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七つの海を照らす星/七河迦南

2008年発表 (東京創元社)
「今は亡き星の光も」

 最終的に“いい話”に落ち着くのが予想できることもあって、玲弥の人物像の“反転”は見え見えではありますが、鮮やかな印象を残すのは確かでしょう。“虚弱児施設”と“教護院”の勘違いもうまいところです。

 “蘇り”の真相はたわいもないといえばたわいもないものですし、(前述の勘違いと同様に)解明には特殊な知識を要するものですが、それが本書の“舞台の特殊性”を読者に印象づけている感はあります。

「滅びの指輪」

 ここで入れ替わりトリックが出てくるのはさすがに予想外ですが、現代の(ある程度)現実的な舞台でこれが(曲がりなりにも)成立する状況が作り出されているところに脱帽。と同時に、幼くしてそのようなトリックを弄するまでに追い込まれた二人の少女の境遇を考えると、何ともいえない思いが込み上げてきます。そして、“美寿々”に対する“優姫”の不安を裏付けるかのような、(一見するとそうは見えないながら)黒く苦い味わいを呼び起こす結末が強く印象に残ります。

 ミステリでしばしば解決の決め手とされる“犯人の不用意な一言”とは逆に、真っ先に挙げられてしかるべき『ふたりのロッテ』の題名が口にされないことが手がかりになっているのも面白いところです。

「血文字の短冊」

 前の二篇と違って春菜が佳音に向けて語る叙述形式に、叙述トリックの存在を想定するのは(慣れた読者であれば)自然でしょうし、日本人なら『お父さん』と言いなさい”(108頁)という台詞や子供たちの名前などから、父親が外国人であることを見抜くのもさほど難しくはないと思います。しかしそこから先は、いくつか伏線も用意されている*1とはいえ、“私は沙羅が嫌いだ”(113頁)から二重三重の“変換”を経てAi hates Sara(124頁)に行き着くのは、佳音ならずとも至難の業でしょう。しかしながら、個人的には“三単現のSが苦手”というぬけぬけとした伏線ですべてを許せる気がします(苦笑)

*1: “よし、かわらん、なんて変な名前だよね”(110頁)というのも、彼女の名前が“らん”でないことを示唆する伏線といえるかもしれません。

「夏期転住」

 水に飛び込むと同時に“早変わり”を行う消失トリックは、ある海外古典ミステリ*2を思わせるところがありますが、旗とタンクトップという小道具の使い方が巧妙。そして“少女→少年”というひねりが加えられ、子供なればこそ可能なトリックとなっているのが秀逸です。

*2: (作家名)カーター・ディクスン(ここまで)の長編(作品名)『墓場貸します』(ここまで)

「裏庭」

 “開かずの門の浮姫”の謎が物語の中心になるかと思いきや、各施設の子供たちを巻き込んだ大騒動の顛末へと商店が移され、その中心に位置する明の行動の裏に隠された“思い”を解き明かすホワイダニットとなる――さらにそこから“浮姫”の謎に戻ってくるという構成が、非常によくできていると思います。

 そしてもう一つ、加奈子が小学一年生の時の目撃談を高校一年生の時だと誤認させる叙述トリックは、少々あざといようにも思われますが、そのユニークな効果が見逃せないところ*3。すなわち、二つの目撃談が重ね合わされる結果、現在の“浮姫”である加奈子が目撃者の立場に収まることで、真相が巧みに隠蔽されているのがお見事です。

*3: 実をいえば、“わたしは一年生で”(178頁)という微妙に曖昧な記述で一度は叙述トリックを疑ったのですが、ここで時期を誤認させることの意味がわからずスルーしてしまい、少々悔しい思いをさせられました。

「暗闇の天使」

 過去の“七人目の声”の真相は、十分に納得できる穏当なものである反面、やや面白味に欠けるのは否めません。それに対して現在の方は、予想外すぎるというか何というか……作中でも“詳しいことはわからない”(252頁)で済まされていて、少々釈然としないところもあります。いずれにしても、フーダニット的には“その人物”しかいないのは確かですが……。

