ミステリ&SF感想vol.116

2005.12.20
『ストリンガーの沈黙』 『最後から二番めの真実』 『完全犯罪に猫は何匹必要か?』 『天の声』 『トリックスターズL』



ストリンガーの沈黙  林譲治
 2005年発表 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

[紹介]
 天王星軌道上に建造された人工降着円盤を基盤とする組織〈AADD〉と地球圏との対立は深刻化し、ついに地球艦隊の武力侵攻が噂されるようになっていた。そんな中、人工降着円盤ではシステム全体を崩壊させかねない異常振動が生じ、〈AADD〉の伝説的メンバーであるアグネスはその原因解明に挑む。一方、太陽系辺境の観測施設〈シャンタク2世号〉では、ウスールら〈AADD〉のスタッフと地球圏の科学者たちが共同で、未知の知性体〈ストリンガー〉との交信を模索していた。そして……。

[感想]
 傑作ハードSF連作短編集『ウロボロスの波動』の続編で、三つのパートが絡み合う形で構成されるハードSF長編となっています。作中の年代は前作の最後のエピソード「キャリバンの翼」から10年後の2181年で、主要登場人物も共通するなど関連性がありますし、〈AADD〉成立の経緯や背景などもわかりやすくなるので前作を先に読んでおいた方がいいでしょう。

 物語を構成するパートの一つは、〈AADD〉と地球圏との紛争を描いたものです。地球圏が人工降着円盤から得られるエネルギーに依存しているという経済的事情に加えて、人々の考え方や価値観が大きくかけ離れていることが両者の対立を深刻にしており、本書ではついに軍事行動が始まることになります。架空戦記を多く発表している作者だけあって、戦略的・戦術的なアイデアには非常に面白いものがありますが、地球圏の軍人がステレオタイプな悪役として描かれているところはいかがなものかと思います。

 一方、〈AADD〉の基盤となる天王星軌道上の人工降着円盤では、前述の「キャリバンの翼」に登場したアグネスや紫怨らを主役とし、原因不明の異常振動の謎を探る物語が展開されています。前作にも通じるSFミステリ的手法が採用されている上に、地球圏との紛争によって生じるタイムリミットサスペンス的な雰囲気が面白いところです。また、思わぬところへつながる真相もよくできていると思います。

 そしてもう一つ、本書のメインともいえるのが、未知の知性体〈ストリンガー〉とのファーストコンタクトを描いたパートです。コズミックストリング(宇宙紐)を利用して高速で航行し、人類からの呼びかけにも答えることのないまま太陽系に接近してくる〈ストリンガー〉。終盤に明らかになるその特異な造形と、一風変わったコンタクトの様子は非常に興味深いものです。ちなみに、猫好きの方にはおすすめです。

 同時進行するこれら三つのパートが入り乱れる形で物語が進んでいきますが、度重なる場面転換によって各パートがぶつ切りになったような印象で、ややリーダビリティが削がれているように感じられるのは残念なところです。その点を除けば、なかなかよくできた作品といっていいのではないでしょうか。

2005.11.16読了  [林 譲治]
【関連】 『ウロボロスの波動』



最後から二番めの真実  氷川 透
 2001年発表 (講談社ノベルス・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 推理作家志望の氷川透は、“お嬢さま大学”として名高い女子大で哲学科の講師を務める大学時代の先輩・住吉に呼び出され、住吉と助手の反町、さらに三人の女子学生を前に、推理小説の“ゲーデル問題”について解説する羽目になる。ところがその後、一人でゼミ室に入っていった女子学生がいつの間にか姿を消し、代わりに警備員の死体が残されていたのだ。そして当の女子学生は、屋上から逆さ吊りにされて死んでいた。建物の出入り口はビデオカメラで監視され、ドアの開閉までもが警備システムに記録されているという厳重な管理体制の中、犯行は完全に不可能かと思われたのだが……。

[感想]
 『真っ暗な夜明け』『密室は眠れないパズル』に続いて作者と同名の“氷川透”が登場する第3作です。先の2作でもミステリマニア向けという雰囲気が随所に漂っていましたが、本書ではそれに一層拍車がかかっているように思われます。例えば、女子大で学生らを前に“ゲーデル問題”を論じるという冒頭や、ドアの開閉まで記録されているという偏執的な不可能状況などは、“ミステリマニア向けのファンタジー”といっても過言ではないほどの現実離れぶり。人によって好みが分かれるのは間違いありませんが、ある意味潔いともいえるその徹底した姿勢には個人的に好感を覚えます。

