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宇宙探偵ノーグレイ/田中啓文

2017年発表 河出文庫 た37-3(河出書房新社)
「怪獣惑星キンゴジ」
 ガッドジラの首を切った凶器は、必要な特性を“形状”と“強度”に分割――“マンティラスの鎌+ブロブの体”の組み合わせによって完成する、“困難は分割せよ”のお手本のようなトリック。それゆえにわかりやすくなっている面もありますが、よくできているのは確かでしょう。
 “ヒューマジラ”殺しの裏には、知能が低いはずのガッドジラが地球侵略計画を企てていたというまさかの真相が用意されていますが、他の怪獣たちが様々な変化をみせる〈熟の月〉に、ガッドジラだけ外見も行動も変化しないこと(26頁)が伏線となっているのが秀逸です。
 カバーなどのあらすじ*1をきちんと読んでいなかったので、主人公のノーグレイがあっさりと殺される結末には思わず仰天してしまいましたが……。

「天国惑星パライゾ」
 リングの埋め込み手術による厳格なシステムを考えると、その“外”にいる人物にしか犯行が不可能なのは明らかで、人工知能・DGWGGASSが“その犯人を『見る』ことは許可されていない”(128頁)という証言を待つまでもなく、姿を消した〈ヘヴン〉の創設者・グレゾルスキーが犯人であることは見当がつくのではないでしょうか。
 問題は、グレゾルスキーが“なぜ三百年も生きているのか”ですが、“人魚の肉”ならぬ“天使”を食ったというホラー的な真相*2が、〈ヘヴン〉――“天国”との強烈なミスマッチ感を生じているのが印象に残ります。

「輪廻惑星テンショウ」
 攻撃を仕掛けてきた霊が、“長い髪”(164頁)“若い女のよう”(165頁)だったにもかかわらず、三名の容疑者の中で唯一の女性が転生したことで、一見すると容疑者不在になってしまうのが巧妙。容疑者の一人シリカゲル・ランラドンについて、“彼の妻子もあとを追って自殺した”(168頁)とさりげなく言及されているのが手がかりとなっています*3
 トビラツッツ・ダンタンらの霊魂の話を聞くと、単なる恨みで攻撃に及ぶとは考えにくく、犯人が何者かに操られていることを受け入れやすくなっているのもうまいところ。そして黒幕――クナッポの魂の現世での姿とのギャップは愉快ですが、人間の体をクナッポの魂の器とする乗っ取り計画という凄まじい真相は圧巻です。

「芝居惑星エンゲッキ」
 「天国惑星パライゾ」と同じように監視システムを支配している人物、そして“内側からロックされていた”(226頁)現場に立ち入ることができる権限のある人物――と考えれば、演劇大臣が犯人であることはかなり見え見えですし、“アングラ”と手を組んでクーデターを企てたというのもありがちではあります。
 正直ここまでくると、“最後にノーグレイがどのように死ぬのか”も興味の一つとなるわけですが(苦笑)、ノーグレイが疑問を抱いた“観客の不在”を伏線として、唯一の観客=皇太子が満を持して登場し、“観客の目を意識したらいい演技はできないから”(265頁)という理由でノーグレイを殺害する結末は非常によくできています。

「猿の惑星チキュウ」
 “猿の惑星チキュウ”という題名でありながら、いきなり“ノーグレイはにいた。”(268頁)で始まり、月面が主な舞台となっている*4ところにまずニヤリとさせられますが、アポロ11号の月面着陸映像からスタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」にまでつなげてあるのがうまいところです。
 さて、ここまでの四篇の結末でノーグレイが命を落としているにもかかわらず、次のエピソードでは某海外ミステリの探偵役ばりに*5何事もなかったかのように“復活”しているのが不可解でしたが、この作品では“死ぬはずなのに死ななかった”という意表を突いた結果を迎える上に、多元宇宙の存在が明かされる*6ことで、これまでのノーグレイの“復活”に説明がつくようになっているのがお見事です。
 しかし、ノーグレイが多元宇宙を移動できるようになったとしても、“これからいろいろな冒険が彼を待っている”(315頁)というのは、ここまでの四篇で描かれたような結末を迎える“冒険”ということになるのでは……。

*1: カバーや帯には、“名探偵は五度死ぬとはっきり記されています。
*2: 近くで見た“天使”そのものの気持ち悪さ(121頁)も、ホラー風の味わいに一役買っている感があります。
*3: トビラツッツ・ダンタンについても“彼の娘が死んだ”(170頁)とされていますが、こちらはトビラツッツ本人よりも先に死んでいるので、すでに転生している可能性が高い、と考えていいのではないでしょうか。
*4: タイムマシンで過去へ戻るだけでなく、地球から月へと移動していることに疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、ラリイ・ニーヴン「タイム・トラベルの理論と実際」『無常の月』収録)で指摘されているように、地球自体の移動を――さらに太陽系や銀河系の移動も――考慮すると、タイムマシンが実用的であるためには空間的な転移も可能でなければならない、ということになります。
*5: シャーロック・ホームズ……ではなく、(作家名)T.J.ストリブリング(ここまで)(登場人物名)ポジオリ教授(ここまで)(作品名)「ベナレスへの道」(『カリブ諸島の手がかり』収録)(ここまで)の作中で死んだことがはっきりと示されているにもかかわらず、その後の作品には普通に登場しているようです)。
*6: 最後の一幕では、ノーグレイの事務所のポスターがスタンリー・キューブリックが監督をした「猿の惑星」というSF映画”(314頁)に変わっている――「猿の惑星 (映画) - Wikipedia」にあるように、本来はキューブリックではなくフランクリン・J・シャフナーが監督――ので、そこが“別の宇宙”であることがわかります。

2017.12.15読了