一部の作品のみ。
- 「蓮華の花」
- 偽の新聞記事まで作るというのは徹底していますが、捏造された記憶の原因としては可もなく不可もなく、といったところ。それよりも、同級生の生死の問題をきっかけとして、日能自身の成功の基盤まで揺るがされることになる展開が秀逸です。
児玉美保はあくまでも“蓮華の花”のままで死んでいったようにも思えますが、作家・小笠原積木のインタビュー記事がなければ日能の成功もなかった(であろう)ことを考えれば、今の日能が美保の“勲章”であるという、日能自身が嫌悪する見方もできます。どちらに転んでも救いのない読後感のみが残る作品です。
- 「贋作『退職刑事』」
- さすがに三人目の夫(候補)の登場には驚かされましたが、事件の構図が変化したとはいえ、殺人犯人自体は変わらないのが物足りなく感じられるところです。
- 「チープ・トリック」
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“一瞬、トラッキングノイズのようなものが視界を横切ったような気がした” (207頁)と、“ひゅん、ひゅん……と。まるで、鞭か何かを撓らせているかのような” (209頁)という記述から、凶器がピアノ線であることは見当がついてしまいました。一方、“声帯模写”の方は、一応は予め言及されているとはいえ、非常識なまでに万能すぎるのではないでしょうか。
- 「アリバイ・ジ・アンビバレンス」
- 序盤の展開から、“アリバイ・ジ・アンビバレンス”という題名が刀根館淳子にとっての二律背反を意味しているのかと思いましたが、彼女のアリバイを保証する側である高築氏にとってのものだったという、鮮やかな逆転がお見事です。
ちなみに、高築氏が淳子のアリバイを証言したとしても、単に事件の起こった時刻が後にずれるだけで、高築敏郎の名誉が回復されるとは限らないようにも思えます。もちろん、淳子の証言の信憑性は低下するでしょうが……。
2006.05.06読了 |