霊は留まらない”(219頁)という大ハーンの言葉が印象的。

「騙りは牢を破る」
 てっきりマルコが囚人たちを牢から連れ出すと思っていたのですが、思わぬ展開に完全に意表を突かれました。しかしルスティケロが独白しているように、“騙りは牢を破る”というタイトルにふさわしいのはこちらの結末の方でしょうか。
 本来のマルコの“解決”であるもう一つの結末については、序盤の伏線がうまく生かされているところが見逃せません。

2007.03.26読了

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