ミステリ&SF感想vol.125

2006.05.31
『パズラー』 『脳髄工場』 『暗黒星雲のかなたに』 『ストップ・プレス』 『殺意は必ず三度ある』



パズラー 謎と論理のエンタテイメント  西澤保彦
 2004年発表 (集英社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 作者にとって初の(というのはやはり意外ですが)、シリーズもの以外の作品を集めた短編集です。“謎と論理のエンタテインメント”という副題の通り、魅力的な謎と論理のアクロバットを重視した作品が並んだ、意欲的な作品集といえるでしょう。ただし、期せずして(?)ダークな雰囲気の物語が揃っているため、読むにあたっては多少心の準備をしておいた方がいいかもしれません。
 ベストは「時計じかけの小鳥」「アリバイ・ジ・アンビバレンス」

「蓮華の花」
 念願かなって作家となり、20年ぶりに高校の同窓会に出席することになった日能克久。だが、かつての同級生・梅木万理子の消息を耳にした日能は頭を悩ませる。どういうわけか、日能は彼女が交通事故で死んだと思い込んでいたが、そんなことはないというのだ。おぼろげな記憶をたぐりながら帰省した日能だったが……。
 記憶と現実の齟齬を扱った作品。もちろん、その齟齬がなぜ(あるいは“どうやって”)生じたのかが眼目となるわけですが、その真相自体はまずまずといったところでしょうか。それよりもむしろ、読み終えた後にじわじわと効いてくる救いのなさが光ります。

「卵が割れた後で」
 アメリカの田舎町で、地元の大学に通う日本人留学生の死体が発見された。被害者は、スーパーでの買い物帰りに何者かに襲われ、殴り殺されてしまったらしい。だが、なぜかシャツの袖には腐った卵によるシミが……。単純な事件かと思われたのだが、一向に犯人の目星がつかないまま、捜査の対象も二転三転し……。
 アメリカを舞台とした作品ですが、地元の人々からみた日本人留学生像にはいたたまれないものを感じてしまいます。一見すると単純な事件が二転三転していく展開が見どころではありますが、選択肢が減っていくために先が見えやすくなるのが残念。

「時計じかけの小鳥」
 高校生になった高木奈々は、数年ぶりに地元の本屋に立ち寄ってみた。懐かしい思いに駆られながら、店内を歩き回り、目に止まった文庫本を購入するが、妙に古びた様子のその本には不可解なメモが挟まれていたのだ。不審を抱く奈々に追い討ちをかけるように、奥付にはなぜか奈々の母親の名が記されていた……。
 どこかカード当てマジックを思わせる、発端の不思議な現象。作者の真骨頂ともいうべき、妄想力を駆使して積み重ねられるアクロバティックな論理。そしてその到達点である、悪意で味付けされた驚くべき真相――全編が独特の魅力に満ちた傑作です。

「贋作『退職刑事』」
 中野で起きた主婦絞殺事件を担当する刑事の五郎は、元刑事の父にせがまれて事件の状況を語り始める。といっても、すでに事件はほぼ解決済み。ちょうど現場から逃走するところを目撃された被害者の前夫が逮捕され、犯行を自供していたのだ。ところが、事件の顛末を聞き終えた父は、五郎に疑問を投げかける……。
 題名の通り、都筑道夫〈退職刑事〉シリーズの贋作。贋作としてもよくできていると思いますし、謎解きも破綻なくまとまっているのですが、真相がやや力不足に感じられるのは否めません。
 完全な安楽椅子探偵ものでああり、また比較的フラットな語り口の都筑道夫作品を元ネタにしていることもあって、ダークな雰囲気に満ちた本書の中ではやや浮いている印象があるのがもったいないところです。

「チープ・トリック」
 街で一番のならず者・スパイクが、さらった娘をレイプしようと連れ込んだ廃教会で、首を切断されて殺されてしまう。だが、彼に近づいた者はなく、誰にも犯行は不可能だったのだ。さらに舎弟のブライアンも殺されたことで、姿を消した娘がカギを握るとみたもう一人の舎弟・ゲリーは、娘の友人であるトレイシィに接近するが……。
 作者にしては珍しい、トリックを中心に据えた不可能犯罪ものです。しかしそのトリックが問題で、一部は早い段階で見えてしまった上に、一部は常識はずれ(という表現は変かもしれませんが)なもの。この種のトリックはあまり向いていないように思えるのですが……。

