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メルカトルかく語りき/麻耶雄嵩

2011年発表 講談社ノベルス(講談社)

 本書に収録されたそれぞれの作品において、“銘探偵”メルカトル鮎が指摘する犯人は、以下の通り。

  • 「死人を起こす」では、犯人は不明
  • 「九州旅行」では、最後に登場する犯人が誰なのか不明
  • 「収束」では、犯人は三人のうち誰なのか不定
  • 「答えのない絵本」では、犯人は不在
  • 「密室荘」では、犯人は指摘されない

 というわけで本書は、ミステリの基本であり王道である“誰が犯人なのか?”――フーダニットに完全に背を向けた、いわば“アンチフーダニット”の趣向で統一された作品集となっています。“確実に他殺であるにもかかわらず、犯人が特定されない”、という作品ばかりを集めたミステリ短編集はおそらく空前絶後*1で、カバー折り返しの“メルカトルは不可謬ですので、彼の解決も当然無謬です。”という作者の言葉も、ミスディレクションの一種ではないかとさえ思えます。

 それでいて、謎解きが完全に放棄された「密室荘」は別として、他の作品ではそれぞれに――もちろん犯人が特定されない点を除いて――謎解きに力が注がれているのがすごいところで、特に「答えのない絵本」は“極限に挑んだ”といっても過言ではないでしょう。結果として、本書以降はもはや“犯人が特定されない”趣向のミステリを書く余地はほとんど残されていない――本書より“先”へは進めず、本書より“手前”では面白味に欠けるという意味で――といっていいのではないでしょうか。

*
「死人を起こす」
 生野の死があっさり事故死だと断定されたのは少々意外でしたが、“蝶嫌い”というあまりにも意表を突いた真相には唖然。しかし、それが数々の伏線によって支えられているところは、なかなかよくできています。

 一方、現在の事件では、竹田の証言の中から方角の錯誤を掘り起こし、“桜の部屋”の引き戸が開いていたことを導き出す推理にもアクロバティックなものが感じられますが、引き戸が開いていた理由が生野の死の真相と重なってくるところに脱帽。より正確にいえば、それ単独では贔屓目に見ても著しく説得力に欠ける解決を通用させるのに、(犯人と同じく)度を越した“蝶嫌い”であった生野の存在が不可欠となっているわけで、非常に面白い構図といえるのではないでしょうか。

 途中で入手した死者の靴をも利用して解決の説得力を高めようとするメルカトルはさすがですが、しかしそもそも“死人を起こす”という題名そのままの解決は、現実問題としてどうなのか(苦笑)

「九州旅行」
 一見すると何の面白味(?)もなさそうな殺人現場の、ただ一つの小さな謎――キャップがついたままのマジックから、どのような仮説を引き出すことができるのか……といった話かと思いきや、いきなりトリック中心の展開に移行するところが何ともいえません。

 ダイイングメッセージを使ったアリバイトリックそのものもなかなか面白いと思いますが、トリックの実行途中というタイミングがまた絶妙で、それを巧みに利用したメルカトルの悪意も印象に残ります。さらに何といっても、結末の対面が最高です。

「収束」
 犯人が“宗主”の死体を移動した理由は少々弱いと思いますが、より合理的な理由はまったく思い当たらないので受け入れざるを得ないといったところ。それに比べると、鐘が下ろされていた理由やアッシリアの本の使用目的には説得力が感じられます。

 それらが犯人の計画を見抜くための手がかりとなり、そこから“宗主”の死体の喉の奥から発見された毛髪が偽の手がかりであることが導き出されているのが見事。さらにその、“ダミーの犯人”に罪をかぶせるための偽の手がかりが、“ダミーの犯人”――予定された被害者を、ひいては犯人を(ある程度)特定するための手がかりの一つとしても機能しているのも見逃せないところですし、全体がドミノ倒しのようになった謎解きも面白いところです。

 そしてもちろん、物語全体の構成――見せ方が秀逸。冒頭で描かれた三つの犯行は正直意味がよくわからず、“カテジナ書”による復活……とはさすがに考えませんでしたが、“収束”という題名や“連続射殺事件”(102頁)という表現がミスディレクションとなり、マルチエンディングという真相には驚かされました。さらにこれらが冒頭に置かれていることで、犯人が“三人の中の一人”というメルカトルの解決が補強されているところも巧妙です。

「答えのない絵本」
 まず、推理の前提となる手がかり(とその解釈)がしっかり作り込まれているところが、地味ながらよくできています。例えば、被害者が殺された時にタバコを吸っていたこと(177頁〜178頁)から“被害者が起きていた(アニメを見ていた)”ことが導き出され、また被害者の五つ目の傷痕――“左側頭部の耳の上を水平に殴られている”(174頁)傷痕が“被害者が死んだ後に理科室へ通じるドアが開閉された”ことを具体的に裏付けているあたりなど、よく考えられていると思います。

 メルカトルによる怒濤の推理はまさに圧巻で、20人の生徒が次から次へと“消去”されていく様は見ごたえがありますが、最終的に一人も残らない――犯人の不在という結論にはやはり困惑。しかしながら、“論理的に容疑者を消去していって誰も残らない”というのは何かしら前例があったような気がする*2ものの、少なくともここまでのロジックを積み重ねた作品は皆無でしょうし、さらに偽の証言の可能性まできっちりと否定している――いわゆる“後期クイーン問題”*3への一つの回答ともいえます――という徹底的な姿勢には、脱帽せざるを得ないところです。

