〈オニマル 異界犯罪捜査班〉

田中啓文
〈オニマル 異界犯罪捜査班〉『鬼と呼ばれた男』 『結界の密室』 『鬼刑事vs殺人鬼』

〈警視庁陰陽寮オニマル〉『魔都の貴公子』



シリーズ紹介

 2001年に刊行された『鬼の探偵小説』(講談社ノベルス・入手困難)をもとにしたシリーズで、目立った功績もなくまったく風采の上がらない鬼丸三郎太刑事と、ハーフの美男子にしてアメリカ帰りで敏腕のベニー芳垣警部――その実は“鬼”と“陰陽師”というコンビが、鬼丸の所属する警視庁忌戸部署管内でなぜか頻発する、人ならぬもの――“物っ怪”の仕業であるかのような怪事件の謎を解き明かしていく、“伝綺×本格ミステリ”*1と銘打たれた連作短編です。

 陰陽師の家系に生まれ、アメリカで学んできた捜査手法に陰陽道の呪法・六壬式占を融合させて事件解決に役立てようとするベニーは、“鬼”であることを隠し(“物っ怪”仲間とともに)人間にまぎれて暮らす鬼丸にとって“天敵”ともいうべき存在ですが、鬼丸の正体を怪しんだベニーが“相棒”に指名したところから呉越同舟のコンビが始まり、次第にお互いを認め合っていく展開がシリーズの大きな見どころとなっています。

 “鬼”や“物っ怪”が存在するという設定からすると、ゴーストハンターもののような内容だと思われるかもしれませんが、実際にはかなりミステリ寄りになっているのが目を引くところで、若干アンフェア気味な部分もないではないものの、ある程度しっかりした謎解きが繰り広げられています。また、オカルト要素を含みながらも、事件が怪異の仕業なのか人間の仕業なのか、最後まで予断を許さないところが伝綺ミステリ(あるいはホラーミステリ)としてよくできています。

 さらに、怪異を事件の原因として疑うベニーに対して、鬼丸の方は“物っ怪”の存在を暴かれたくないということもあって、しばしば解決が“表”と“裏”の二重構造となっている上に、各篇のラストには、事件の陰に隠れて表に現れない“悪”を鬼丸が“鬼”として裁くという見せ場も用意されており、読みごたえがあります。

 前述のように、個々のエピソードはホラー要素を加えたミステリといった趣ですが、「プロローグ」「エピローグ」では、物語の背景に横たわるホラー的な大きな流れ*2が匂わされており、最終巻『オニマル 異界犯罪捜査班 鬼刑事vs殺人鬼』終盤の大事件へとつながっていきます(以上、〈オニマル 異界犯罪捜査班〉)。

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 そして2018年、前シリーズ完結からおよそ四年ぶりに、その続編となる新シリーズ〈警視庁陰陽寮オニマル〉がスタートしています。前シリーズの結末を受けた警視庁本部の移転を機に、前警視総監の肝いりで陰陽道を捜査に活用する陰陽寮が警視庁内に設立され、初代室長に就任したベニー芳垣警部に加えて、スタッフとして配属された忌戸部署の鬼丸三郎太刑事と小麦早希巡査と、前シリーズでおなじみのメンバーが引き続き登場します。

 ……が、陰陽寮の存在を快く思わない新警視総監から、陰陽寮存続のために“半年で十件の事件を解決する”という難題を突きつけられ、設立されて早々に危機を迎えることになります。加えて、室長のベニーでさえ知らない陰陽寮に関する機密文書*3が警視庁内に保管されていることが発覚し、“警視庁陰陽寮”という組織そのものに隠された秘密の存在が浮かび上がってきます。

 一方、四年後に万国博覧会を控えて各所で地下工事が行われている東京で、工事関係者たちが相次いで不可解な失踪を遂げる怪事件が密かに発生し、その裏には○○○・○○○○の復活が――というのが新シリーズの大きな流れとなっているようです。


