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九つの殺人メルヘン/鯨統一郎

2001年発表 光文社文庫 く10-2(光文社)

 まず、本書でアリバイトリックの下敷きとされている、有栖川有栖『マジックミラー』「第七章 アリバイ講義」における分類を以下に示しておきます。

1. 証人に悪意がある場合
2. 証人が錯覚をしている場合 (a.時間、b.場所、c.人物)
3. 犯行現場に錯誤がある場合
4. 証拠物件が偽造されている場合
5. 犯行推定時間に錯誤がある場合 (a.実際よりも早く偽装、b.実際よりも遅く偽装/A.医学的トリック、B.非医学的トリック)
6. ルートに盲点がある場合
7. 遠隔殺人 (a.機械的トリック、b.心理的トリック)
8. 誘導自殺
9. アリバイがない場合
「ヘンゼルとグレーテルの秘密」

 作中でマスターが口にしているように、“5. 犯行推定時間に錯誤がある場合”に該当します。犯行推定時間を丸一日ずらすという豪快なトリックですが、死体が丸焦げにされているのが巧妙なところですし、それが「ヘンゼルとグレーテル」に無理なくつながっているところもよくできています。

 読者にとっては、「ヘンゼルとグレーテル」がお題になっている時点で“兄と妹”が犯人であることは見え見えですが、アドレス帳が持ち去られていたことで畑山と五十川の容疑が否定されるあたりはまずまず。

「赤ずきんの秘密」

 “2. 証人が錯覚をしている場合”に該当しますが、被害者の一人・森戸いずみによる、某国内作家の有名なデビュー長編*1ばりの凄まじい錯覚が目を引きます。森戸キンの顔にかけられた赤ワインという意味不明な“装飾”が、その錯覚につながる手がかりとなっているところも面白いと思います。

 そして森戸いずみ自身が第二の被害者となったために捜査陣が“錯覚”を確認できないこと、さらにもう一人の証人・三田村の“錯覚”――どの電話にかけたか忘れていること――が組み込まれていることなど、よく考えられていると思います。

「ブレーメンの音楽隊の秘密」

 “7. 遠隔殺人”に該当します。ロウソクに睡眠剤を仕込むというトリックは某海外の古典*2に通じるところがありますし、ファックスを使ったトリックにも前例があったような気がしますが……。

「シンデレラの秘密」

 “3. 犯行現場に錯誤がある場合”に該当します。トラックの幌(屋根)による死体の移動は既視感のあるトリックですが、“転落”が目撃されたことによる犯行現場の“移動”はなかなかよくできていると思います。犯行現場の錯誤だけでなく、“犯行推定時間に錯誤がある場合”にも該当するところを見逃すべきではないでしょう。

 「シンデレラ」の象徴ともいえる“靴がない”及び“灰かぶり”という状況がうまく生かされていますし、“せこい灰皿”という手がかりは何ともいえません。

「白雪姫の秘密」

 “6. ルートに盲点がある場合”に該当します。“ルートの盲点”といえばやはり交通機関の乗り継ぎをイメージしがちですが、『マジックミラー』の“アリバイ講義”でも“想定外のルートにより移動時間が短縮できる場合”全般として分類されています*3

 救急車によるアリバイトリックはそれこそミステリクイズレベルの陳腐なものですが、救急車の後について行ったという一応のひねりが加えられているのが救いでしょうか。

「長靴をはいた猫の秘密」

 “4. 証拠物件が偽造されている場合”に該当します。『マジックミラー』の“アリバイ講義”には“本格ミステリとしてのアリバイものの中の、そのまた一ジャンルである写真トリックというのがこれの典型です。”(講談社文庫『新装版 マジックミラー』337頁)という例示があり、この作品のように写真そのものではなく撮影対象が偽装されているものもそこに含まれるといっていいでしょう。

 いずれにせよ、写真が持ち出された時点で(『マジックミラー』の“アリバイ講義”によらずとも)それが偽装されたものであることは見え見えではありますが、時計に短針を足すというシンプルな手段はよくできていると思います。

「いばら姫の秘密」

 “8. 誘導自殺”に該当します。“誘導自殺”は被害者の性格や感情を利用したトリックであるため、この作品のように短編でなおかつ事件の概略が伝聞となる形では、人物描写が不足して説得力を欠いたものになりがちなところだと思いますが、メルヘンとの重ねあわせによって何となく丸め込まれているような感がなきにしもあらず(苦笑)

「狼と七匹の子ヤギの秘密」

 “1. 証人に悪意がある場合”……ですが、証人となる子供たちに悪意があるわけではないため、“証人が意図的に嘘をついている場合”とした方が適切でしょう。トリックには子供たち(証人)が本谷雅和を月居あずみ(の霊)だと錯覚する部分も含まれていますが、アリバイそのものは錯覚ではなく嘘によって成立しています。

 証人が幼稚園児である上に墓地という場所を考えれば、“被害者の”を当てにしたトリックにもそれなりの説得力があるといっていいでしょう。

「小人の靴屋の秘密」

 “9. アリバイがない場合”に該当する……はずですが、『マジックミラー』の“アリバイ講義”で想定されている作例を読んでいないので具体的なトリックがよくわからず、今ひとつピンとこないところがあります。とはいえ、“犯人が訴えるアリバイというのが、実はアリバイでも何でもないのです。(中略)もともとアリバイとは言えないようなものを、読者がアリバイと思い込むだけ”(講談社文庫『新装版 マジックミラー』344頁)という説明を読む限りでは、確かに当てはまっているようにも思えます。というのは、工藤が主張している“アリバイ”が、桜川東子が店にいる間以外に情報交換の機会がないという誤った前提に基づくものだからで、実質的にアリバイになっていないのは間違いありません。

 (ありがちといえばありがちですが)シリーズキャラクターが犯人という意外性もさることながら、マスターが毎回酔いつぶれるという“お約束”を逆手に取った真相もよくできていますし、マジックミラーという小道具が使われているのも印象的です。

 本書の結末はシリーズの終了を暗示するとも受け取れるものになっていますが、その後無事に(?)『浦島太郎の真相 恐ろしい八つの昔話』という続編が発表されているようです。

*1: いうまでもなく、“××を目にしながら認識できなかった”という(以下伏せ字)京極夏彦『姑獲鳥の夏』(ここまで)です。
*2: (作家名)オースティン・フリーマン(ここまで)(作品名)『証拠は眠る』(ここまで)
*3: “例えば歩いて一時間かかる急峻な山道を、犯人はわずか数分で下った。実は断崖の上からパラシュートで飛び降りたのだ、というトリックがあったとします。私はこれも『ルートの盲点』と称したいと考えます。”(講談社文庫『新装版 マジックミラー』341頁)

2008.11.07読了