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人形パズル/P.クェンティン

Puzzle for Puppets/P.Quentin

1944年発表 白須清美訳 創元推理文庫147-08(東京創元社)

 事件の詳しい事情はよくわからないまま、物語半ば過ぎの「第12章」でいきなり、一連の事件の犯人が“白い薔薇と赤い薔薇”、すなわちサーカスの曲芸師ブルーノとルートヴィヒのローズ兄弟であることまで明かされる*1のが異色ですが、先に犯人の正体を明らかにしておいて、最後の最後にその“偽の身分”――“私立探偵のハッチとビル”として序盤から登場していたことを明かす仕掛けがよくできています。

 似たような仕掛けの例は他にもあるかもしれませんが、本書の仕掛けがユニークなのは、メインの謎が(犯人探しではなく)“どのような事件なのか”を解き明かす“ホワットダニット”だと偽装してある(節がある)点です。犯人の正体だけを早めに明かしてあるのはもちろんのこと、事件の背景となる過去の犯罪の詳細を犯人逮捕後まで引っ張ってあるのもおそらくそのためで、“それ”が最後の真相だと見せかける仕掛けではないかと思われます。

 そう考えると、その“偽の最後の真相”に関して、ダルース夫妻が論文を読むことで詳細を把握する形になっている――本書の探偵役となる“ひげの男”ことミスター・キャットの説明を受けるのではなく――のも、ダルース夫妻に(一応は)自力で“真相”に到達させることによって、もはやすべての真相が明らかになったと思い込ませる仕掛けの一環、ととらえることができるのではないでしょうか*2。そして読者もそれに引きずられて油断してしまうことで、最後の不意打ちが大きな効果を発揮することになります。

 実際のところ、「最後にもう一つ何かあるのでは?」と構えて読んでいると、ひっくり返せるポイントがほとんど残っていないので、“ハッチとビル”の正体が予想できてしまって仕掛けが不発に終わる可能性が大きいように思います。

 また、このあたりについては、シリーズの特徴として佳多山大地氏の解説でも挙げられている、“誰が〈名探偵〉の役を務めることになるかわからない”(273頁)ことも一役買っている感があるというか、ダルース夫妻がそのまま〈名探偵〉であってもおかしくはない*3こと――ついでにいえば、本書で探偵役となるキャットがあまりにも当てにならなさそうなこと(苦笑)――が、ダルース夫妻が論文を読み終えた「第18章」冒頭の時点で“謎解きは終わり”だと思わせるのに貢献しているように思います。

 ダルース夫妻を思うがままに操った犯人たちは確かに“途方もなく巧みな人形遣い”(257頁)ですが、もう一組の“人形遣い”である作者の手腕も、実に見事なものといえるでしょう。

*1: しかも、サーカスでのダルース夫妻らの監禁と、ロープを切ってゼリードの命を狙う場面(201頁)とで、ローズ兄弟(少なくとも“ふたりの道化”)が犯人であることは確実なものとなります。
*2: このように考えるので、解説の佳多山大地氏による“犯人の兄弟の来し方についてはホテルのスイートルームで名探偵キャットが最後の謎解きをする際にごくごくかいつまんで語るのが順当な手筋だろう”(274頁~275頁)との指摘には、個人的に賛同できません。“八十四ページ”(44頁)という手がかりから、テキストにあたるのは避けられませんし、分量についても、やや長く感じられるのは確かですが、“最後の真相”にふさわしいと思わせるためには妥当といっていいのではないでしょうか。
*3: 本書には、(一応伏せ字)前作までで探偵役をつとめたレンツ博士(ここまで)が登場していない、ということもありますし。

2013.03.23読了