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最後から二番めの真実/氷川 透

2001年発表 講談社ノベルス(講談社)

 まず、第一セミナー室の人の出入りを中心に事件の状況を整理してみます。

 事件の状況祐天寺の解決(1)祐天寺の解決(2)氷川の解決
午前中   綱島、入室
時刻不明  丸子、入室 
第一の開閉(18:16)小杉、入室小杉、入室小杉、入室小杉、入室のふり
時刻不明  小杉、窓から 
第二の開閉(18:31)“綱島”、入室綱島、入室綱島、入室反町、入室
時刻不明 小杉、窓から  
第三の開閉(18:55)不明不明丸子、退室反町、退室
18:56小杉の死体発見   
第四の開閉(18:57)住吉・高島、綱島の死体発見   

 最大の問題となるのはやはり小杉奈保子の動きですが、彼女が第一セミナー室に入ったとすれば、ドアから外に出る機会がない(第二の開閉の際には目撃されず、第三の開閉の際には時間的に無理)以上、ドア以外の所から外に出たと考えるしかありません。したがって、彼女の死体が窓から吊されたという可能性は早い段階で浮上するはずで、少なくとも捜査陣や、あるいはミステリ好きな大倉早苗がそれに言及しないのは不自然に感じられます(氷川の場合には、検討した結果保留にしておいた、とも考えられますが)

 したがって、小杉奈保子の死体が窓から吊されたというトリックを中心とした祐天寺美帆の解決は、さほどの驚きをもたらすものではありませんが、それでも彼女が指向した通り“美しい解決”であることは確かです。特に、綱島警備員が第一セミナー室を訪れた理由がきれいに説明されているのは見事だと思います。

 それに対して氷川が示す“真相”は、かなり煩雑でわかりにくいのが難点です。また、二人の被害者を(ある程度)自由に操ることができたという状況も面白味を欠くものですし、その割には犯人が複雑で危険な計画(タイムスケジュール的にも厳しいですし、捜査陣と顔を合わせなければならないのもリスクが高いと思います)を立てているところも難があります。ただし、早く警察を呼ぶために小杉奈保子の死体を吊したという逆説的な真相は、非常に秀逸です。

 さて、本書で示された二つの解決を“ゲーデル問題”という観点から検討してみます。

 綱島警備員が小杉奈保子を殺して自殺したとする祐天寺美帆の解決(1)、及び丸子教授を犯人とする祐天寺美帆の解決(2)は、それぞれ怪文書の送付及び丸子教授のアリバイ成立という、祐天寺美帆が知り得なかった事実によって否定されています。したがって、祐天寺美帆はさながら“ゲーデル問題”を体現するかのように、手がかりが出揃っていない段階で推理したために誤った“真相”に到達した、ようにみえます。しかしながら、前記の事実はあくまでも誤った仮説を排除するための手がかりであって、祐天寺美帆が知り得た事実は必ずしも真相と矛盾しない、つまり彼女が真相に到達することが不可能だったとはいいきれないようにも思います。もっとも、犯人が用意した偽の手がかり(犯人のアリバイと変装)による誤りと考えれば“ゲーデル問題”といえなくはないのかもしれませんが、単に検証が不十分であるだけともいえるでしょう。そもそも祐天寺美帆は、“論理的に唯一あり得る犯人”を求めてはいないのですし。

 一方、氷川の解決にも若干のがあると思います。反町助手が綱島警備員及び大岡警備員に扮することができたとすれば、大岡警備員が綱島警備員に扮することもできたはずですから、18時18分に入館し18時31分に入室した“綱島警備員”の正体が大岡警備員だったという可能性も考えられるのではないでしょうか。その場合は当然、綱島警備員は午前中に入館し、小杉奈保子よりも先に入室していたということになります。つまり、綱島警備員が大岡警備員とともに小杉奈保子を殺して窓から吊し(左手を痛めていた大岡警備員には、単独での犯行は不可能です)、その後に大岡警備員が綱島警備員を殺した、という“解決”もあり得るのではないかと思うのですが……(大岡警備員と丸子教授との間に個人的なつながりがある可能性は否定できないので、学部長宛の怪文書は、すでに亡くなった綱島警備員の単独犯であるという可能性を否定する以上の意味は持たないと考えるべきでしょう)。

* * *

 事件の真相について、あらためて検討してみます。

1.“最終的に建物に残っていた十三人”(321頁)の中に犯人がいる
 →事件後に退館した人物の記録がない。
2.綱島警備員の単独犯(自殺)ではない
 →綱島警備員の死後に、犯人からの怪文書が送られている。
3.入室を目撃された綱島警備員が本物だとすれば、犯人は小杉奈保子よりも前に入室していなければならない
 第三の開閉時にドアが開いていたのは五秒ほどで、この間に犯人が侵入して綱島警備員を殺し、退室するのは実質的に不可能。
4.入室を目撃された綱島警備員が偽物だとすれば、それが犯人であるか、あるいは犯人は小杉奈保子よりも前に入室していなければならない
 第三の開閉時については3.と同様で、偽物の綱島警備員が犯人でないとすれば、犯人は小杉奈保子よりも前に入室していなければならない。

 ほぼ間違いないと思われる上記の条件を考慮すると、小杉奈保子よりも前に入室することができたか、あるいは綱島警備員を装って入館・入室することができた人物が犯人だと考えられます。そして、アリバイの成立する日本文学科の4人と丸子教授、さらに綱島警備員本人を除いた7人のうち、氷川・住吉・高島・小杉・大倉・祐天寺の6人は321頁で検討されているように事前に第一セミナー室に潜むことはできません。また、この6人が所定の時刻に建物の中にいたことは確実であり、かつ退館した記録がないのですから、綱島警備員になりすまして入館することも不可能です。したがって、入室を目撃された綱島警備員が本物であっても偽物であっても、犯人は“大岡警備員”以外の人物ではあり得ないということになります(犯人が予め第一セミナー室に潜んでいた場合、綱島警備員殺害の凶器となったナイフは、綱島警備員自身が持ち込んだとも考えられるでしょう)

 残念ながら、手がかりから論理的に導き出すことができるのはここまでで、捜査陣が顔を合わせた“大岡警備員”が何者かについては特定不可能です。動機などの面を考えると反町助手である蓋然性が高いとは思われますが、そうでない可能性は否定できません。

* * *

 私見では、“論理的に唯一あり得る犯人”を導き出すためには、他のすべての仮説を排除し得る状況でなければならないと思います(拙文「ロジックに関する覚書」参照)。そのために、ロジカルなミステリにおいては、予め容疑者を限定することができるクローズドサークルが多用されるわけですが、本書の場合にはクローズドサークル的な状況設定がなされてはいるものの、変装というトリック(が可能な状況)が導入されたために特定できない容疑者が含まれることになり、クローズドサークルが破綻してしまっているといわざるを得ないでしょう。

 つまり本書は、“ゲーデル問題”以前に“論理的に唯一あり得る犯人”を導き出すことができない状況にある、といえるのではないでしょうか。結局のところ、メタ的立場の“氷川透”による「読者へ」(の挑戦状)は、作中の氷川透による“解決”が“真相”であったことを保証するものでしかなく、必ずしもそれが“論理的に唯一あり得る”解決であることを保証するものではないのです。

2005.11.18読了

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