「アリバイ・ジ・アンビバレンス」
 憶頼陽一は、同級生の高築敏郎の死を知って驚く。夜遅く、同学年の刀根館淳子の家に押しかけて彼女に襲いかかり、逆に刺し殺されてしまったというのだ。ところがまさにその時刻、陽一は現場から遠く離れた場所で淳子を目撃していた。淳子はなぜアリバイを主張しないのか? 委員長の弓納琴美と陽一の推理は……?
 アリバイがあるにもかかわらず犯行を自白するという不可解な行動に対しては、誰かをかばっているというのがまず疑われるところですが、そのような常識的な(?)推測をはるかに超越した真相に脱帽です。もちろん、物語後半のディスカッションも魅力的。

2006.05.06読了  [西澤保彦]



脳髄工場  小林泰三
 2006年発表 (角川ホラー文庫 H59-7)

[紹介と感想]
 『目を擦る女』以来、久々となる短編集です。某社の社内報と思われる「YOU&I SANYO」に発表された作品が収録されているのが目を引きますが、そのせいもあってか、作者の持ち味である邪悪さがやや薄いように感じられるのが残念なところ。とはいえ、中編からショートショートまで、あるいはSF/ホラー/ミステリ風/奇妙な味と、バラエティに富んだ作品が並んでいるのは魅力です。
 ベストは「脳髄工場」「綺麗な子」

「脳髄工場」
 人間の頭部に装着される人工脳髄は、犯罪者矯正を目的として開発されたものだったが、精神を安定させるという機能が認められ、いつしか一般市民の間にも普及していった。周囲の人々が次々と人工脳髄を装着していく中で、自由意志にこだわり、装着を拒んできた少年は……。
 書き下ろしの中編で、分量のせいもあってか、作者の持ち味が十二分に発揮されています。例えば、“脳髄師”を兼ねる理髪師(!)が客に人工脳髄を装着する場面は、そのローテクで無造作な処理とグロテスクな描写で「玩具修理者」『玩具修理者』収録)を思い起こさせますし、自由意志をめぐって数頁にもわたり繰り広げられるかみ合わない会話には、かつて“マタドール”として名を馳せた(わかる人だけわかって下さい)作者の経験が生かされているようにも思います。そして結末は、別の某作品に通じる恐怖と後味の悪さを感じさせるものになっています。

「友達」
 苛められっ子の僕は、誰にも苛められることのない強さを備えた理想的な自分の姿を夢想し、やがてその“もう一人の僕”を親友として扱い始めた。ところが、僕がその“もう一人の僕”に“ドッペル”と名前をつけたことから……。
 途中まではややありがちとも思える展開ですが、結末のひねり具合が見事です。そしてその救いのなさも。

「停留所まで」
 バスの中で様々な怪談を披露し合う中学生たち。やがて降りるバス停が近づいてきた頃、バスにまつわる怪談を……。
 奇妙な味のショートショート。次々と怪談が繰り出される構成が面白いと思います。オチはまずまず。

「同窓会」
 20年ぶりに同級生が集まった同窓会。それぞれが修学旅行の思い出を語り合う中、そこに現れるはずのない人物が……。
 ショートショート。オチは鮮やかですが、ありがちといえばありがちな構図かもしれません。

「影の国」
 ビデオを整理していたカウンセラーは、その中に謎のテープを発見する。それはカウンセリングの記録だったが、なぜかその内容にはまったく記憶がない。そして、クライエントである鼠色の男が画面の中で語り始めたのは……。
 何ともいえない不気味な作品。邪悪さはありませんが、記憶の消失というモチーフが小林泰三らしさを感じさせます。

「声」
 駅のベンチで拾った携帯電話は、未来の自分につながっていた。未来からの声に従うことで、成功をもくろむわたしは……。
 小林泰三版『未来からのホットライン』ともいうべきショートショート。これも別の某作品に通じるところがあります。

「C市」
 日本のC市に設立されたCAT研究所には、世界各国の研究者たちが集まり、“C”に関する研究を進めていた。主戦派・反戦派・懐疑派など様々な立場の科学者が議論を重ねた結果、一つの成果が生み出されたのだが……。
 様々な奇説・怪説が登場する前半は面白いのですが、結末が見えてくる後半はやや微妙。超有名な古典怪奇小説のバリエーションにすぎないように思えます……が、語り手の名前をみると、意図的なものなのかもしれません。“H.P.L.+M.S.”といったところでしょうか。

