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戻り川心中/連城三紀彦

1980年発表 講談社文庫 れ1-1(講談社)

 本書に収録された5篇はいずれもホワイダニットとして優れた作品となっています。特に、「藤の香」以外の4篇で、単なる手段としての殺人(や心中)が扱われているのに脱帽です。また、説得力を高めてその真相を成立させるために、(時代や舞台の設定も含めた)伏線が非常に充実しているところも見逃せないでしょう。

 一方、本書の5篇に共通する特徴として、いずれも他者の視線を意識した事件だということが挙げられます。例えば、「藤の香」の“顔のない死体”は被害者の身内の女たちの目を意識したものですし、「桐の柩」は人々の目を棺桶からそらすためのものです。さらに「桔梗の宿」「白蓮の寺」「戻り川心中」に至っては、(いわゆる“劇場型犯罪”とは違いますが)最初から“見せる”ための事件となっているのです。この点は、本書のユニークな特色といえるのではないでしょうか。

「藤の香」
 “代書屋”という立場が犯行を可能にしているところが秀逸です。
 余命いくばくもない人物による“善行としての殺人”という真相は、A.バークリー『試行錯誤』を思い起こさせますが、まったく対照的な雰囲気となっているのが興味深いところです。

「桔梗の宿」
 愛する人との再会を果たすために殺人を犯す――このネタには前例もあるようですし、後の作品でも(以下一部伏せ字)某新人賞候補作(城平京『名探偵に薔薇を』)や法月綸太郎の「黒衣の家」など(ここまで)で使われています。が、かの「八百屋お七」が原型だとはまったく気づきませんでした。そう考えると、このネタそのものはもはやパブリックドメインに近いものといえるのかもしれません。
 この作品では、鈴絵の不自由な境遇が動機をより切実なものにしていること、そして福村の自殺願望が鈴絵の犯行を後押ししたであろうことも、注目すべきところだと思います。

「桐の柩」
 棺桶と死体の問題、つまり価値の逆転というトリックは、面白いとは思いますがミステリではしばしばみられるものだと思います。その意味で、本書の中では比較的わかりやすいといえるのではないでしょうか。むしろ、小指の“処分”の方にうならされました。

「白蓮の寺」
 母が殺したのは誰なのか、という謎が中心になると思いきや、まったく予想外のアイデンティティ・クライシスになっていく展開が見事です。
 母の生い立ちの説明の中に、その思いきった行動につながる伏線、すなわち幼い頃に遭遇した“死”の記憶が描かれているところがよくできています。そして、最後に明らかになる、母が花を埋めた理由が、何ともいえない余韻を残しています。

「戻り川心中」
 岳葉のトリックに完全に騙されていたので、“菖蒲心中の歌自体が既に童謡殺人だったのだ”(263頁)という一文は非常に衝撃的でした。しかもこの童謡殺人(見立て殺人)が、心中→歌集という順序を裏付ける、いわば二つの歌集のアリバイ工作となっているところが。
 作中で“私”も一度はミスリードされているように、ダミーの真相につながる手がかりまでが歌集の中に配置されているところが巧妙です。

2005.04.04読了

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