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マイナス・ゼロ/広瀬 正

1970年発表 集英社文庫 ひ2-1(集英社)

 本書のラストでは、伊沢啓子=小田切美子が自身と浜田俊夫の間に生まれた娘だったという真相が示されています。単為生殖でない限り、母親と娘が遺伝的に完全に同一*になることは実質的にあり得ないのですが、完全に“環を閉じる”ためには不可欠といえるかもしれません。

 ただ、類似のアイデアを扱ったロバート・A・ハインラインの作品では登場人物が意図的に“環を閉じて”いるのに対して、本書で伊沢啓子=小田切美子と浜田俊夫の娘が“伊沢啓子”となった――赤ん坊が昭和三年に産まれることになった――のが、伊沢啓子の偶発的な行動の結果にすぎないという点が、歴史の自己収斂作用ととらえるにはあまりに脆弱に感じられるのが難点です。

 つまり、ハインラインの作品で“環”を補強している“フィードバック”が本書には欠けているため、些細な改変で“環”、すなわち伊沢啓子=小田切美子が存在しなくなる可能性が高いように思えてしまうのですが……。

*: 遺伝子のみならずすべての塩基配列が。

2008.08.23読了