 作者の筆致のせいか、いきなり派手な事件が起こる割には淡々とした印象ですが、やはり偏執的なまでに限定された状況設定による高い不可能性は目をひきます。その事件に対して前2作と同様にロジックを重視した推理が延々と展開されていくわけですが、本書の見どころはそこで作中の“氷川透”と対決することになるもう一人の探偵役・祐天寺美帆の存在でしょう。端から見ればかなりエキセントリックなキャラクターであるため、これまた人によって好みが分かれそうですが、主要登場人物の中でほぼ唯一視点人物になる場面がないにもかかわらず(あるいはそれゆえに、かもしれません)、他者を圧倒する強烈な存在感を放っています。

 二人の探偵役が登場するという本書の趣向は、ミステリにおける“ゲーデル問題”というテーマに関わってきます。この“ゲーデル問題”については作中でも詳しく説明されていますし、例えば「MDS自殺遺伝子からPMDSへ」「JUNK LAND」)などでも論じられていますが、“作品内世界には、論理的に唯一ありうる犯人、という存在は論理的に言ってありえない”(62頁)ということで、読者に対しては“読者への挑戦状”という形でメタ的立場から保証することができるものの、作中の探偵役の立場からは導き出した“真相”が唯一絶対のものであるとはいいきれない、ということになります。

 この“ゲーデル問題”に関する議論は興味深いものですし、また本書のアプローチが意欲的なものであることは間違いないのですが、個人的には“ゲーデル問題”そのものにはあまり意味がないようにも思います。というのは、パズラーが読者に向けて書かれるものである以上、読者に対して“真相”を保証する必要はあるかもしれませんが、作中の探偵役に対してまでそれを保証する必要は感じられないからです。身も蓋もないことをいえば、“読者への挑戦状”の後に示される探偵役の“解決”が誤っていたとしても、作者が別の形で正しい“解決”を示すことができさえすれば、パズラーとしてはまったく問題がないのではないでしょうか。

 そして本書は、“ゲーデル問題”への挑戦としても不十分なところがあるように思います。“最後から二番目の真実”が不完全なのはもちろんですが、最後に示される解決もまた、“蓋然性の高い推理”にとどまっていると思われるからです。真相そのものは、やや強引なところはあるにせよ、まずまず面白いものになっているだけに、作者の試みが必ずしも実を結んでいないように思えるのが残念なところではあります。とはいえ、(非礼を承知で書きますが)そのドンキホーテ的ともいえる挑戦そのものには敬意を表したいと思います。

2005.11.18読了  [氷川 透]



完全犯罪に猫は何匹必要か?  東川篤哉
 2003年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 招き猫をシンボルにしていることで知られる回転寿司チェーンの社長・豪徳寺豊蔵から、飼い猫である三毛猫のミケ子を探し出してほしいという依頼を受けた探偵・鵜飼杜夫は、助手の戸村流平や大家の二宮朱美らとともに、烏賊川市内の三毛猫を追い回していた。だが、調査が完了する前に依頼人の豊蔵自身が殺害されてしまう。現場となったのは、10年前にも殺人事件が起きた、豊蔵の屋敷内にあるビニールハウスの中。そしてその入り口の前にはなぜか、普段は屋敷の正門前に飾られている巨大な招き猫が運び込まれていたのだ。捜査が難航する中、豊蔵の葬儀でさらに殺人事件が……。

[感想]
 『密室の鍵貸します』『密室に向かって撃て!』に続く〈烏賊川市シリーズ〉第3弾で、猫に始まり猫に終わるという、霞流一の諸作品を思わせる猫づくしのミステリになっています。もっとも霞流一作品ほど“濃い”わけではなく、全体的にやや軽めに感じられるのは作者の持ち味か。

 “名探偵”と自負するはずの鵜飼が、猫探しという仕事を引き受ける羽目になってしまう経緯も笑えますが、あまりにも適当すぎるその仕事ぶりには苦笑を禁じ得ません。さらに、殺されてしまった依頼人の葬儀に出席してのドタバタ劇は爆笑ものです。しかし、このような笑いの中に伏線を紛れ込ませるのが、J.D.カー(C.ディクスン)を起源とする(かどうかはわかりませんが)ドタバタミステリの常套手段で、本書ではそのあたりがだいぶ洗練されてきているように思います。

