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密室殺人ゲーム王手飛車取り/歌野晶午

2007年発表 講談社ノベルス(講談社)
「Q1 次は誰を殺しますか?」

 動物→十二支というあたりは結構早い段階で思い浮かんだのですが、やはり“猫”が障害となって断念してしまいました。残された数々のヒント(謎かけ)もさることながら、十二支・時計・駅を三重に重ねた構図が、(マニア的には)非常によくできていると思います。

「Q2 推理ゲームの夜は更けて」

 意表を突いてはいるものの、あまりに底の浅いアリバイトリックに脱力。しかし、もしこれがシナリオの発表ではなく、他の問題と同じように〈伴道全教授〉が実行していたとすれば、さすがに露見は免れないところ*1で、推理ゲームも終焉を余儀なくされることになるでしょう。つまり、「Q6」で披露されたものと同じように“実行に難のあるトリック”であるわけで、「Q6」のようにはっきり“ボツネタ披露”という形をとってはいないものの、作者にとっての“ボツネタ披露”の一環であり、そのために通常の推理ゲームのような形が採用されたのではないでしょうか。

「Q3 生首に聞いてみる?」

 密室からアリバイ崩しへの転換*2も面白いところですが、やはりドライアイスを使って生首に悲鳴を上げさせるという奇想天外なトリックが見事です。花瓶が単なる演出ではなく、トリックに必要な要素だったというのもよくできています。そして、「生首に聞いてみる?」というタイトルも。

「Q4 ホーチミン―浜名湖五千キロ」

 時間的にどうやっても間に合わない場所だというのではなく、定期便がない、つまり時間があっても手段がないという形でアリバイを成立させているのが非常に面白く感じられます。ただ、そのために真相にさほどのインパクトが感じられなくなっているのは、致し方ないところでしょうか。

 それにしても、「Q2」よりは危険性が低いとはいえ、仮にアリバイを主張することが必要になった場合には役に立たないという点では同様で、通常のミステリでは使えないトリックといわざるを得ません。もちろん、そのようなトリックを使える設定を作り出したところを大いに評価するべきなのでしょうが。

「Q5 求道者の密室」

 現場が侵入不可能となる前にあらかじめ潜んでおくというトリックには既視感がありますが、実に一ヶ月もの長きにわたって天井裏に潜むという、常軌を逸した真相のインパクトが強烈です。

 とんでもないバカトリックではありますが、それまでのチャットの場面を通じて犯人である〈044APD〉のパーソナリティが読者にもしっかりと印象づけられていることで、十分な説得力が備わっているといえるのではないでしょうか。

「Q6 究極の犯人当てはこのあとすぐ!」

 “ヅラの下”も“コマイ”も、“ボツネタ”にふさわしい脱力もののトリック*3で、さすがに苦笑を禁じ得ません。しかし、〈伴道全教授〉が出した最初の問題は、後にわかるその正体を考えるとアンフェアですね。

「Q7 密室でなく、アリバイでもなく」

 “出題者イコール犯人という前提でやっている以上、いわゆる『犯人当て』ができない”(271頁)という状況であるがゆえに成立するという、特異なフーダニット。より正確にいえば、犯人が出題者である〈頭狂人〉だということがわかっているために、問題がフーダニットであることが盲点になっているわけですが、いずれにしても、推理ゲームの設定を逆手に取った非常に巧妙な謎といえます。

 また、各エピソードの後に挿入されている〈頭狂人〉の身辺を描いた場面で、その性別が慎重に伏せられている*4ことも、第一発見者である新妻美夜子に疑惑を向けることを難しくしている感があります。

 それにしても、「Q6」のタイトルで「究極の犯人当てはこのあとすぐ!」と大胆に予告されているのが、何とも心憎いところです。

「Q? 誰が彼女を殺しますか?/救えますか?」

 〈頭狂人〉は、ついに自分の命をかけた壮絶な“ゲーム”に臨みますが、それは“殺人推理ゲーム”の刺激ですら物足りなくなってしまったことによるものです。ここで気になるのが、ネタバレなしの感想で触れた“問題の配列”で、ミッシングリンク・テーマの問題をわざわざ最初に持ってきて、後はひたすらハウダニット(密室やアリバイ)を並べることで、作者は意図的にマンネリ感を出しているのではないでしょうか。それによって、読者が〈頭狂人〉の心境を多少なりとも理解しやすくしてあるのではないかと思うのですが……。

 本書の題名となっている“王手飛車取り”とは、このエピソードで〈頭狂人〉が〈aXe〉・〈ザンギャ君〉・〈伴道全教授〉の三人に仕掛けた“罠”を指しているのではないかと思います。三人としては、“王”(自分)の安全を確保するためには“飛車”(〈頭狂人〉)にかまわず逃げるべきでしょう。にもかかわらず、椅子から立つことができない状態に追い込まれている三人の姿は、“王手飛車取り”をかけられて手詰まりになってしまったヘボ将棋指しさながらといえるのではないでしょうか。

*1: 動機がないのですぐに〈伴道全教授〉が疑われることはないかもしれませんが、アリバイが問題になるようなところまで捜査が進めば、ひとたまりもないでしょう。
*2: 特にそのアリバイが、「Q2」で描かれた2月24日のAVチャットによって成立している、チャットのメンバーだけに向けたアリバイであるところが面白いと思います。
 また、「Q4」の〈044APD〉のトリックにおける、天井裏からのチャットへの参加によるミスディレクションも、これをヒントにしたものではないでしょうか。
*3: しかし、コマイではありませんが、鰹節を凶器にした先例はあります。
*4: 叙述トリックというほどではありませんが、“工業高校に進むことを望んだ”(118頁)“サッカー部の同級生”(168頁)あたりは、微妙なミスディレクションとなっているように思われます。

2007.12.18読了