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道化の死/N.マーシュ

Off with His Head/N.Marsh

1956年発表 清野 泉訳 世界探偵小説全集41(国書刊行会)

 “見物の目の前でいつの間にか被害者が首を切り落とされていた”という強力な不可能状況の真相は、殺害現場が別の場所だった――被害者が人知れず移動していたという、ある意味それしかないともいえるものですが、その移動の経緯が非常にうまく考えられているところが秀逸です。

 本来であれば、〈ガイザー〉が演技を中断する、ましてや舞台を離れるなどとは考えられないのですが、ビュンツ夫人がこっそり〈モリスダンス〉に参加していたとなればもちろん話は別で、〈ガイザー〉がビュンツ夫人を捕まえて舞台から追い出そうとしたのは十分に納得のできる行動といえるでしょう。〈ガイザー〉が地面に横たわっていたためにビュンツ夫人に気づいたというのもよくできていますが、この場面の“ドルメンの後ろにいたホビーホースが甲高い声をあげて舞台から去った。”(96頁)という描写も見事です*1

 そして、“チュートニック・ダンサー、父サブサダイズ、母馬サブスティチュートン”(68頁)という競走馬の名前に啓示を受けたサイモンの、“協力する{サブサダイズ}“代わりになる{サブスティチュート}“ゲルマン民族{チュートン}“踊り手{ダンサー}といった言葉を織り込んだ台詞(提案)に、サイモンとビュンツ夫人の入れ替わりという計画が大胆に示唆されていたことに脱帽です。さらに、“モリス遊び{ナイン・メンズ・モリス}の溝も泥に埋まり”(34頁/249頁~250頁)という『夏の夜の夢』の台詞を下敷きにした、“どうしてわたしは九人であって、八人ではないと考えてしまうんだろう?”(250頁)というアレン警視の言葉もまた、よくできた伏線となっています。

 一方、アレン警視はサイモンとビュンツ夫人の入れ替わりを裏付ける手がかりの一つとして、ビュンツ夫人が〈ガイザー〉の台詞を知っていたことを挙げ、“ビュンツ夫人は、わたしとの会話で、その台詞を繰り返し口にしました。”(335頁)と述べていますが、実際には“男性に愛情を示すのは〈ベティ〉でなければなりません。そしてホビーホースは――”(207頁)*2だけしか見当たらず(もしかすると見落としがあるかもしれませんが)、矛盾しているように思われます。また、〈モリスダンス〉の最中のダルシーの発言が“アッキーおばさま、ご覧になって、ドイツ人の女が――”(94頁)と省略されているにもかかわらず、解決場面で“わたし、言ったじゃないですか、アッキーおばさま。『アッキーおばさま、ご覧になって、ドイツ人の女が出ていきますよ』って。”(332頁)とされているのは、少々あざとすぎるのではないでしょうか。

*

 もう一つ巧妙なのが、アーニーとサイモンの特別な関係です。アーニーがサイモンの命令に素直に従って〈ガイザー〉の首を切り落としたのはもちろんのこと、事件の真相を知っているアーニーの口をサイモンが終始封じようとしていたにもかかわらず、アーニーのサイモンに対する絶大な信頼ゆえに、その行動がオターリー医師の“彼はアーニーをずっと弁護したぞ”(359頁)という言葉通りの印象を与え、結果として真相が見えにくくなっている感があります。特に、アーニーに対するアレン警視の“お父さんの頭を切り落としたのは、きみかね?”(149頁)という核心に迫る問いを、サイモンがこれ以上ないほど強引にさえぎった場面には恐れ入ります。

*1: さらにいえば、オターリー医師の“ベッグは馬のように嘶いて”(190頁)という表現も暗示的です。
*2: “ベティがわれを愛し/ホビーがわれを隠す”(271頁)を念頭に置いたものです。

2008.06.26読了