 主な事件はビニールハウス内の殺人と葬儀場での殺人の二つですが、どちらもなかなかよくできています。
 第一の事件では関係者に鉄壁のアリバイ(裏付けが招き猫というところが笑えます)があるという状況で、よく考えられたトリックもさることながら、解決に至る伏線(の配置)が非常に秀逸です。手がかりの一つがあまりにも露骨に示されているため、真相がかなりわかりやすくなっているのが難点といえば難点ですが、これは仕方ないところかもしれません。
 一方、第二の事件では凶器の消失と死体の装飾が問題になりますが、こちらではバカトリックが炸裂。正直なところ真相の半分ほどは読めたのですが、死体の装飾に関する奇想には完全に脱帽です。

 解決場面では、鵜飼と砂川警部という二人の探偵役による謎解きの役割分担が面白く感じられます。特に本書の場合、物語の構成によって役割分担の必然性が生じているのがうまいところです。最後のオチもまずまずで、全体的にみて手堅くまとめられた佳作といえるでしょう。

2005.11.21読了  [東川篤哉]
【関連】 『密室の鍵貸します』 『密室に向かって撃て!』 『交換殺人には向かない夜』 『ここに死体を捨てないでください!』



天の声・枯草熱 Glos Pana / Katar  スタニスワフ・レム
 2005年刊(1968/1976年発表) (深見 弾/沼野充義・吉上昭三訳 国書刊行会)

[紹介と感想]
 サンリオSF文庫で刊行されていた長編『天の声』と『枯草熱』を合本にしたもので、刊行にあたって若干の改訳が施されているようです。『枯草熱』は以前の版を読んでいるので、今回は『天の声』のみ。

『天の声』 Glos Pana
 偶然捉えられたニュートリノ放射による宇宙からの信号。それは、異星人が地球に送りつけてきたメッセージなのか? 謎の信号を解読するために様々な分野の一流科学者たちが一堂に集められ、“マスターズ・ヴォイス計画”がスタートしたのだが、信号そのもののあまりの異質さに解読は遅々として進まない。だが、やがてある研究チームが、信号のごく一部に含まれる情報をもとにコロイド状の物質を合成することに成功する……。
***
 “ファーストコンタクトSFの極北”(あるいは“ハードSFの極北”)とも称される作品です。本書以前にも『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』などでファーストコンタクト・テーマを扱い、異質な存在を理解することの困難さを描いてきたレムですが、コンタクトの対象が目に見えているこれらの作品に対して、本書では送りつけられてくる信号を媒介にするしかなく、コンタクトは一層困難なものになっています。

 その困難なプロジェクトに参加した数学者・ホガース教授の遺稿という形になっている本書では、混迷が深まるばかりで一向に進まないメッセージの解読の様子だけでなく、多数の科学者によるプロジェクトのぎくしゃくした状況までが余すところなく描かれ、さながら迫真のドキュメンタリーを思わせるリアルな物語といえます。

 それゆえに、リーダビリティは著しく低く、“ドラマティック”という言葉とは対極に位置する内容で、決してつまらないわけではないのですが、面白い物語かといえばそうではない、ひたすら地味で難解な作品です。結末もまた何ともいえないもので、そのあたりも含めて、“極北”という表現は正鵠を射たものといえるでしょう。正直なところあまりおすすめはできないのですが、SFの一つの到達点であることは間違いありませんし、一読の価値はあるかと思います。

2005.12.01読了  [スタニスワフ・レム]



トリックスターズL  久住四季
 2005年発表 (メディアワークス文庫 く3-2/電撃文庫 く6-2・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 世界に六人しかいない魔術師の“五番目”、車椅子の若者サイモン・L・スミスクラインが、妹のジュノーとともに来日した。城翠大学魔学部の付属研究所で、客員教授である“六番目”の魔術師・佐杏冴奈と協力して魔術の実験を行うというのだ。佐杏冴奈はゼミの学生・天乃原周と三嘉村凛々子を連れて参加するが、サイモンが行った禁断の実験はあえなく失敗に終わってしまう。そして翌朝、サイモンは密室状況の実験室内で首吊り死体となって発見された。実験の失敗を苦にしての自殺かとも思われたが、続いて同じような状況でもう一人の犠牲者が……。

