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ヴァルカン劇場の夜/N.マーシュ

Opening Night/N.Marsh

1951年発表 村崎敏郎訳 ハヤカワ・ミステリ337(早川書房)

 本書における、“ジュピター事件”(短編「出口はわかっている」)の使い方はなかなか面白いと思います。
 現場の状況の違いなどから、同じトリックが使われてはいないことが作中でもすぐに明言されていますし、そもそも読者はすでに発表された短編と同じネタが使われているとは思わないでしょう*1から、そちらの事件がそのままミスディレクションになっているとまではもちろんいえません。
 しかし、被害者であるベニングトンが“ジュピター事件”に夢中になっていたことで、アレン警部が251頁で指摘しているように、ベニングトンが“ジュピター事件”と似た状況を作り出して自殺したというダミーの真相が浮かび上がってくるところがよくできています。

 また、ダーシイがベニングトンを殴ったというエピソードについても、犯人がベニングトンを昏睡状態にした手段を隠蔽するという作者の狙いが見て取れます。動機らしきものに事欠かないことも含めて、全般的に読者を迷わせることに作者の力が注がれている感があります。

 しかしながら、オットー・ブロッドが脚本を書いていた人物であることがヘリナの言葉で明かされた時点(232頁)で、犯人が見え見えになってしまうのが難点です。ベニングトンがオットー・ブロッドからの手紙を恐喝のネタにしようとしていたことは明白ですし、その手紙が見つからなかったことから、それが殺人の動機であることも確実です。そしてオットー・ブロッドの立場を考えると、劇作家であるラザホード博士に疑惑が向いてしまうのは避けられないでしょう。

 ベニングトンを昏倒させた手段については、アレン警部が249頁で可能性をほのめかしてはいるものの、最終的には犯人自身の告白でようやく明らかになる始末で、今ひとつ釈然としないものがあります。しかし、薬が使われたとなると(元)医師であるラザホード博士が怪しくなってしまうので、それを最後まで伏せておく必要があるのは理解できますし、そのために一晩で解決してしまう*2というのはなかなか巧妙といえるかもしれません。

*1: ……と思ったのですが、ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)の某作品のように豪快にネタを使い回した例もあるので、一概にはいえないかもしれません。
*2: 検死解剖の結果が出る前に、という意味で。

2007.12.26読了