*1: 第1巻『オニマル 異界犯罪捜査班 鬼と呼ばれた男』の帯より。ちなみに第2巻『オニマル 異界犯罪捜査班 結界の密室』の帯では“本格伝綺ミステリ”となっています。
*2: “警視庁の〈くつろぎスポット〉と呼ばれている”(『オニマル 異界犯罪捜査班 鬼と呼ばれた男』25頁)ほど事件が起こらなかった忌戸部署管内で、突然怪事件が相次ぐようになったのも、このあたりに原因がある……のかもしれません。
*3: しかも、文書の作成者としてなぜかおなじみの名前が。




作品紹介

 シリーズタイトルの方が前面に出されている上に、巻数を示す数字もないので少々わかりにくいところがありますが、〈オニマル 異界犯罪捜査班〉は第一巻『オニマル 異界犯罪捜査班 鬼と呼ばれた男、第二巻『オニマル 異界犯罪捜査班 結界の密室、そして第三巻『オニマル 異界犯罪捜査班 鬼刑事vs殺人鬼の三冊で完結しています。

 新シリーズ〈警視庁陰陽寮オニマル〉は、第一巻『警視庁陰陽寮オニマル 魔都の貴公子が刊行されています。


オニマル 異界犯罪捜査班 鬼と呼ばれた男  田中啓文
 2013年発表 (角川ホラー文庫 た1-5)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『鬼の探偵小説』収録作のうち、「蜘蛛の絨毯」を除く三篇が収録されています*。個人的ベストは「犬の首」

「鬼と呼ばれた男」
 レトログッズ鑑定家が惨殺された。頭を砕かれた上に、なぜか目玉をえぐり出され、左右逆にはめ込まれていたのだ。マニア相手のあくどい商売が動機かとも思われたのだが、犯人が目玉を入れ替える理由はわからないまま、さらに別の男が同じような手口で殺される事件が……。
 最初のエピソードで、キャラクターの顔見せ的な部分があることもあってか、事件の方はかなりシンプルでわかりやすい構図となっていますが、“なぜ目玉を入れ替えるのか”という不可解な謎が興味を引きます。真相そのものはまずまずといったところですが……。

「女神が殺した」
 深夜、なぜか裸で走っていた女性が車に轢かれて死んでしまう。と、そこへ黒ずくめの男が現れて女性の死体を回収しようとした後、警察の接近に気づいて死体の腹を切り裂き、内臓だけを持ち去っていった。ベニーと鬼丸は、被害者が入信していた新興宗教に目をつけて……。
 凄まじい“内臓持ち去り事件”を発端に、早い段階で新興宗教に焦点が当てられてその“からくり”が早々に暴かれ、どうなることかと思っていると、急展開――といった具合に、巧妙に組み立てられたプロットが光る作品です。さりげなく配置された手がかりをもとにした真相もよくできていますが、ある意味で容赦ないラストが印象的。

「犬の首」
 “いぬがみつき”という謎の言葉を残して、深夜に突然姿を消した神社の宮司は、その後すぐに発見された――境内の砂の中に埋められ、ミイラ化した死体となって……。神社の境内に住んでいたという、怪しい浮浪者が容疑者として逮捕されたのだが、実はその正体は……。
 冒頭の凄絶な一場面や宮司の言葉などが“犬神”の存在を匂わせ、“瞬時にミイラ化した死体”という強烈な謎が飛び出し、さらに逮捕された容疑者は――と、いろいろな要素が盛り込まれて密度の濃い作品となっています。

*: 『鬼の探偵小説』が手元にないので確認できませんが、若干改稿されている節があるようなないような……。

2014.02.22読了  [田中啓文]



オニマル 異界犯罪捜査班 結界の密室  田中啓文
 2014年発表 (角川ホラー文庫 た1-6)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『鬼の探偵小説』に収録されていた「蜘蛛の絨毯」と、雑誌「メフィスト」に掲載されて*1単行本未収録だった「座敷童子の棲む部屋」、さらに書き下ろしの「結界の密室」が収録されており、密室ものを揃えた趣向となっています。個人的ベストは「結界の密室」