[感想]
 魔術師が登場するファンタジー・ミステリ、『トリックスターズ』に続くシリーズ第二作で、大学のキャンパスを離れた研究所へ舞台が移り、佐杏ゼミの学生も語り手・周と凛々子の二人だけが主に登場するなど、シリーズ中でも異色の作品といえるかもしれません。そして、ミステリでポピュラーなテーマの一つである“嵐の山荘”に挑んだ――もっとも、実際には嵐でも山荘でもないのですが――作品となっているのが特徴です。

 舞台となる研究所は、現代的な実験室の他に宿泊設備やサウナまで備えられ、魔学部付属の割に怪しげな雰囲気がないのがやや肩すかし(?)。その中で、気さくで好感の持てるもう一人の魔術師サイモンとのやり取りや、周と凛々子によるサービス場面(?)*1なども織り交ぜつつ、物語は次第に緊張を高めながら二人の魔術師による実験へ。詳細は明かされないものの、“死者に会うための魔術”といういかにも危険そうな実験が(案の定というべきか)失敗に終わった後、独り実験室に残ったサイモンが命を落とす急展開……にとどまらず、続けて第二の事件が発生する事態に。

 研究所は外部と遮断されているわけではない*2ものの、“全人類の遺産”たる希少な魔術師が二人もいただけあって、事件当時は周囲に厳重な警護が敷かれており、外部からの犯人の出入りは不可能。ということで、(作中での魔術師の扱いを踏まえれば)あまり例を見ないほどごく自然かつ穏当な形で“嵐の山荘”の状況が成立しているのが、地味ながらなかなかユニークだと思いますし、作中にはちょっとした“嵐の山荘講義”のようなまで盛り込まれて*3、“嵐の山荘”ものを強く意識したメタミステリ風味が感じられるのも興味深いところです。

 さて、前作と同じようにいち早く真相に到達している節のある佐杏先生ですが、本書では物語もまだ半ばにして何とも愉快な退場劇を演じてしまい、事件の解決は前作で助手のような立場だった周に(凛々子を助手として)委ねられるという趣向になっています*4。これは佐杏先生の気まぐれによるところも大きいのかもしれませんが(苦笑)、指導教官と指導される学生という大学での立場そのままに、周を鍛えて“名探偵”へと導く意図*5が(前作よりも)はっきり表れたということになるでしょう。かくして佐杏先生は、真相を知った上で探偵役の周に助言を与える、いわば“メタ探偵”の役割をつとめることになっています。

 もう一つ目を引くのが、冒頭に置かれた“後日談”の“事件の真相が魔術師の密室へと封じられてしまった”という記述で匂わされている趣向で、魔術師に関する設定によって必要性のある○○*6となっているのが面白いところですし、前述の探偵役に関する趣向ともうまく組み合わされているように思います。いずれにしても、大胆な手がかりに支えられて読者の意表を突く、これまた大胆すぎる真相は秀逸です。古典的ともいえる“嵐の山荘”もののプロットに特殊設定を巧みに組み込んだ、非常によくできた作品といえるでしょう。

*1: うっかり前作より先に本書を読んでしまうと大変なことになりかねない(?)ので、くれぐれも順番通りにお読みください。
*2: 事件発生後には、普通に通報を受けて警察が到着しています。
*3: 本書には直接登場しない佐杏ゼミの学生で、ミステリ好きの扇谷いみなによる“ミステリ講義”を、周が回想する形で。
*4: 目次にも「【二日目】(1)迷刑事登場、名探偵退場」と、さらに「【二日目】(2)凛々子と周の捜査と推理」とあるので明らかでしょう。
*5: 麻耶雄嵩『痾』でのメルカトル鮎と如月烏有の関係を思い起こさせます。
*6: 見え見えかもしれませんが、一応伏せ字にしておきます(文字数は適当)。

2005.12.02 電撃文庫版読了
2016.01.30 メディアワークス文庫版読了 (2016.02.20改稿)  [久住四季]
【関連】 『トリックスターズ』 『トリックスターズD』 『トリックスターズM』 『トリックスターズC PART1/PART2』


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