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  4. 模像殺人事件

模像殺人事件/佐々木俊介

2004年発表 (東京創元社)

 まず、大川戸孝平の手記を含む「第一章」では病床にある進藤啓作の旧友が“T”と表記され、手記の内容の検討が始まった「第二章」において“津田知也”(144頁)であることがさりげなく明かされるという演出が巧妙で、手記の不可解な点が一つはっきりした形をとるとともに、手記が“そこにある”理由が腑に落ちるというカタルシスを生じています。

 そして“ミカ”(津田未夏)からの葉書と飯塚吾朗からの携帯メール*1によって、津田知也が“二人がどのように手記の事件に関わっているのか”という疑問を抱いた結果、“誰が殺したか? いかに殺したか? 俺が考えるに、問題はそんなところにはない”(31頁)“その屋敷でいったい何が起ったのか?”(32頁)という設問に至るのは納得できるところです。

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 その“何が起こったのか?”の核心部分として用意されている真相が、木乃家の一家五人〈木乃光明・雅代・秋人・美津留・佐衣〉がそれぞれ〈木乃茂樹・峯子・圭介・?・津田未夏〉にすり替わっていたという、一家全員の入れ替わりです。が、その真相そのものよりも*2興味深いのが、人物入れ替わりトリックを読者に疑わせないよう徹底して隠蔽するのではなく、むしろ一部の人物について入れ替わりを積極的に明示/暗示している点です。

 “木乃光明”の妻が雅代ではなく別人(峯子)だということは手記の中で明かされていますし、二人の“包帯男”という形で〈秋人―圭介〉の入れ替わりの可能性が露骨に示唆されているのはもちろんのこと、「序章 三」の“包帯男”が“ブルゾンの男”を襲って鞄の中身を奪う場面を念頭に置けば――作中で手がかりとされている、“第一の包帯男”が“母親”が別人だということに気づかなかったという事実を待たずとも――“第一の包帯男”が秋人でないことはほぼ確実といえます。

 このように、“一家五人”のうち二人までが早い段階で別人だと明示/暗示されていることになるわけですが、そこに読者の注意を引きつけることこそが作者の狙いではないかと考えられます。つまり、五人全員の入れ替わりを隠蔽しようとするのではなく、そのうち二人をいわば“スケープゴート”にすることで残りの三人の入れ替わりを見えにくくする、というのが本書の仕掛けの本質だといえるのではないでしょうか。

 そもそも、二人の“秋人”による真贋争いを発端としておきながら、真贋を判定する側が偽者だったというのは人を食ったような真相としかいいようのないところ。“ミイラ取りがミイラになる戦法(中略)呪詛を吐く血まみれのミイラ”(150頁)というメールを送ってきた飯塚吾朗を二人の“包帯男”に絡めてあるのも、あるいは「序章 一」で雅代の死を示すことで(作中の寺井睦夫と同じような)“木乃光明”の妻に対する不審を読者に一旦抱かせているのも、いずれも謎の所在を誤認させて残りの三人から読者の目をそらす企みの一環だと考えるべきでしょう。

 そして、全員の入れ替わりという真相によって、手記に記された殺人事件の意味がまったく違ったものになるのが秀逸。寺井睦夫の自殺が偽装であることはさすがに見え見えですが、それでもその理由として想定できるのはせいぜい“第二の包帯男”を殺した“犯人”に仕立て上げるといったところで、あくまでも“第二の包帯男”殺害が主で寺井睦夫殺しは従という図式にとどまります。しかし実際には、木乃美津留の顔を見知っている寺井睦夫の殺害こそが主たる目的であり、それを隠蔽するために“第二の包帯男”(“木乃圭介”→実際には木乃秋人)の死体がわざわざ出現させられた*3という構図の逆転が見事です。

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 殺人事件が“木乃光明”・“美津留”・“佐衣”の共犯であるというのはともかく、全員の入れ替わりまでを見抜くには若干手がかりが不足しているようにも思われます。「序章 一」の最後に暗示されている“秋人”ではない人物の帰還*4や、「序章 二」で“佐衣”が寺井睦夫に渡した葉書の文面*5など、虚心坦懐に眺めれば入れ替わりをうかがわせるといえなくもない部分もありますが、やはり“美津留”の存在がネック。とはいえ、一人足りない(176頁)との呟きから始まる流れ、さらに“未夏ちゃんはたった一人で逃げたのだろうか”(178頁)という問いかけから、進藤啓作の思考(推理)を推測することで真相に思い至るのは、決して不可能ではないでしょう。

*1: 手紙や葉書では頻繁には報告できず、電話連絡(会話)では進藤啓作への情報伝達に難があるので、本書のような状況では携帯メールが最適だと考えられます。そのあたりが、本書をあえて現代の物語としてある理由の一つかもしれません。
*2: “一家全員が偽者だった”というネタには、山田正紀の某作品や宮部みゆきの某作品(こちらは早い段階で明らかにされているようですが)など、似たところのある前例があったかと思います。
*3: 表面的には“第二の包帯男”はすでに逃亡したことになっているのですから、その殺害が目的であれば(飯塚吾朗と同じように)こっそり死体を始末すればすむ話で、わざわざ死体を出現させる意味はありません。
*4: 雅代の死が二年前であることから、訪れた人物が“秋人”であるはずはありません。
*5: 状況と葉書の文面だけをみれば、“ミカ=差出人”と解釈するのが自然でしょう。ただし、寺井睦夫が葉書に目を通す(読者が葉書の文面を知る)前に“美津留”が“佐衣”と名前を呼んでいるために、寺井睦夫も読者も少女が“木乃佐衣”だと思い込まされることになってしまいますが……。

2009.01.18読了