 とはいえ、事件が他殺であることは明らかで、四階への人の出入りがなかったことを前提とすれば、やはり20人の生徒の中に犯人がいると考えるよりほかありません。しかし一方で、メルカトルによる解決の“無謬”は、作者の言葉によって保証されていると考えるべきでしょう。とすれば唯一想定できる落としどころは、メルカトルが披露した解決が(前の3篇と同じように)未完成だった、ということになるのではないでしょうか。

[メルカトルによる解決の手順]
 条件根拠結果
四度の放送があった間、
ずっと一組と二組にいた生徒は除外
被害者が廊下を通らなかったことを確認できた → 浅間・稲葉・宇和・甲斐・紀伊・草津が除外される
最初の二回の放送時に、
二組と四組にいた生徒は除外
スクリーンセイバーが起動していた
 → 犯行は三度目の放送より前
 → 玄海・児玉・谷川・鳥海・出羽が除外される
二度目の放送時に、
三組にいなかった生徒は除外
被害者はアニメを見ていた
 → 犯行は二度目の放送の後
 → 越前・水郷・瀬戸・宗谷・翼が除外される
四時三〇分から四時四〇分に
アリバイがある生徒は除外
犯行は四時三〇分から四時四〇分の間 → 佐倉・土岐が除外される
一度目と二度目の放送を
両方聞いた生徒は除外
被害者が居眠りをしていると考えるはず → 鳳・信濃が除外される

 メルカトルが容疑者を次々と消去していった手順は、おおむね上の表のようになっていますが、それぞれの条件は十分に納得できるもので、ほとんど付け入る隙はないように思います。唯一、条件5の根拠が他に比べて若干弱く感じられますが、常識的には“アニメを見るために呼び出しに応じなかった”というよりも蓋然性が高いでしょうし、鳳明日香と信濃瑞穂がいる場面での生徒たちの結論も、被害者が居眠りをしていたということに落ち着いている(155頁〜156頁)わけで、それをまったく無視して“被害者が二度目の放送で理科準備室を離れた”と判断するとは考えにくいものがあります――被害者が居眠りせずにアニメを見ていたことを、実際に確認した場合を除けば。

 つまり、上の条件5の例外として、“ただし、被害者がアニメを見ていたことを確認する機会があった生徒は除外されない”という条件を付け加えれば、一旦は除外された最後の二人のうち、四時二〇分から四時三〇分にアリバイがない鳳明日香が“復活”可能となります。これならば、“メルカトルの解決は無謬、ただし未完成だったために犯人が特定されなかった”といっていいように思いますが、いかがでしょうか。

 経緯としては、一組で最初の放送を聞いた鳳が機をうかがっていたものの、一向に被害者が廊下を通って職員室に向かわないため、理科準備室の様子を見にいったということが考えられます。そこでテレビの音を耳にした鳳は、まさかケーブルが断線したとは夢にも思わず、“アニメを見るために呼び出しに応じなかった”と判断して一旦退却したのでしょう。そして三組に移動した――ここがやや不自然*4ではありますが――後、二度目の放送を受けて理科室に戻り、テレビの音が聞こえないので“被害者が職員室に向かった”と判断して侵入を試みた、ということではないかと思われます。

 メルカトルが解決の最後の部分を(おそらく)伏せた理由は、もちろん依頼人である“鳳の関係者”のことを考慮したのでしょうが、同時にもう一人の依頼人である“信濃の関係者”への対策もあるように思われます。つまり、信濃を鳳と完全に同じ立場に置くことで、二人の依頼人に均等な弱みを持たせ、事件の決着を思い通りに運ぼうとしたのではないでしょうか――これでうまいこと丸く収まるのかどうかはわかりませんが……。

「密室荘」
 冒頭の“セメント”(201頁)で、事件の様相とメルカトルによる“解決”の見当がついてしまったのが難しいところで(苦笑)、あとは途中の展開を楽しむしかなかったのですが、メルカトルと美袋であれば、まあこういう風になりますよね*5
 それはさておき、“不可謬”のメルカトルが謎解きを放棄していることを素直に受け取れば、犯人はメルカトル自身ということになりそうですが……メルカトルと美袋のどちらが犯人としても、普段と比べるとやや弱気ともいえるメルカトルの態度がらしくないのが気になるところで、私が思っていたほど“鬼畜”ではなかったということかもしれません。

* * *

*1: ほぼ全篇が“他殺と見せかけて、犯人が存在しない”という作品ならありますが。
*2: すぐに思い出せたところでは、アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』の“アレ”がやや近いですが……。
*3: “探偵に与えられた手がかりが完全で全て揃っている、あるいはその中に偽の手がかりが混ざっていないという保証ができない、つまり、「探偵の知らない情報が存在することを探偵は察知できない」”「後期クイーン的問題 - Wikipedia」より)
*4: 引き続き廊下を監視できるのみならず、稲葉らの様子でアニメの終わりを確認できることもあり、一組に戻る方がメリットが大きいように思われます。ただ、同じ教室への出入りを繰り返して誰かに見とがめられるのを避けた、ということもあるかもしれません。
*5: 別のキャラクターを使った二丁さんによるパロディ「麻耶雄嵩を読んだ男 密室荘」も、ぜひ併せてお読みになってみて下さい。

2011.05.12読了

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