とりあえず一点だけ。 鑢の刃が柄から抜けて、柄の中から糸と木片が見つかった時点(188頁)で、指紋のトリックは見え見えでしょう。逆にいえば、手がかりとしてはこれだけでも十分と思えるのですが、この作品のすごいところは、テーブルに残された鑢の疵という手がかりから、犯行時に実際に鑢の刃が柄から取り外されていたことを証明していることです(288頁)。この、意外性を多少犠牲にしてもロジックの緻密さを追求するという作者の姿勢には、(時代を考えると)完全に脱帽です。