結界の密室/田中啓文
- 「蜘蛛の絨毯」
密室状況とはいえ蜘蛛の巣によってふさがれただけの脆弱なものですが、それが容疑者たちのアリバイに関わってくるのがうまいところ。そして当初は成立していたアリバイが、壊れた巣を繕うジョロウグモの習性(*1)によって崩れてしまうのもよくできています。
“蜘蛛”と書かれたダイイングメッセージから、虫偏を消すことで“矢口禾(秋男)”の名前が浮かび上がってくるのが鮮やか。ただし、“蜘蛛”が二枚の窓ガラスにまたがるように書かれていたこと(83頁の図1)が、解決場面まで伏せられているのは苦しいところで、虫偏が後で書き足されたことが一目瞭然になってしまう(*2)ので致し方ないとはいえ、(“雲の通ひ路”=“蜘蛛の通い字”だけでは)読者に対して少々アンフェア気味。百人一首の札を手がかりにした解明――“風”→“窓”を“閉ぢよ”――に引きずられすぎてしまった、という印象です(これはこれで面白いのが難しいところですが)。
蜘蛛の見立てが偶然の産物だったというのは妥当なところですが、母親を守ろうとした結果の“口からの糸”の方はまだしも、被害者自身の蜘蛛恐怖症ゆえのウェットスーツが蜘蛛の見立てになってしまったのは、何とも皮肉な真相といえるでしょう。
被害者の蜘蛛恐怖症を煽った養女三姉妹の動機――その背後にある“鬼子母神”の構図(*3)が、非常に陰惨な後味を残しますが、さらに、被害者が引きこもる直接のきっかけになったのが、新八の何気ない一言――
“気は心ッス”
だったというオチ(*4)が(やや脱力を伴いながらも)実にブラックです。- 「座敷童子の棲む部屋」
密室状況とはいえ、両隣とは襖で仕切られているだけの状況であり、出入りが完全に不可能とはいえないため、かえって真相が見えにくくなっているのが巧妙。しかしてその真相は、犯人がずっと部屋にいたという点で座敷童子的(?)ともいえるトリックになっているところがよくできていますが、狭い掘り炬燵の中に潜んでいた――そして息も絶え絶えになっていた――というのが強烈。もっとも、過去に起きた事件の経緯も含めて犯人像がしっかりしているため、無茶なトリックにも説得力が備わっているのが見逃せないところです。それにしても、猫の行動が手がかりになっているところは苦笑を禁じ得ませんが……。
龍の絵が描かれた襖を入れ替えることで、座敷童子の姿が現れるトリックも鮮やか。襖の龍の絵(164頁の図2の上段)を事前に示してあってもよかったのではないかと思われますが、これは致し方ないところでしょうか。
- 「結界の密室」
施錠と結界による“二重の密室”が見どころとなっているだけに、生き霊の仕業でなければ面白味がなくなってしまうわけですから、伊原塚を殺した犯人が生き霊と化した堀北であることは(“自白”がなくても)明らかでしょう。そして、生き霊自身が結界をどうにかできるとも考えにくいので、冒頭の時点でどことなくうさんくさい雰囲気が漂う陰陽師・賀茂沢が関与していることも、予想できなくはないでしょう。
このように、フーダニットとしてはあまり面白味があるとはいえないのですが、やはりハウダニットとしては秀逸。被害者自身が監視の隙を突いて部屋の扉を開けた点については、さりげなく配置された手がかりが効果的ですし、大量の浄め塩を付け足すことで結界をゆがめる(*5)というアイデアが非常によくできています。鬼丸が到着した時にはすでに執事の高松が盛り塩を崩していたことが、ミスディレクションとして機能しているのも巧妙です。
*2: ダイイングメッセージを実際に目にしている作中の捜査陣が、なかなか真相に思い至らないのは少々いただけないところです。
*3: 藤巻署長の場違いな発言(45頁)が伏線になっているのが何ともいえません。
*4: これをオチに持ってくるために、冒頭の場面で
“粗末なものだが自分の気持ちだから、という意味のことを口にした。”(12頁)と濁してあるのに苦笑。
*5: 素人考え(?)では、五芒星が六芒星になっても効果がありそうにも思えますし、その場合には結界の中心部はさほどゆがまないはずなのですが、付け足された浄め塩が大量だったせいで六芒星にもならなかったということは考えられるでしょう。
2014.02.26読了