「蜘蛛の絨毯」
 〈蜘蛛館〉に住む未亡人と四人の娘。その末娘が、何者かの脅迫に怯えて閉じこもっていた自室で、蜘蛛の毒を注射されて死んでしまった。唯一の出入り口である開いた窓は蜘蛛の巣でふさがれ、窓ガラスには“蜘蛛”というダイイングメッセージらしきものが残されていたが……。
 霞流一の作品を彷彿とさせる“蜘蛛づくし”*2、しかも見立て殺人に密室、ダイイングメッセージと、ミステリの道具立てが盛り沢山の作品。少々苦しくなっているところもないではないですが、真相はなかなかうまく組み立てられていると思います。そして最後の作者らしいオチが何ともブラックで、印象に残ります。

「座敷童子の棲む部屋」
 ベニーと鬼丸は強盗殺人犯を追ってI県へ出張してきたが、宿泊した旅館の隣室では座敷童子が出現する騒ぎが起こり、さらに宿泊客が殺害されてしまう事件が発生。現場の出口は施錠され、襖一枚隔てた両隣の部屋には鬼丸らと家族連れがいて、犯人の逃げ道はなかった……。
 座敷童子は東京にはそぐわないということもあるのかもしれませんが、珍しく忌戸部署管内を離れた場所でのエピソードです。座敷童子が現れるいわくのある部屋で起きた密室殺人というのが絶妙で、非常に魅力的な謎になっています。手がかりにはやや苦笑を禁じ得ないところがありますが、明らかにされる真相は実に凄まじく、インパクトのあるバカミスといった趣です。

「結界の密室」
 六壬式占で、伊原塚という男が生き霊に命を狙われていることを知ったベニーは、陰陽師の立場をかけて伊原塚を護ることに。伊原塚の部屋の周囲に強力な結界を張り、生き霊を待ち受けるベニーだったが、内側から鍵のかかった部屋の中で伊原塚は無残に殺されてしまった……。
 内側からかけられた鍵に加えてベニーによる最高の結界が張られた、人間も生き霊も侵入できないはずの二重の密室という状況が目を引きます。とりわけ、“密室からの脱出”や“脱出後の施錠”よりも“密室への侵入”に重きが置かれているのが興味深いところ*3で、なかなかユニークなハウダニットに仕上がっています。

*1: 2002年1月号に掲載。
*1: 題名はおそらく、NHK連続テレビ小説「雲のじゅうたん」(→Wikipedia)のダジャレでしょう。
*3: 一般的な密室ものでは、前者二つが重要になってくることが多いと思います。

2014.02.26読了  [田中啓文]



オニマル 異界犯罪捜査班 鬼刑事vs殺人鬼  田中啓文
 2014年発表 (角川ホラー文庫 た1-7)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 シリーズ完結編となる本書には、これまでと同じように三篇が収録されていますが、最終巻にふさわしく大きな事件が起きる関係上、「黒塚の迷宮」「鬼刑事vs殺人鬼」前後編といった趣になっています。物語に幕を引く「エピローグ」*1の大団円もお見事。

「鵺の啼く夜」
 ベニーのもとに旧知の女性から助けを求める手紙が届くが、時すでに遅く彼女は殺されていた。歌手だった被害者は、所属事務所の反対を強引に押し切って『鵺の啼く夜』というアルバムを出そうとしていたらしいのだが、彼女の部屋から蛇と猿と猫の死骸が見つかって……。
 “鵺”をお題とした作品で、自らを“鵺”と称し、“鵺”にとらわれていたかのような被害者の謎めいた人物像が、(それこそ“鵺”のように)とらえどころのない印象を事件にも与えています。その真相はまずまずといったところ。

