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シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎/円居 挽

2015年発表 新潮文庫nex ま45-1(新潮社)
「学園裁判と名探偵」
 まるでガム・シャッフルだ”(67頁)という表現の意味するところは明らかで、かなりあからさまな手がかりになっている……はずなのですが、それがどのように使われるのか想定しがたくなっているのはもちろん、〈星覧仕合〉の本質が“裏ルール”として隠蔽されている*1からです。物語序盤の、“二人一組でエントリーして、うち一人が特究生であることを立証するの。”(23頁)という野ノ屋奈々子の説明をみれば、〈星覧仕合〉が“それ”を目的としたゲームだと思い込まされてしまうのは当然で、そのままでは審問者・大神五条に関する“手がかり”の使い道はありません。

 しかし、実際に始まった〈星覧仕合〉では、当たり前の手段は審問者・大神五条の“ビッグデータ”に歯が立たず、“ビッグデータ”が及ばない“証人保護制度”も“当事者の口から世間に語られた時点でその効力を失う”(90頁)、いわば“諸刃の剣”で、勝つための筋道がまったく見当たらない状況となっています*2。そのこと自体が読者にとっても(さらには前述の大神五条に関する“手がかり”の存在もあって)、隠された“裏ルール”、すなわち正しい勝利条件を見出すためのヒントともなり得るように思いますし、作中の“星覧仕合で勝つための方法を真剣に考えた結果、僕たちは裏ルールの存在を疑うに至りました”(106頁)という剣峰成の言葉も、それを補強しているといってもいいでしょう。

「暗号と名探偵」
 「学園裁判と名探偵」で明らかになった成の過去――〈早夜川家殺人事件〉の顛末が描かれていきますが、“成が殺人犯”だと読者をミスリードする仕掛けが秀逸。「学園裁判と名探偵」ラストでの“父親殺しの汚名に塗れた”(120頁)“殺人の容疑者”(121頁)といった表現は、よく考えてみると“成が殺人犯ではない”ことを匂わせているとも受け取れるのですが、「暗号と名探偵」の冒頭で、“成が父親を刺した”ことが確定しているのが強力ですし、“この通り中学生でも人を殺せる”(131頁)というのも絶妙です。

 その後は、九哭将・鬼貫重明を相手にした“犯人vs名探偵”の勝負、すなわち“成がいかにして鬼貫を出し抜くか”に焦点が当てられていくことで、鬼貫が事件に介入する以前の成の“真の狙い”が巧みに隠されている感があります。実際、成と鬼貫の勝負は実に見ごたえがあり、特に“暗号”をめぐる攻防――被害者の服を洗濯機に放り込んで、転写されたメッセージの隠滅を図りつつも、それがうまくいかずにデスク上のメッセージの痕跡が発見されることまでを見越して、メッセージを消す前に改竄しておくという周到な企みにうならされます。

 しかし九哭将たる鬼貫にかかっては、改竄したメッセージが復元・解読されてしまうどころか、改竄行為そのものが完全に裏目に出てしまうのが凄まじいところで、成がメッセージを全部塗りつぶさず、改竄するのに自身の血を使ったことから、成が現場に工作する際にはすでに被害者の血が乾いていたことを導き出す推理が実に鮮やかです。

 かくして、成の偽装工作が妹・鳴をかばうためのものだったことが明らかになったところで、“四年前の密室爆弾魔が復活した”(22頁)とされる旅客機墜落事件につながり、(鬼貫が登場しているとはいえ)本筋との関係が今ひとつ不明だった「プロローグ」――降矢木残月の存在が一躍クローズアップされてくるあたり、よく考えられた構成だと思います。

「密室と名探偵」
 密室爆弾魔・降矢木残月と九哭将・鬼貫重明による“犯人vs名探偵”の勝負が繰り広げられますが、そこに拉致された被害者・剣峰成自身も加わって、若干変則的な図式になっています。成が鬼貫の側に立つのはもちろんですが、作中でも“大きな判断ミス”(275頁)として示されているように、一つ対応を誤るとかえって残月を利することになってしまう、複雑な状況が見どころです。

 さて、“完全な密室であったかのように錯誤させている”(294頁)のが密室トリックの基本なのは確かですが、残月の使った“密室”からの脱出トリックは、密室トリックとしては拍子抜けの感があるのは否めません。しかし、この“密室”は一般的な密室とは異なる、いわば被害者に見せるための密室であって、密室状況か否かが問題というよりも、“密室+爆破”を演出することこそが肝。その意味で、爆発は二度あったというトリックは、この特殊な密室ならではのものといえるのではないでしょうか。

 また、「プロローグ」“妙に分厚いカーテンだな。爆発も防いでしまいそうな……。”(11頁)と読者をミスリードしつつ、事件後のラボの画像でカーテンが“爆破の衝撃で破れ”(261頁)ていたことをさりげなく示してあるのも巧妙です。

*1: 決してフェアとはいえないかもしれませんが、裏ルールに関する五条の独白(107頁~108頁)、とりわけ“一筋の光でも構わない。名探偵とは一筋の光でも輝ける者なのだから。”(108頁)という一節には、心情的に納得できるものがあります。
*2: 〈ルヴォワール・シリーズ〉の〈双龍会〉と違って、“一組対一組”の勝負ではないのがうまいところで、“本命”の成とからんが登場する前に勝ち目のなさを読者に十分示しつつ、重要な設定である“証人保護制度”までしっかり説明しておく手際がお見事です。

2015.04.03読了