「七つの海を照らす星」

 連作短編の各エピソードにこっそりと同じ人物が登場していたという趣向には、似たような前例があったような気がします*4が、本書ではその大半が子供時代だというのがなかなか巧妙で、児童養護施設という舞台/テーマに合致しているのはもちろんのこと、“その人物”の現在の姿と結びつきにくいことで真相がうまく隠されています。しかもそれが“昔の出来事”であることを生かして、学園に伝わる“七不思議”という形で巧みに物語に取り込んであるのがまた見事。

 全篇の核となる「夏期転住」は、立場からして海王さんが解くわけにはいかない謎ですが、それを単純に“俊樹の話を聞いて春菜が謎を解く話”にするのではなく、事件の当事者であった佳音を聞き手に据えてあるのが秀逸で、(春菜自身はそうと気づかぬまま)当時の詳しい事情を佳音=直に知らせる形になっているのもさることながら、“直が男の子だった”という春菜の誤った推理*5を聞かされた佳音が驚いてグラスを倒す場面(166頁)が心憎いところです。「血文字の短冊」で春菜の仕掛けた叙述トリックを見抜いた佳音が、この謎を解けない――解くわけにはいかない――ことも伏線といえるかもしれません*6が、一見すると“春菜が「血文字の短冊」のリベンジに成功した”ように見えるのもうまいと思います。

 佳音の子供時代の出来事が解き明かされることで、最後の“昔、子どもの時に七海学園にいたんだよ”(297頁)という春菜の言葉につながり、佳音の姿が“今では幸せな生活を送っているOG”――子供たちにとっての明るい未来のモデルとして印象づけられるところも、非常によくできていると思います。

*4: 思い出したのが、(作家名)倉知淳(ここまで)(作品名)『日曜の夜は出たくない』(ここまで)ですが、こちらは“ある人物”が一部のエピソードにこっそり登場しているという仕掛けだったようです。
*5: ところで、この点を踏まえてみると、本書の帯やカバーの惹句にある“七人の少女というのは、見方によってはネタバレ気味ではないかとも思えてくるのですが……。
*6: ついでにいえば、「暗闇の天使」で佳音が現場の様子を確認しないまま、排水管という(自分が過去に体験した)“真相”に飛びついていることも、伏線といえるように思います。

*

(2011.09.08追記)
 恥ずかしながら私自身はまったく気づいていなかったのですが、さる筋から本書に仕込まれた二つの趣向について教えていただきましたので、許可を得てここに紹介します。

 まず一つは音楽。第一話の“『かえるの合唱』”(43頁)、第二話の“セザール・フランクのヴァイオリン・ソナタのフィナーレ”(96頁)(→Wikipedia)、第三話の“ショスタコーヴィッチの交響曲第五番、第一楽章”(119頁)、第四話の“『静かな湖畔』”(148頁)、第五話の“『もみじ』”(179頁)、そして第六話の“バッハの『ゴルトベルク変奏曲』”(251頁)といった具合に、各篇にはさりげなく音楽が登場しているのですが、これらの曲の――さらにいえば、第七話で流れる“山下達郎の『クリスマス・イブ』”(259頁)との――共通点は……。

 そしてもう一つ、最終話「七つの海を照らす星」のカーテンコールとなっている駅伝。本書ではこの駅伝と同じように、(過去のエピソードである第四話を除いて)“葉子→優姫→沙羅→加奈子→舞”という主役の少女たちのリレーが成立しています(下図参照)。

第一話
葉子が主役第二話
優姫が登場(22頁) → 優姫が主役第三話
沙羅が登場(95頁) → 沙羅が主役第五話
加奈子が登場(106頁) → 加奈子が主役第六話
舞が登場(181頁) →   舞が主役  

 しかし、過去のエピソードとはいえ第四話だけが仲間外れになるのは美しくないので、実はこのリレーに第四話も組み込まれているとすれば――第五話の主役である加奈子は、第四話にも“四月に入所したばかりの大人しい小一の女の子”(156頁)として登場している(“開かずの裏門の件は、実は十二年前のことでした”(264頁)にも注意)ので、第三話の登場人物のうち第四話の主役・直に当てはまる人物は……。

2011.05.19読了