「アルデバランから来た男」
 探偵事務所を営む二人組は超能力の持ち主だった。そこに現れた依頼人の男は“フスツポク”と名乗り、故郷のアルデバラン星系から送り込まれる殺戮マシーンから、自分の身を守ってほしいと告げた……。
 L.ニーヴンのファンとしては、“フスツポク”(『プロテクター』に登場)というネーミングに苦笑。パロディ風の短編で、B級感あふれるディテールが見どころ。

「綺麗な子」
 犬を飼いたい、でも本物の犬は嫌――犬を飼えない人々のために開発された玩具犬は次第に広まっていき、さらに様々な玩具ペットが売り出されていく。そして……。
 どこまでもエスカレートしていく風潮の行き着く果ては、(案の定とはいえ)ブラックな結末。淡々とした筆致で書かれた客観視点の文章が、何ともいえない味をかもし出しています。

「写真」
 写真研究家のもとに送られてきたその写真は、明らかに心霊写真だった。やがて、送り主だという少女が訪ねてきたが……。
 怪談めいたショートショート。オチは鮮やかですが、ややありがちか。

「タルトはいかが?」
 家を飛び出して涼子と同棲している拓哉は、姉のもとに手紙を送り続ける。そこに綴られていたのは、涼子が作ってくれるタルトの美味しさ。その作り方には何やら秘密があるようだったが……。
 読んでいるだけで胸が悪くなるほどの、タルトに関する偏執的な描写はさすがです。ひねりが加えられた結末もよくできています。

2006.05.08読了  [小林泰三]



暗黒星雲のかなたに Stars Like Dust  アイザック・アシモフ
 1951年発表 (沼沢洽治訳訳 創元SF文庫604-04・入手困難

[紹介]
 優れた科学技術を独占し、銀河系をほぼ手中に収める強大なティラン帝国。だが、その圧制にあえぐ星雲諸国の間には、帝国に対する反抗の気運が密かに生じ始めていた。その一つであるネフェロス星の領主の息子バイロン・ファリルは、父の命により地球の大学に留学中だったが、何者かに命を狙われ、また父が帝国に処刑されたという知らせを受けて地球を脱出する。帝国と対抗勢力それぞれのスパイ網の真ん中に飛び込み、再三の窮地を脱したバイロンは、準備を整えつつある反乱軍の根拠地、暗黒星雲のかなたにあるという謎の惑星を探し求めるが……。

[感想]

 『宇宙の小石』『宇宙気流』と並び、アシモフの未来史〈ファウンデーション・シリーズ〉に先立つ初期三部作の一つです。帝国に対する反乱計画という題材が中心となっているせいか、三部作の中では帝国という存在が最も大きく描かれているように思います。また同時に、三部作の中で最もミステリ寄りの作品という印象を受けます。

 主人公のバイロンは反乱をもくろんでいた領主の息子であり、物語はこのバイロンを中心に据えたスパイスリラー色の強いものとなっています。実際のところ、特に前半は単に宇宙を舞台としているというだけの、地球に置き換えても成立しそうな物語で、SFをあまり読み慣れない方でもとっつきやすい作品になっているのではないでしょうか。

 再三にわたって窮地に追い込まれるバイロンですが、そこからの脱出はあっさりとうまくいきすぎている感があり、やや物足りない部分もあります。が、計画の詳細を知らされないまま地球で学生生活を送っていたバイロンが、巻き込まれたスパイ戦の中で成長していくというビルドゥングス・ロマン的な要素が主眼になっている(お約束(?)のロマンスもありますし)と考えれば、これはこれでいいのかもしれません。

 物語後半は、反乱軍の根拠地となっている惑星の探索という、後の『第二ファウンデーション』を思わせるミステリ風の展開となっています。さして難しい謎ではありません『第二ファウンデーション』よりもフェア(?)ですし)が、解決はなかなか鮮やかです。ただ、“地球の古文書”に関する最後のオチはやや微妙なものに思えますが……。

2006.05.14再読了  [アイザック・アシモフ]