「黒塚の迷宮」
 食品会社の副支店長が失踪し、数日後にひょっこりと姿を現した。一方、途方もない力で頭蓋骨を「ぶちゃっ」と押しつぶされた死体が発見され、さらに被害者の家族が相次いで同じように殺される。そして今度は、テレビ局のプロデューサーが頭を鈍器で殴打される事件が……。
 不可解な失踪事件、異様な殺人事件、そして殴打事件と、複数の事件が並行して発生するモジュラー形式に近い作品ですが、その何とも微妙なつながり方*2が印象的。中盤のある部分にはさすがに苦笑を禁じ得ません。

「鬼刑事vs殺人鬼」
 奇怪な連続殺人事件――通称「ぶちゃっ」事件は、いまだ何の手がかりもつかめないまま、新たな被害者を出し続け、ついには警視総監の命までが狙われる事態に。六壬式占によって一連の事件を鬼の仕業と断定したベニーは、アリバイが怪しい鬼丸に疑いを向け始め……。
 「黒塚の迷宮」から引き続いて異様な連続殺人事件が扱われていますが、ミッシング・リンク的な興味も用意されているのがよくできています。そして、ついにベニーが鬼丸に疑惑を向け始めてからが大きな見どころで、ベニーと鬼丸がそれぞれの苦悩の果てに真犯人と対峙するクライマックスは圧巻です。

*1: 本書には「プロローグ」がなく、「エピローグ」のみとなっています。
*2: 作品の冒頭にも、“ある関連性が存在するとわかったのは、最初の事件が起きてからかなりの日時が経過したころだった。”(112頁)と記されています。

2014.06.24読了  [田中啓文]



警視庁陰陽寮オニマル 魔都の貴公子  田中啓文
 2018年発表 (角川ホラー文庫 た1-8)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 新シリーズの第一弾となる本書は、シリーズの軸となる事件/謎にある程度の分量が割かれていることもあってか、「土俵の鬼」「人形は見ていた」の二篇のみが収録されています*1

「土俵の鬼」
 東京都下K市での大相撲の地方巡業が終わった後、解体撤去されようとしていた土俵の中から溺死体が、札束とともに発見された。被害者は巡業を休んでいた力士で、巡業会場近くの池の水で溺死したらしい。折りしもその池では、河童の目撃談が相次いでいたのだが……。
 土俵の中から溺死体が発見される奇抜な発端は魅力ですが、大相撲と河童をめぐる事件は――やむを得ない*2とはいえ――真相がわかりやすくなっている部分がなきにしもあらず。それでも、ある真相を明かすイラストの破壊力は抜群です*3し、事件の全体像もよく考えられていると思います。

「人形は見ていた」
 ここ二年ほど災難が続いている文楽協会からの依頼で、ベニーと鬼丸が大阪に派遣される。文楽劇場では災いを引き起こす“穢れ”が早々に見つかるが、あまりに強力なためにベニーをもってしても祓うのは困難。さらに、文楽劇場に視察に訪れた府知事が襲撃されて……。
 ミステリ色の方が強い「土俵の鬼」に対して、どちらかといえばホラー寄りのエピソードとなっています*4。府知事襲撃事件の真相はさほどでもなく、それよりも強力な“穢れ”とベニーの対決、そして最終的にどうやって“穢れ”を祓うのかが見どころです。

*1: 前シリーズは一冊に三篇ずつ収録されていましたが、“半年で十件の事件”を踏まえると、二篇×五冊ということになるのかもしれません。
*2: 理由の一つとして、鬼丸の知り合いに河童がいる(行きつけのスナック〈女郎蜘蛛〉のバーテン)ために、そのまま河童の仕業だとは考えにくくなっていることがあるでしょう。
*3: 読む前に頁をぱらぱらめくってしまわないようご注意ください。
*4: あるいは、“大阪”がテーマというべきかもしれませんが。

2018.04.20読了  [田中啓文]


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