ストップ・プレス Stop Press  マイクル・イネス
 1939年発表 (富塚由美訳 国書刊行会 世界探偵小説全集38)ネタバレ感想

[紹介]
 作家リチャード・エリオットによって生み出されたヒーロー〈スパイダー〉は、世に出るやいなや読者に絶大な人気を博し、犯罪者から探偵へと転身を遂げながら37冊もの作品で活躍し続けている。その〈スパイダー〉の生誕20周年を記念してエリオットの屋敷で開かれるパーティを前に、あたかも〈スパイダー〉が現実に現れたかのような怪事件が相次ぐ。そしてついには、エリオットが構想中でいまだ本になっていない、誰も知らないはずのエピソードをなぞった事件が発生し、エリオットは恐慌をきたしてしまう。事態を解決するために招かれたアプルビイ首席警部は……。

[感想]

 “全篇が壮大なプラクティカル・ジョーク”(カバー見返しより)と評される、ユーモラスな大作です。虚構のヒーローである〈スパイダー〉が現実に現れて悪戯を仕掛けるというメタフィクション的な趣向に加えて、エリオットの頭の中にしかないはずのアイデアが勝手に実現されるという、“思考―虚構―現実”の三者の境界が混沌となるような奇妙なプロットが興味を引きます。

 また、エリオット家の人々にしても招かれる客たちにしても、登場するのは風変わりな人物ばかり。彼らが〈スパイダー〉の悪戯を受けて、あるいはそれと無関係に、様々な文学作品からの引用を交えつつ全編を通じて繰り広げる会話や行動が、本書の最大の見どころとなっているのは間違いないでしょう。

 ただしそれは、“ドタバタ”と表現するにはあまりにも上品かつ優雅で、ひいき目に見ても“爆笑”にまで至る場面は数少ない上に、やたらに多い登場人物がそれぞれに自己主張することもあってひたすら長く、読み通すにはかなりの根気を要します。もちろん人による部分もあるかとは思いますが、少なくとも(英国)文学についてのかなりの素養がなければ本書を十分に楽しむのは不可能ではないでしょうか。

 何だかよくわからないまま進んできた事件が、最後の最後になって急にピントが合ったようにくっきりするという構図は嫌いではありませんし(C.ディクスン『パンチとジュディ』を思い出しました)、事件の真相そのものもまずまず面白いものではあるのですが、枝葉を刈り込めばせいぜい短めの長編といった事件が500頁以上のボリュームにまで膨らんでいるというのは、少々辛いところです。時間と心に余裕のある方にのみおすすめ。

2006.05.19読了  [マイクル・イネス]



殺意は必ず三度ある  東川篤哉
 2006年発表 (ジョイ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 鯉ヶ窪学園の野球部は、予選一回戦で敗退を続ける弱小チーム。その野球部のグラウンドから、なぜかベース一式が盗まれてしまう。探偵部員の総力を結集しても事件の謎は解けないまま、かえって犯人と疑われる始末。そんな中、野球部はライバル校である飛竜館高校との練習試合に臨むが、その会場で事件は起きた。試合に現れなかった鯉ヶ窪学園の監督が、バックスクリーンで殺されているのが発見されたのだ。しかも現場には、盗まれたベースの一つが残されていた。動機は不明なまま、関係者のアリバイも成立し、混迷を極める“野球見立て殺人”に、探偵部の三人が首を突っ込んで……。

[感想]

 『学ばない探偵たちの学園』に続く、〈私立鯉ヶ窪学園探偵部シリーズ〉の第2弾。前作でも随所に野球に関するマニアックなこだわりが見受けられましたが、本書では大々的に野球がテーマとなっています。とはいえ、まずは不可解なベース盗難事件という“変化球”から入ってくるあたりは、何とも作者らしい組み立てだと思います。また、プロローグに置かれている“読者への挑戦状”ならぬ“読者への宣誓”には苦笑。

 ほとんど学園内で完結していた前作とは違い、学園の外に舞台が移っていることもあってか、探偵部の三人の傍若無人なまでのマイペースぶりは少々控えめになっていますが、案外このくらいがちょうどいいのではないでしょうか。相変わらず滑り気味のギャグを交えながらも前作よりテンポがよくなり、さらに読みやすくなっているように感じられます。

 トリックは総じてよくできています。少々わかりやすくなっている部分もないではないですが、現象と解決の鮮やかさは十分なインパクトを備えていますし、全体がうまくまとまっているところも見逃せません。また、見立て殺人の見どころの一つである見立ての理由も秀逸です。解決直前のユニークなギミックも含めて、最初から最後まで楽しめる快作といっていいでしょう。

2006.05.20読了  [東川篤哉]


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